森の中で会ったのは
どこまで続いてるのか見渡す限り木、木、木。
どのくらいの森かはわからないがここさえ抜ければ別の町に着くのかな。
草は生い茂って入るものの、ここが道なのか。木と木の間に馬車ぐらいなら通れるスペースが奥へと続いている。
とにかく右を見ても左を見ても背の高い木が好き放題に育ってる。
森林浴にはいいかもだけどマジで暗い。
ランプの灯が届くのも手前ぐらいで真っ暗というより黒い木々の奥は真っ黒。
かなり怖いんだけど。
何も出ないよね?
っていうか夢じゃないのかな。
あの時、私は気絶して長い夢を見てるんじゃないかと思ってた。
3人にキレて目が覚めるかと思ったら、まさかの刑罰で放り出されて森の中にいる。
それにしても夢にしては長い。
まさか現実なんてこと。
ガサリ
?
ガサガサ
ええ?
暗闇から聞こえる物音に意識持っていかれて思考は中断。
イノシシ? シカ? サル?
考えたくないけど、クマ……じゃないよね?
ガサッ、ザッ!
うわっ!
何かが飛び出してきて思わずしゃがみこんだ。
クマだったらもう終わりだ。
首を引っ込めてぎゅっと目をつぶった。
しんっとした中に、
タンっ、タタタ
足音?
クマってあんな軽い音させないよね。
引っ込めていた頭を持ち上げてうっすらと目を開けた。
真っ暗な中、ランプのかすかな灯りに光る目が2つ、ぴんっと尖った耳に長い尻尾。
「ね、ねこ?」
「ミャア」
と鳴いたのはスラッとした黒猫。
「あ〜、何だ、よかった亅
黒い大きな生き物じゃなくて本当によかった。
それにしても。
「ねえ、どこから来たの? お家はどこ?亅
黒猫に語りかけると、意味がわかったのか、すいっと向きを変える。タタタっと進んだ黒猫に、
「ちょっと待って亅
黒猫はピタリと止まるとこちらを振り向き、またまっすぐに進んでいく。
まるで、こちらに来いって言ってるように。
「お家はそっちなの?亅
置いていかれないようにあわてて後を追う。
暗い中を進む黒い猫を見失わないように手を伸ばしてランプをかざしてついていった。
タタタと進んでいた黒猫がピタッと止まりこちらを振り向きニャーとひと鳴き。
目の前にこれまた黒い大きな物体が現れた。
家だ。
真っ暗な中に建っている家は窓からの明かりはなく黒く佇んている。
人の気配はまるでない。
空き家。
黒猫は勝手知ったるなのか、ドアの隙間から中に入っていった。
「こんばんは〜、どなたもいませんよね亅
一応、挨拶しつつ、中に足を踏み入れた。
ギイ〜と嫌な音をたてるドア。
ギシギシとなる床。
しかも真っ暗だし。
何だか昔見たホラー映画に出てきそうだ。
怖いけど、外で寝るよりはましと思うしかない。
「朝までお邪魔します亅
部屋の中をランプで照らした。
中は意外に広い。テーブルと椅子がある。台所らしいものと暖炉らしきものも。ベッドはないけど。
見ると黒猫が部屋の隅で丸くなっている。
「そこで寝るの? 私も寝てもいい?」
そっとそばに行くとカバンをクッション代わりにして横になった。
黒猫はちらりとこちらを見て立ち上がりかけたけど、またくるりと丸くなった。
「これ、タイ厶だし、こっちのはローズマリー。あ、どくだみも生えてる亅
朝になり泊まった小屋と周りを散策した。
朝日が差し込む森の中は昨夜の真っ暗な怖さとは大違いで、まるで童話の世界。
小屋も古いけど頑丈そうで、掃除すれば暮らしてはいけそうだ。
裏には小さな小川が流れてて、魚も泳いでいた。
「だから、ここに住んでたの?亅
昨夜からお世話になってる黒猫は、小川のそばで泳ぐ魚をじっと見ている。
糸はカバンにあったし釣りできるかな、待って、網があれば罠を作って。
カバンの中には着古した私の服が詰め込まれていた。他には裁縫道具や刺繍糸、本に日記らしいものまで。もう少しお金になるものでも入ってたらよかったんだけど。婚約者を頼りにしていってたんだろうから仕方ないか。
「ったくあんな男!」
黒猫が顔をあげ、びくりとする。
「あ、ごめんね」
思わず声に出してたようで、黒猫に謝ると、
「何もないよりはマシよね。まずは掃除!亅
と気合を入れた。
拾ってきた枯れた細い枝をまとめて箒にするとホコリを掃き出す。カバンに入っていた古い布を雑巾代わりにして床を拭く。
こんなことになって、ずっと夢だろうと思ってた。
だけどあまりに長過ぎるし、リアルすぎる。
現実世界で日本人だった私はストレス解消にスマホで転生モノやファンタジーの漫画を読んでいた。ゲームまで手を伸ばしてもいたのよね。まあそのぐらいハマっていた。
まさにそれじゃないのかな、って何となく思い始めていた。
何のお話なのかはわからないけど、どれかの中に転生しちゃったんじゃないだろうか。
この世界に転生し私はミーガンになってしまったわけで、ミーガンはどうなっちゃったんだろう。
私と同じように彼とお義母さんと友達に裏切られて。
私みたいにキレて怒ってなんてタイプではなさそうだし。貴族令嬢だしね、卒倒しちゃったのかな。同じ状況だった私の意識がそこに入り込んだのかも。
じゃあ、本当のミーガンはこの体の中で眠っているのかもしれない。
ただ、いったいどの話なのか、漫画なのか、ゲームなのか。わからない。
それにどうせ転生するならお金持ちの悪役令嬢にでもなればよかったのに。ミーガンはどう考えても悪役令嬢ではなさそうだ。悲劇の貴族令嬢かな。今はその貴族の称号すらないみたいだが。
「悪役令嬢に転生したら死を回避しつつ静かに暮らしたのになあ」
私は悪役令嬢らしからぬ働きぶりで、キレイになった床をぐるりと見回した。