ジュド・ロックナーの恋愛事情ー7
オペラの上演が終わり、俺はメリガレットを促して外へと向かった。家まで馬車で送ろうと考えていたが、夜風にあたりたいという彼女のために、庭へと進んだ。
オペラがあったロヒバズ・ルンタリオ劇場の裏には大きな庭園がある。規則正しく整備された庭には四角く刈り込まれた背の高い木が並び、迷路のようになっている。
その奥にはかわいらしい花が並ぶ大きな花壇と丸い噴水があるはずだ。そちらに向かって歩いていると、木の陰から怪しげな声が聞こえてくる。
「ったく、こんなとこで」
オペラのボックス席でもそうだが、こういうことは普通のことではあるんだが。ふと見ると耳まで真っ赤な令嬢。さすがに刺激が強すぎるよな。
「もう帰りましょう。うちの馬車を待たせていますから」
と元来た道へと引き返した。
「庭が見たければ、まだ明るいうちに来たらいいと思いますよ」
何だったらお連れします、と言いかけたが、メリガレットは、
「はい」
と一言。足元に視線をやりつつまっすぐに進んでいく。
無言で歩く二人。傍から見たらどう見えるんだろう。兄妹のように見えるのか、それとも恋人のように見えるのか。
何か言うべきかと思いつつもそのまま進み、すぐに劇場の前へと戻ってきてしまった。
「じゃあ、馬車を」
と言った俺にメリガレットは「ジュド様」とストップをかけるように声をかけてきた。
「? どうしました?」
うつむいたままのご令嬢は、
「あの」
「はい」
思い切ったように顔を上げた。
「お付き合いいただいてありがとうございました。ジュド様が来てくださって本当に助かりました」
ぺこりと頭を下げたメリガレットに、
「そんな気にすることは」
と手を横に振ろうとしたが。
「もうこれで思い残すことはございません」
「はい?」
真剣なまなざしを向けてくると、
「明日から私、留学するんです」
「留学?」
何言いだした? じゃあ、先日の夜会は? そう思った俺は、
「でも、お相手を探す目的で夜会を」
と言い、ハッとする。
「あ、いや、失礼でしたね、すみません」
「ふふっ」
と妙に大人っぽく笑ったメリガレットにドキリとした。
「そういう方ももちろんいらっしゃいます」
と今度はいたずらっ子のように笑顔になった。
「でも私、もう少しいろんなことを勉強したいって思うようになったんです」
と意志の強そうな表情を見せる。
「先日ミーガン様のお家にお邪魔したんです」
その話はミーガンが言っていた。そのあと、フェリシアたちの家に来たとか。
「レラ様とフェリシア様のお家にも伺っておふたりのお話もたくさん聞いて」
お二人、子供たちにお勉強を教えているんですよ。
みんなかわいくて。私、恥ずかしながら、庶民の子供なんて意識したこともなくて。
勉強することも好きなものを食べることも苦労するってこと全然知らないというか考えたこともなくて。
本当に恥ずかしくなりました。
あれから何度もお二人のお家にお邪魔したんです。
あとからフェリシアたちに聞いた話だと、
「本とか人形も持ってきてくれたのよ」
「メリガレット様、刺繍や縫物が上手なの、女の子たちに教えてくれて喜ばれていましたのよ」
ってことだった。
驚いたのもあるが、楽しそうなメリガレットの姿が目に浮かんだ。
ぽかんとしている俺にメリガレットは、
「それで、もっと知らなければいけないことがたくさんあるって気づいたんです。お父様は、そんなことを考えなくてもいいっておっしゃるんですけど」
肩をすくめて見せた。
「それではジュド様。どうぞ、お元気で」
泣きそうな笑顔を浮かべたメリガレット嬢は駆け出すように俺の前から去っていった。
オペラ事件と囁かれたあの夜のことは、ありがたいことに、メリガレットのことも俺のことも話題には上らなかった。
そりゃあそうだろう。
あのボバリー夫人が再婚し、アンドリューズの母親になったのだから。
「お祝い事だからな。それに生前のボバリー伯爵は司法官として長く国のために働いてくれたし、夫人の新しい夫、クルエット伯爵は財務官として真面目に勤めてくれているし」
そういったディーンは、
「式はしないらしいんだが、何を贈ればいいと思う?」
相談があると、城に呼び出された昨日。
俺は、何もかも知ってるふうなディーンに詰め寄った。
「お前、あのボックス席はどうして」
「何、気に入らなかったか?」
「いや、気に入る気に入らないじゃなくて。ああいうことになるって知ってたのか?」
あとから入った部屋はロイヤルボックスで、これまた用意されていたようだった。
ふふふん、と笑ったディーンは、
「詳しいことは、ミーガンと、お仲間二人に聞いてくれ」
「え? ミーガンとフェリシアと、レラ嬢か」
「まあそうだな」
と答えたディーンは、
「俺はミーガンの手駒みたいなもんだから」
と肩をすくめると首を横に振った。




