ジュド・ロックナーの恋愛事情ー6
着いたところは……
ロヒバズ・ルンタリオ劇場。国一ともいえる大きい劇場だ。
ここって、今、あれをやってるとこだ。
人気オペラ「ギレット嬢の結婚」
「おい、こことディーンがどういう関係が」
一緒に馬車に乗っていたステファンに問いただすと、
「ともかく降りてください」
冷たく言い放たれる。お前の主人は誰なんだよ。
「中に、ジュド様のお名前でボックス席を取っておりますので」
更にそんなことを言われ、ますます意味が分からない。
せっかくのオペラを親族の男とみる気はないんだが。
案内されたボックス席に入ると、聞いていた通り、ディーン王太子殿下が退屈そうにソファに座っていた。しかもひとりで。
「なんだ、本当にディーンだけ?」
「やっと来たか」
とこちらを上から下まで見たディーンは、
「ふん、まずまずだな」
ちょっとばかりムッとした俺は、
「何なんだよ、こんなところに。急を要する話でもあるのか?」
ディーンは、ふうっと息を吐きだすとすっくと立ちあがり、
「俺の仕事はここまでだから」
とさっさとボックス席から出ていった。
え? 何? どういうこと?
意味が分からず、舞台を見るための手すりに近い椅子に座り込んだ。
もうすでにたくさんの人間の姿がボックス席や、1階席に見ることができる。
もしかして。
メリガレットとアンドリューズのデートがいつかはわからないが、この中にいるかもしれない。
思わず身体を乗り出した俺は、いやいやいや、何やってんだ、と椅子に座りなおした。
アンドリューズの誘いに乗ったのはあのお嬢様だ。
俺はきちんと忠告した。
だから、何もきにすることなんてない。
はずだ。
だが。
あのアンドリューズだ。何が気に入らないのか何かと俺をライバル視してきたあのアンドリューズだ。
そいつの歯牙にかかるのを黙ってみているのは紳士の振る舞いとしては間違っているから、ただそれだけだ。
またもや、人々の顔を凝視して問題の二人を探す。ボックス席にいるのは間違いないだろう。
あれはダルマンと婚約者の、あれはカットジアナ伯爵夫妻だ。さすがに人気の題目だけあって見知った顔があちこちに見える。
だが肝心の二人の姿は見当たらない、と思っていると。
「アンドリューズ様!」
え?
隣から女性の声。
しかもアンドリューズの名前を呼ぶのは。
手すりから身体を乗り出すと、隣のボックス、カーテン越しにメリガレットの姿が見えた。だが、何やら揉めているような。
「君、ここで何を」
「何をって。冷たいことをおっしゃるのね」
「冷たいって、そんな誤解を生むような」
「あら、最近まで我が家に御滞在だったじゃございませんか」
「な!?」
ドアから出た俺は、隣のドアに近寄った。
閉め切っているはずのドアは全開で、他の連中にも声が丸聞こえなのか、数人の貴族連中が様子を見に来ている。
その中に混じってみると、アンドリューズと貴族の女性が何やら揉めているような。
あれは、ローレッタ・ボバリー伯爵夫人だ。ボバリー伯爵はお亡くなりになって久しいが、年の離れた奥様であるローレッタ夫人は未亡人として暮らしているとか。
アンドリューズの奴、彼女に手を出していたのか。
見ると、多くの観客がこそこそとドアから覗き見ている状況に、奥にいるメリガレットの顔色が悪くなっていることに気が付いた。
すぐに、覗き見連中の間を割って入った俺は、部屋の中を突き進んだ。
「な、お前」
と俺の登場に口をぱくつかせているアンドリューズを無視すると、メリガレットの側に寄っていった。
「メリガレット嬢」
「あ、ジュド様?」
「あちらで休みましょう、さあ」
青白い顔のメリガレットの手を取ると、部屋の中を進んで出ようとしたが、アンドリューズがあわててさえぎろうとする。
「ななな、なにしてる。彼女は俺と」
「何やら文句があるらしいが、今は彼女の身体の方が大事だ。君はこの事態を早く収めたまえ。観客が増えているぞ」
やっと、覗き見の数に気づいたのか、
「何してる、見世物ではないぞ!」
アンドリューズの大慌ての声が響く。
その声に合わせるように、ボバリー夫人の、
「そうですわよ、ただの親子喧嘩です」
と笑うような声が響いた。
親子、喧嘩?
これには俺も立ち戻って意味を聞きたかったが、そういうわけにもいかない。
気分の悪そうなメリガレットを休ませないと。
隣のボックス席でもよかったが、案内の人間を捕まえると空き室を用意させた。
「大丈夫ですか?」
運ばせた甘く濃い紅茶をメリガレットに手渡した。
「すみません」
素直にカップに口をつけるメリガレット。用意させた部屋はなぜかロイヤルボックス席で、王室の人間が使う豪華な部屋だ。
誰も使う予定がなかったのかもしれないが、どうもいとこである王太子、ディーンの顔がちらついて仕方なかった。
「あの、私、こちらにいてもよろしいんでしょうか」
アンドリューズに誘われて来たわけで、そのことを気にしているのかもしれないが。
眉を上げた俺は、
「あいつは、アンドリューズは自分のことで忙しそうですから大丈夫ですよ。お父上やアンドリューズには自分から説明しておきます」
「……はい。ありがとうございます」
濃い青のドレスはスカートのボリュームも少なくシンプルなものだ。ハイネックに合わせるように髪をまとめドレスと同じ色の青い花をワンポイントにつけている。初めて見たときのお嬢様お嬢様な感じとは違って。
「よく似合ってますね」
思わず言ってしまい、顔を上げたメリガレットの頬を染めた。まるでバラの花びらのようでそれを見たこちらも焦ってしまう。
「今日の演目は今すごく流行っているらしいですね」
舞台では、話題のオペラが始まったばかりで、ギレット嬢という貴族令嬢に恋した伯爵二人が競い合うように歌っている。だがギレット嬢は心ここにあらずで、窓からぼんやりと遠くを見るばかり。
「あのお嬢様、行きたいところがあるのかもしれませんわね」
そんなふうに言うメリガレットも遠い目をしているように思えたのは気のせいだろうか。




