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馬に乗って

 あの時、きれいなドレス姿でレラのお茶会に行ってレラの友達と楽しくお茶をしてた。公爵夫人やフェリシアを引き取った伯爵夫人、他にも貴族の夫人たちがやってきた。そしてクロが逃げた。


「そうよ! クロは?」

「クロ? ああ、あの猫か」

 グレンは、

「ここにはいなさそうだけど」 

 ぐるっと牢屋のような部屋を見回した。


「逃げてるんならいいのよ」

 きっと大丈夫、とつぶやくと、頭上から、

「ニャー!」

 と声が降ってきた。さっき意識が戻ったときに聞いたクロの声そのもの。


「え? クロなの?」

 見るとひとつしかない鉄格子のはまった窓のむこうに黒いシルエットが月明かりを浴びている。


「クロ、よかった。無事で」

「俺たちは無事じゃないけどな」

 グレンに文句でも言うようにクロが、

「ニャアニャア」

 と鉄格子の間から手を入れて前方を指し示しているようだ。


 その時、ガチャリと何かの音がした。

 誰かが来た。

 私達をここに閉じ込めた奴なら、何をしてくるかわかったもんじゃない。


「後ろに」

 とグレンが私の前方に立って身構えた。

 だが、ガチャリという音の後は何もない。


 しんっとした中でしばらくじっとしていたが、何事も起こらず。我慢しきれなくなったのかクロが、

「ニャアニャア!」

 とさっきより激しく鳴いて、差し入れた腕を前へ前へと突き出している。

 それはドアの方向で。


 顔を見合わせた私とグレンは「まさかね」と言い合うとドアに手をかけた。

 さっきまでぴくりとも動かなかったドアがギィーと音を立てて奥へと開いた。

 

 ドアからそっと外に出た。

 暗く冷たい石造りの壁が続く。狭い廊下を壁伝いに進むと奥にまたドアがある。そこを抜けるとやっと外廊下のようなところに出た。そこから庭に降りると空には丸い大きな月が出ている。


 庭から見ると、古そうな館が真っ黒な姿を見せていた。やはり人の気配を感じない。

「誰も住んでないみたいだ」

 グレンが用心しつつあたりを見て回っている。

「誰かが鍵を開けてくれたのよね。そのひとは?」

 グレンの後ろについていきつつ、周りを見回した。庭はしばらく整備されていないのか、背の高い木がまばらに立ち、垣根らしい植え込みもぼさぼさなシルエットを見せている。

 今は月明かりだけで暗い植え込みのあたりから丸く黒い物体がかけてきた。


「ニャー!」

「クロ!」

 どんっと飛びついてきたクロをなでるとホッとした。


「よかった。どこにいたの?」

「ニャ」

 と返事でもするように、腕からするりとおり、坂になった上へと走っていく。

「待って」

「おい、どこ行くんだよ」

 グレンもあわててついてきた。


 坂を上がると、小高い丘の上、1本の木に馬がつながれていた。

 あたりには誰もいない。

「どうなってんだ、これ」

 グレンがあたりを警戒しつつ馬をそっと撫でた。


 馬はぶるるると満足げに息を吐いた。月明かりでもベルベットのようにしっとりとした毛並みは美しい。

 どっからどう見ても高そうな、管理されてる馬だ。どこかの貴族の飼ってる馬に違いない。騎士団の馬ってこともありだろう。


「ねえ、これに乗ってきた人がいるんじゃないの?」

 そんな馬を勝手に使っていいものか。馬の綱をほどいて乗ろうとしているグレンの服を引っ張ったが、

「あとから謝ればいいだろ」

 とひょいっと馬にまたがった。


「でも」

 とあたりを見回す私におかまいなく、

「ほら、乗るぞ」

 グレンに腕を引っ張られ、前に乗せられる。そこにクロも飛び乗ってきた。

「ったく、その猫には負けるよ」


 グレンが手綱をひいて馬は丘を駆け下りていった。

 人気がなく生きていないような大きな館が小さくなっていく。


「ここどこかわかる?」

 村と町と、あとはレラの住む館しか行ったことのない私にはどこなのかさっぱりだ。

「さあ、俺もわからないけど」

 そう言いつつ馬を進めていく。

 道があるということは、どこかしらの村か町に着くはず。


「ともかくここから逃げないとな」

 と言ったグレンを見上げた。

 茶色い髪が今は月明かりで薄く金色がかってみえる。今日は眼鏡がどこかにいったのか、青い目がよく見える。


「グレン」

「何?」

「あなた、何者なの?」

 無言の返事。前々からおかしいなとは思ってた。最初は借金取りにでも追われてるのか、訳ありなんだろうと思っていたけど。

 知り合いに似ていると気にするレラに対する態度はどこかおかしかったし。

 恋敵のデヴィッドのことをよく知ってるようだった。

 それにメガネも長い前髪も。


「髪、染めてるんでしょ」

 グレンが息をつくと、

「道わかったよ」

「ほんと? 村に帰れる?」

「いや、村も町も、あんたの家も危ないかもだろ」

「だったら」

「俺が誰かわかってるんだろ。家に戻るよ」

 そう言うが早いか、馬を急き立てるようにして道を進んでいった。


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