おばあさんの家で
そのあと、おばあさんがクララという名前だと教えてくれた。
「夫はカーク・マクソリー、今は仕事で出てるんだ。とっつきの家の修繕を頼まれてね。で、あんたの名前は?」
と聞かれ、
「私、矢田、あ、違います、えっとミーガン・ボナートです」
どこの誰ともわからない私のことを何とか説明しようと、ひとりで森に来たこと、クロに助けられたことを話した。さすがに住んでた場所を追放になったとは言えなかったが、おばあさんは何の質問もせずに黙って聞いてくれていた。
まるで全部わかってるみたいだ。
若い女がひとりでふらふらしてたら、訳アリなんだと思ってくれたのかも。
おばあさんは、お茶をいれてくれると、自分も飲みつつ、ここがリスプール王国のアルグール市のトフという村であることをおしえてくれた。
基本は村で作るもので生活していけるものの、病院や薬屋は隣町にしかなく、そこが不便なんだよねえとため息を漏らした。
私、ミーガンがいたのがリスプール王国ルドク市でそこから追放になった。森から先が隣の市って話だった。それがアルグール市でトフ村から少し南に行ったところにあるメルクールという大きな町があるそうだ。
「昨晩、森の小屋に泊ったんですけど」
物は次いでと小屋のことを聞くと、おばあさんは「ああ、あの小屋かい」とお茶を淹れなおしつつ上を見上げた。
「ずっと空き家のままで猟師が使っていたこともあったねえ。その前は誰が住んでいたんだっけ。まあ、誰のものでもないから好きに使ったらいいよ」
よかった。これで雨露ぐらいはしのげそうだ。あとはお金を稼がないとだけど。村には働き口はないかも。隣町まで出るのは遠いのかしら。
「あの、隣の町までは」
と距離を聞こうとしたが「ただいま」という声とともにドアが開いておじいさんが入ってきた。おばあさんの話に出てきたカークおじいさんのようだ。
「ただいま、ありゃ、お客さんかい亅
ごほんごほんと咳をしつ移動するおじいさんにおばあさんがついていく。
「あんた、まだ咳が出てるねえ、大丈夫かい亅
「ああ、喉がいがらっぼいだけなんだがな亅
台所でうがいしながら話してるのが聞こえてくる。
喉かあ。
そろそろお暇しないとと思いつつ、あることを思いついた。
台所にいるおばあさんに、「ごちそうさまでした亅と声をかけ急いでドアから外に出た。たぶん、あれを使ったら。
おばあさんの家から出ると既に夜。
「ちょっと待って亅
家を飛び出した私におばあさんがあわてて追ってきた。
「もう遅いから泊まっていきなさい」と言われたが、どうしても帰るという私に、じゃあ、とランプを持たせてくれた。
もう夜も遅い。
「明日早めに返しに来ます。すみません」
そういいつつ、ランプ片手に草原を抜けてまた森へと戻った。
着いた頃には森の中ははじめてきた時みたいに真っ暗。
だけど、怖い気持ちより早く帰らないとって気持ちが勝ってた。
目をランランとさせて小屋のまわりをランプでかざす。一緒に帰ったというより道案内に帰らされたクロが呆れ顔で小屋の中に入っていった。
「道案内ありがとう亅
声だけかけた私は目当ての草を摘んでいった。
「これよ、これ。あと、これも亅
小屋に戻って摘んだハーブをランプにかざしつつチェックする。
「やっぱりどう見てもハーブよね」
前にいた世界で見知ってるハーブとそっくりそのまま。まったく同じもののようだ。
食べさせてもらったスープも玉ねぎやじゃがいもが入ってた。野菜も同じものみたいだし、生えてる草や木も見慣れたもののようで違和感はない。
「やっぱり、何かのお話の中なんだろうけど」
いまだに何の話かわからない。よく読んでいたといっても、この手の話は山のようにあるし、すべてを網羅してたわけもなく。
「なんにしても食べ物の違和感がないのは助かるわ。それにこのハーブも」
持っていくハーブを種類ごとに分ける。元の世界ではハーブに興味があり勉強していたがこんなところで役に立つとは思わなかった。すぐに持って出れるように準備すると朝までの数時間を眠ることにした。
クロはと言えば、もう部屋の隅で丸くなっている。
「クロ、今日はありがとう。ねえ、こっちおいでよ」
気候は暑くもなく寒くもないけど、夜は少し冷える。何かかけて寝るほうがいいだろう、とカバンに入っていた長めのガウンや上着らしきものをかけて眠ることにしたが。目の前には毛におおわれて丸くなるカイロがいるじゃない。
「ほら~おいでって」
すいっと抱き上げて一緒に横になろうとすると、ぎゃあぎゃあと叫んで腕の中から抜け出そうと必死。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに」
びょんと腕から飛び上がって逃げたクロはこちらをひと睨みすると部屋の隅でぺろぺろとグルーミング始めてしまった。
ちぇっ、猫飼って一緒に寝るの夢だったのになあ。
昨日今日会ったばかりでそばにいてくれるだけでも感謝しないといけないのかもしれないが。
「にしても人馴れしてるわよね。飼い猫だったのかも」
あきらめてガウンをかぶって横になった私はいつのまにやら眠ってしまったようで、窓から差す朝日であわてて起きだした。
「さあ、早く行かないと亅
ハーブを片手に借りていたランプを反対の手に持って小屋を出ていく私にクロが目をパチクリ。
昨日とは逆にあわてて私についてきた。