デヴィッドの事情
「そのことか。メリ嬢は大丈夫だ。医者も呼んで、横になっていたんだが、崖でのことが終わるころにはよくなった。ただおかしな話だがお茶会やその前のこともあまり記憶にないらしい」
「記憶に?」
「ああ、おかしな話だろう? まあその話も崖での一件の後から聞いたんだけどな」
「崖での」
「ああ、あの時なんだ。メリガレット嬢が倒れたときだよ。クロが、いやディーンか。あいつがニャーニャー言い出して。メリガレット嬢のメイドがあんたがハーブを取りに帰ったと教えてくれたんだ。なんだ、と思ったがディーンの様子は変で、メリガレット家の馬に乗ってこっちにも乗れと言わんばかりに鳴くんだよ。なんか変だってフェリシアもレラも言い出すし、デヴィッドも一緒にナーナー言うし、急いで森のあんたの家まで向かったんだ。そしたら馬車は坂の途中で停まったままで、御者が眠り込んでた」
「それで上まで来てくれたのね」
丘の上にたどり着くと、私は崖の先に追いやられ、黒づくめの人間が矢を向けてじりじりと近づいて行っていた。驚いて時が停まったような中、クロが飛び出して私の身体に体当たりして横に倒し、伯爵夫人に噛みついた。腕を振り払った夫人にクロは空中に飛ばされ、私は腕を伸ばしてクロを掴んだ。
「きなこ、デヴィッド様も夫人の足に巻き付いてくれたんだよね。デヴィッド様もお元気なんですよね?」
「もちろん」
大きくうなづいたジュドは、
「あれからデヴィッドが話してくれたんだが」
と少しばかり声をひそめた。
ディーンが戻ってきて、大臣や親戚等々、多くの人間が集まりお祝いの席がもうけられたある日、デヴィッドはジュドをつかまえると別室につれていった。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
いきなり頭を下げたデヴィッドに焦ったジュドは「医者を呼んでくる!」と部屋を出ようとした。
ディーンも戻ってきたが、デヴィッドも戻ってきたわけで祝われる立場にいるが、母親であるロザリン・フェルプス公爵夫人は寝込んでいるということで来ておらず、父親も早々に帰ってしまった。そんな状況ではデヴィッドも心境穏やかではないだろうと思ったのだ。
だが、あわててジュドを止めたデヴィッドは「悪かった」と謝ってきた。
「何? お前何かしたっけ?」
顔を下に向けたデヴィッドは、
「ジュドとミーガンさんがさらわれたことがあっただろ。あれはうちの母が関係してる」
もしかしたらという話はしていたが、こうして目の前で謝られるとなんと言っていいかわからなかったらしい。
ジュドは、
「俺とあんたが幽閉されたことがあっただろ」
と自分の首をもむように手をやった。
あるお城の牢屋みたいなところに入れられたときのことだ。
「あの時、いつの間にかドアの鍵が開いてて、外には馬が木につながれていただろう」
「ええ」
「あれはデヴィッドがやってくれたんだ」
私はため息をつくと、
「お母さまとバロワン伯爵夫人の話を聞いたんでしょうか」
「そうみたいだ。ふたりの話を聞いてしまい、ショックを受けたんだと思うよ」
ディーンが行方不明になってから、母親が自分を王太子、その先の王にさせようとしているのはなんとなく感じていた。自分にそんな器量はないと言ったが母親は聞いてくれず、ジュドも家出、結局自分にお鉢がまわってきた。
おかしいとずっと思っていたが、母親を問いただすこともできずにいた。
「そういう優しいやつなんだ、おとなしくて、母親を傷つけるなんて考えられなかったと思う」
ジュドの家で見た子供たちの肖像画を思い出す。年の近い3人は兄弟のように育ったんだろう。
なんとなくおかしいと感じていたころ、バロワン伯爵夫人と母親が話しているのを聞いてしまう。
邪魔な魔女がいる、それを排除するつもりだ、それならジュドも一緒に。
お家断絶で廃城になっているところに幽閉してしまえば。
なんて話していたのを聞いてしまった。
「それで、助けてくれたんですね」
小さくうなづいて答えたジュドは、
「あいつ、これ以上悪いことをさせるわけには行かないと思ったらしい」
ミーガンは魔女だ。このままにしておくとデヴィッド様にもよろしくないことになる。ジュト様には悪いが一緒に姿を消してもらいましょう、と言うバロワン伯爵夫人にロザリン様はただ黙ってうなづいたらしい。
バロワン伯爵夫人が「これですべてうまくいきます」と小さな袋をそっと掲げた。それを見たデヴィッドは、夫人の後をつけ隙をついて袋をこっそりと取った。中には小さな粒上の薬のようなものが入っていた。そして、一気に飲み干した。
「死ぬつもりだったんだよ、あいつ」
ジュドは眉を下げ、顔をしかめた。
「ディーンが行方知れずになったが、死んだんじゃないかとも言われてた。デヴィッドはその薬でディーンも死んでしまったんだろうと思ったらしいんだ。これ以上、母親に悪いことをさせたくはない、もう自分が死ぬしかないと思い込んだんだ」
そして薬を飲んだデヴィッドは、気づくと猫になっていた。
それがきなこたったわけだ。
偶然なのか、それともクララおばあさんが妹の動向を見張っていてくれたのか、クロのもとにたどり着いたきなこ。
死ななくてよかったが、そこまで思い詰めてたなんて。
「自分がいなくなればと思ったんでしょうね」
「だろうな。強く言うこともできるタイプではないからな、あいつは」
どちらから言い出したかはわからないが伯爵夫人と一緒になって母親が悪巧みをしていたと知ったなんて。
ハッとした私は、
「ロザリン様も、もしかして」
と言いかけるとジュドは顔を曇らせた
「そういう話も俺達の間で出ただろう? もし本当だとすると、伯母上も何事もなく済ませることは難しいかもしれないな」
「そんな」
本来なら悪役令嬢レラと魔女の私が処罰されるお話だった。それが、王の姉と魔女の末裔が処罰されるかもしれない。もしかするとクララおばあさんにも飛び火してしまうかもしれない。
自分が処罰されないルートになってよかったと思っていたが、そんなふうには思えなくなってきた。
「ジュド様、お願いしたいことがあるんですけど」
私はあることを伝えてもらうようにジュドに頼んだ。




