ヒロインと悪役令嬢の物語ー2
叔父様に無理やりお金を持たされ、馬車まで出させられそうになったが、それは断った。
住むとこが決まったら必ず連絡するように、何かあったら戻ってくるように、と何度も約束させられた。
やっと家を出た私は、お屋敷に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
少しの間だったが、貴族としての暮らしも楽しかった。色んな人との出会いもあったし。友達と呼べる人もできた。
が、貴族の友達とはもう会うこともないだろう。
「最後に挨拶ぐらいしたかったなあ」
カバンを持ち直した私は、やっぱり馬車を出してもらえばよかったか、と後悔しかけていた。辻馬車に乗れば、と考えていると目の前に馬車が停まった。
「え? 馬車?」
いきなり、ドアが開き、中からレラ様が身体ごと乗り出してきた。
「フェリシア様! どちらへ行かれるんです?」
驚いた。さよならの挨拶をしておきたかったと考えていた相手が目の前に現れて。
カバンをかかえた私を見つめたレラ様は、
「とにかく、お乗りになって、送ります」
ありがたい申し出に、断ることはない。ただ、さよならの挨拶をする気持ちは萎えていた。いわずにすませたい、そんな気持ちが優勢になっていた。
のだが。
送りますと言ってくれたはずが、馬車は勝手に進んでいくし、どこまでとも聞いてくれない。
「あのお、レラ様、できたらどこかで降ろしていただけたら」
何だかさっきから怒っているような気がしたのだ。いつもの微笑はどこへやら。口を真一文字にして、眉根も寄っているような。
きりっとした顔の美人だから、怒ってるような顔も迫力が違う。性格はおっとりしてるのになあ。
なんてちょっと可笑しくなってきたが、レラ様はムッとしたまま、
「着いたら降ろします」とだけ。
これはまじで怒ってる?
馬車から飛び降りるわけにもいかず、身体を小さくして座っていた。
着いた先は。
「ここ、レラ様!?」
「わが家へようこそ」
にっこりとした笑みを浮かべ、私の荷物は早々に従僕に運ばせている。
実は、レラ様のお家には来たことはなかった。
一応、ライバルみたいな関係で、お家の方にもよくは思われていないだろうと思っていたし。
だが、大きな館の大きなドアから出てきたご夫人は、私をぎゅっとハグしてくれた。横からレラ様が、
「お母さま」
と静かに注意してる。
「あら、ごめんなさい」
私から身体を離したご夫人、レラ様のお母さまなのだろう、はこちらに顔を向けると、
「フェリシアさん、いつもレラと仲良くしてくれてありがとう」
「あ、いえ、こちらこそ」
「それに、この度は大変でしたわね。みなさん、良い方なんだから、きっと大丈夫ですよ」
力強く言ってくれて、思わず泣きそうになった。
「いつまでもいらしてくださって大丈夫ですからね」
「ありがとうございます。……え?」
「レラ様、これはいったい」
「フェリシア様、水臭いです」
「はい?」
通された部屋は客室だが、女性向けにカーテンもベッドも花柄でかわいらしく統一されている。
「お家が今は大変な時でしょう? きっと私を頼ってくださるかと思っていたんです」
なのに、とつぶやいたレラ様は、
「そのかばん、あの様子、おひとりでどこへ行かれるつもりだったんですか」
完全にばれているらしい。
「あの、前に住んでた町に」
「メルクールですわね」
「ええ、まあ。あそこなら勝手知ったるところですし」
ふうっとため息をついたレラは、
「きちんと事が決まるまではこちらにいらしてください」
きちんとって。
「でも」
「バロワン様とご連絡が取れるようにです。町に行かれては、ご連絡も行き違うかもしれないし。それに」
うつむいていたレラは、
「バロワン様のご進退がはっきりと決まるときにフェリシア様の側に誰かいないと、いえ、私が側にいたいんです」
叔父様の進退、それは叔母様のことも含んでいる。はっきりと決まったことを聞いて私自身、どうなるかはわからない。家を出たのも、あの場で乗り越えれるのかわからなかったのもある。
そんな私に、こんなふうに言ってくれる友人がいる。レラ様はショックを受けた私を助けたいと思ってくれている。「ありがとう、レラ様」
いいえ、と首を横に振ったレラは、泣きそうな顔をしていた。
「あの、お父様は?」
「ああ、あの人は気にしないでも大丈夫よ。ちょっと娘離れができていない人だから」
「はい?」
「お母さまったら。フェリシア様、大丈夫です。お父様はお仕事が忙しいんですの。だから家でゆっくりする時間も少なくて」
「そうなんですか?」
家にお世話になるということで、主であるレラの父親に挨拶したかったのだが、夕飯時になっても姿を現さず、レラ様、レラ様のお母さま、ミランダ様と3人での食事だった。




