ファンタジーな長い夢?
美魔女に頭の中を読まれたようで焦って「あの、すみません」と言ってしまってた。それに呼応するようににっこりとほほ笑んだ夫人は、私の足元に目をやった。
「かわいい猫ちゃんですわね」
その声に気づいたのか同じように視線をやったフェルプス公爵夫人が眉をひそめる。
「猫……」
どうやらフェルプス公爵夫人は猫派ではないようだが、バロワン伯爵夫人は興味津々でクロを見つめている。
クロはというと、少しばかり毛を逆立て、手を伸ばすバロワン伯爵夫人に背を向けるとダッとその場を離れた。
「クロ? すみません」
とクロの後を追う私の耳に、
「黒猫って素敵ね」
という伯爵夫人の声が聞こえてきた。
「ぜひ欲しいわ。譲ってもらえないかしら」
という声も。
村の噂だと、フェリシアを引き取ったバロワン伯爵はもともとは男爵だったとか。
お金の力で伯爵という地位を得たとか、何かしらの根回しの末、今の地位を得たとか、あまりいい噂は聞いていない。
フェリシアも叔母さまがやり手だと言っていた。
バロワン伯爵は奥さんの力で今の地位につけただけなんだろうか。ああ見えて実は裏では汚い手を使うんだろうか。そんな風に見えないし思いたくはないんだけど。
やだ、まただ。
なぜか気になっている自分に焦りしかない。
バロワン伯爵夫人はそんな私の思いを見透かしているかのようで視線がまじで怖かった。
そんな気はないですよ、ほんと。
第一、向こうが相手をしないだろう。あんな美人奥さんなんだから。
それにしても、フェルプス公爵夫人とバロワン伯爵夫人が一緒にいるということは、やっぱりデヴィッドとフェリシアが一緒になるんだろう。
王子と主人公が一緒になるのはお話の通りだし。
ちょっと、王子が違う人にはなったが。
これが王道ってやつよね。
このまま進めば、私が魔女で糾弾されることもレラが罪に問われることもなさそうなんだけどなあ。
「そして私はクロとともに静かに暮らしましたとさって、ね」
木々の間から低い植え込みに黒い塊をみつけた。
「クロ、こんなとこにいたの? ねえ、どうしたのよ」
クロはこっちに顔をあげるといきなり背中を丸くして「シャーっ!」と威嚇してきた。
「え? 何?」
どうしたの、と言うまもなく、テレビを消したときのように意識が消えた。一瞬、何かの匂いが鼻のあたりを通り過ぎた、そんな気がした。
長い夢を見ていた。
ファンタジーの世界に私はいて。
飼いたかった黒い猫と一緒に森に住んで。
いつかやってみたかった庭でハーブを育てるという願いもかなってた。
だけど、気が付くと、森の小屋でもなく村でもなく。
「ここって私の部屋?」
見慣れたベッドの上で体を起こした。いつものようにテーブルとテレビがあって。タンスがあり、キッチンには緑色したケトルとフライパンが置いてある。
「本当に夢だったんだ」
立ち上がり、時計を見ると3時。
向こうの世界でアフタヌーンティーの時間だった。
部屋の中を見回し、カレンダーに目が行った。
カレンダーは2025年
「2025年の5月……25!?」
思わずカレンダーを二度見して、また部屋を見回した。
懐かしいと思った部屋も何だか何かが違う。
本棚の本は買ったことのない本が存在し、テレビの横には見たことない観葉植物。下がっている服もカーディガンは前から持っているのだが、その上にかかるジャケットは初めて見る。
そして、ローボードの上にある写真。写真立てに入った写真に写る私は。
「これ、誰?」
知らない女性たちに囲まれて楽しそうに笑っていた。
私の記憶のなかでは婚約者の家で婚約破棄を言い渡され、それ以後の記憶はない。それ以降はファンタジーの世界にいた記憶だけ。ここでの1年あまりの記憶は一切ない。
もしかして記憶喪失ではと悩んでいるとスマホの音が響いた。
テーブルに置かれたそれは、見たことのないもので。
「機種変したんだ」
画面を見ると見たことのある電話番号。
これって。
「よかった、出てくれて。覚えてるよね、俺だよ」
俺俺詐欺かと思ったが、この声は雄大だ。
元の婚約者。
その声がスマホから聞こえてくる。
「まさかL&4Sグループのパーティで会うなんてなあ。あそこの部長と知り合いなの? あのときは英莉が失礼な態度をとったかもしれないけど他意はないんだ。だから、部長とコンタクト取ってほしくて」
いつも頼みごとをするときの眉を下げた顔が浮かんでくる。
「うちの会社、あのグループとの取引がなくなったらやばいんだよ。美里ならわかるよね」
L&4Sグループというと、身の回りのものから食品等々、衣食住から娯楽まで人に関わるもの広く扱っている。エコが叫ばれるよりも前から自然と人との関わりに重点を置いていて、今になって注目度を上げている。
確かに私が働いていた会社の大きい取引先だ。そこのパーティって……私、何してるんだろ? 関連会社に就職したのかしら。そんなとこのお偉いさんと知り合いなのかなんなのか、雄大が必死ということは何かしらあったんだろうが。
「……あの時は悪かったって思ってるんだ」
小さな声で「でも」と続ける。
「母さんと英莉に言われて仕方なかったんだよ」
眉を下げ口の端を曲げ弱ったような顔の雄大が頭に浮かぶ。
「別れたくはなかったんだ」
ああ。
こういう人だったっけ。
「本当なんだよ、信じてくれるよね」
自分は悪くないんだ、という声まで聞こえてくる気がする。
付き合ってた時はやさしい人だと思ってたけど。
「今でも」
とぐちぐちと言い続ける声を聴き続ける気持ちにはなれなかった。
ぶちっと電話を切った。
以前なら電話を切ることも縁を切ることもできずに言うことを聞いていたんだろう。
「私もどうかしてたのかも。頼られたら助けなきゃなんて必死になってたもんなあ」
息を吐きだすとスマホの側面を押して電源自体を切ってテーブルに置いた。
本当の優しさもわからないなんて。
と、ふとテーブルに置いたままのゲーム機に目がいった。
ゲーム機を持ち上げると、暗かった画面が明るくなってゲームのスタート画面が現れた。




