ふたりの家で
馬車は城下街を通り過ぎ、見覚えのある町へと入る。隣町のメルクールだ。初めて来たときはクロも一緒で、ジュドが庶民のふりしてたっけ。
と、ふと窓から身体を乗り出しそうになった。
「レラ? 様?」
見覚えのある姿が、街外れの家の前に見える。
「うそ、似てる人?」
と思ったが、馬車の窓から顔を出し「すみません! 止めてください!」と御者に声をかけた。
「ミーガンさん」
やっぱり。
馬車から降りて駆け寄ると、街娘風なドレス姿のレラが微笑んだ。
「レラ様、こんなところで何してるんです?」
レラの立つ後ろに横に大きいニ階建て。さすがに普通のお家よりは大きいが、レラのいたお屋敷に比べたら私でも入りやすそうなお家だ。
内装を変えているのか、職人らしい男たちが壁紙やペンキを手にうろうろしている。
うふふ、と笑ったレラだが、
「ミーガンさんのところに伺おうと思っていたんですけど、この通り忙しくて、行けずにごめんなさい」
でも会えてよかったです、と言うと、馬車の御者に向かって、
「ちょっとお借りしますね。休憩されててくださいな」
御者はレラの顔を見知っているのだろう。大きく頭を下げて返した。
レラは私の背中を押して家へと連れていく。玄関ホールの左右にはサロンのような部屋。そこの壁紙を貼っているようだ。明るい小花柄はかわいらしいイメージだ。
レラは「こちらで」と玄関の奥へと連れて行ってくれた。
そこは食堂のようになっていて、テーブルと椅子が数客。すでに内装工事はすんでいるのか、テーブルには果物が籠に乗って置いてあった。
椅子に座るよう促され待っていると、奥に引っ込んだレラがティーセットを手に戻ってきた。
「レラ様、私がやりますよ」
てっきりメイドのメイベルさんがいるのかと思ったが。苦笑したレラは、
「私でもできますのよ」
と手ずからお茶を淹れてくれる。ついついびっくりした目でみていたようだ。
「あの、それでここで何を」
レラも椅子に腰かけると、
「女の子や子供たちがご本を読めて、お勉強もできる場所を作っているんです」
「前にそんなお話をされてましたよね。捨てる予定の本を運んだって」
「ええ、そこは以前の場所なんですけど。手狭にもなってきたのでお引越ししたんです」
「そうなんですね」と部屋の中を見回した。玄関からすぐのサロンのようなところが教室になるのかな。
「素敵なとこですねえ」
「でしょう? フェリシア様が見つけてくださったお家なんです。前のところよりかなり広いんですのよ。元もとは商人のお家だったそうなんです。ですけど」
ちょっと言いにくそうに視線を動かすレラ。
「あれですか? 商人ってことはつぶれちゃったとか」
それで安く買えたのかもしれない。
「それなんですけど」
とレラは、困ったような顔をした。
「お化け屋敷って噂で売れなかったんですよ」
いきなり声がしてみると、ドアからフェリシアが入ってきた。
「ただいま~」
「おかえりなさい」
笑顔でフェリシアを迎えるレラ。
ああ、やっぱり、レラの大切な人ってそういうことだったのね。
ふたりの幸せそうな顔を見てうれしくなってくる。
「ミーガンさん、何ニヤニヤしてるんです?」
「え? そんな顔してました?」
両頬を手で押さえる私に、フェリシアは向かい側の椅子に座り込むと、
「ミーガンさん、ジュド様、会いに行きました?」
「はい?」
クララおばあさんのとこから家に戻ってジュドがやってきたことがあった。あれのことかな。
「そういえば、食料とか持ってきてくださいましたけど」
「それ、私たちが頼んだものです」
「忙しくて行けなかったから」
声を合わすふたりに、
「そうだったんですね。ありがとうございます。ワインも入ってて」
と言いかけたが、フェリシアは「それで!」と身体を乗り出してきた。
「それで?」
思わずのけ反る私に、
「ですから、ジュド様から何かお話があったんでしょう?」
「お話……」
あの時、崖から落ちたときのことや、レラやフェリシアのこと、クロがディーンで。
「ディーン様がお元気かどうかとか」
上を見上げた私は、
「王太子妃候補を決めないといけないとか。お二人はお断りしたって」
「ほかには? ジュド様とミーガンさんのことで」
首を傾げた私は、
「いえ、何も」
なかったと思うんだか。
「そういえば、養女になったらいいとか何とか」
もうその話はすんだことですのにねえ、と笑うと、フェリシアはがっくりと肩を落とした。その肩をぽんぽんとしたレラは、
「あれから、デヴィッド様かディーン様にはお会いになっていないんですか?」
デヴィッドはきなこ、ディーンはクロだったんだよなあ。
「猫の2人はよく知ってるんですけど、崖でお姿を見て以来はお会いしたことはないですよ。それじゃなくても、ディーン様はお忙しいでしょう? 戻ってこられたばかりだし、仕事や勉強だってあるだろうし、それに、王太子妃様を選ばないといけないし」
面白おかしく話したつもりが声が段々と小さくなっていく。顔を見合わせたレラとフェリシアだが、
「ミーガンさん、ミーガンさんは」
と言いかけるフェリシアを止めたレラは微笑を浮かべると、
「きっと大丈夫ですよ」
お菓子も焼いてみたんです、とサブレを持ってきてくれた。
それは甘くて、ちょっぴり塩をきいていて、何だか涙を食べているような感じがした。




