幼いころのフェリシア
「でもね、私のひいばあちゃんの小さい頃には魔女って呼ばれる人もいたらしいのよ」
マニーさんは秘密話でもするように声を潜めた。
「本物の?」
「たぶんね。メインは薬の調合だったみたいよ。魔術も使えたとかって話だけどそこらへんは事実はわかんないわねえ。ほとんど伝説だもの」
そうなんだ。薬の調合って。
「今のミーガンさんと同じでしょ。だから魔女って名誉の称号みたいなもんよ」
いやいやいや、称号ならいいんですけど。
「あの、でもその魔女さんたちはどうしたんでしょう?」
「どう?」
「いや、今いないんですよね。まさか処刑されたとか」
えーっ!と目を丸くしたマニーさん。私がいた世界では魔女裁判とかあったって習ったし、同じようなことがあっても不思議じゃない。
だけどマニーさんは、
「そんな物騒な話は聞いたことないけど。受け継ぐ人が減っていってって聞いたわよ。だから自然消滅みたいなもんでしょ」
「にゃー!」
とクロが割って入る。私のスカートを引っ張るようにしてにゃーにゃ―言い出したクロにマニーさんは「お腹すいたんじゃない?」とクロに小魚を出してくれた。
「すみません。じゃあ、もう魔女はいないのかあ」
「そうそう、伝説だもの」
言い合う2人をうらめしげに見ていたクロはあきらめたように小魚を食べだした。
マニーさんは、持ってきたにおい袋を手に取ると、
「人気があるから今度はもう少し多めに持ってきてくれる? あと匂い袋の横にフェリシア嬢も持ってますってボード置いていい?」
なんて言い出した。
「フェリシア?! あの、フェリシアさんのことを何で」
こんなとこで名前語出るとは思わなかった。
フェリシアは庶民出ではあったけど。
あ〜、と言ったマニーさんは、
「あの子、この近くの出身なのよ」
「近くですか」
「うん、小さい頃からよく知ってるの。うちでも仕事してもらったことあるし、あちこちの店で働いてお母さんを支えてたのよ。母子家庭でね」
そんな設定だった。
お父さんが亡くなり、お母さんが亡くなった。貴族だったのがあとからわかり叔父さんに引き取られって話だった。
といっても、お話の中にはこんな感じの説明の一文でしか出てなかった。
「苦労したんですね」
お母さんが具合が悪くなり寝込むことが増え、それでも食べていかないといけない。結構幼い時から働いていたらしい。説明文で見たよりもリアルに感じる幼いフェリシアの苦労。
「そんな苦労なんて何とも思ってないってぐらい元気ないい子でね。次期王太子さんと一緒になれますようにってみんな応援してんだよ」
苦労して育ち、みんなから慕われてたんだ。
天然でふわふわした原作イメージよりもうちにやってきたフェリシアとイメージはあう。苦労して育ったしっかりもの。
と、ふと顔を上げた。
「フェリシアさんが私のところに来たこと、どうやって知ったんですか?」
匂い袋をフェリシアも持ってるって知ってるってどこで聞いたんだろうと気になった。それも昨日今日の話だ。
マニーさんはにやっとすると、
「あの子、ときどきお忍びでやってくるのよ」
今は貴族の身分を得て、お屋敷住まいしているが。
「花嫁修業? 王太子妃修業とやらでなかなか来れなくなるけどって言いつつこっそりやってくるのよ。お屋敷で使わなくなったものを色々持ってね。で、先日も魔女さんのとこに行ったって帰りに寄ったのよ」
あの日、帰りにこの町に立ち寄ったのか。
「フェリシアさんは、王太子様とどこで知り合われたんですか?」
またもや、にま〜としたマニーさん。
「あんたも女の子だねえ」
いやいや、この世界では年齢いってますけど。
「フェリシアちゃんのお披露目っていうのかね。お茶会というかパーティが開かれたんだって。まあ、あれだよね、長いこと行方がわからなかった伯爵家の血筋が現れたんだから、まわりに紹介しないとだよねえ」
紹介みたいなかわいらしいものではなかったかもしれないが、フェリシアの顔見せみたいなもんだろう。
「じゃあそこにデヴィッド、様が?」
「そうそう、そこでババーンと一目惚れってえの? お互いズギューンってきちゃったんでしょ」
擬音でうれしそうに説明された。
あれ? そうだったっけ?
私は思わず首を傾げた。
確か、フェリシアが王太子のけがを手当てするんだったよね。
原作では、王太子が迷ってしまい怪我する。そこにキノコを取りに来ていたまだ庶民の時のフェリシアと出会い手当をされる。で、そこでお互いにひかれあう。だけど庶民と王太子、もう会うことはないだろうと思っていたが。マニーさんが言っていたお茶会につながっていくんだけど。
もうすでに森で出会ってるのかも。まって、でもそれは行方不明の王太子のことか。
あれ、そうか。王太子、森の中で怪我するんだ。
怪我のはずが行方不明になったちゃったのかな。
考えてもわからないなあと悩みつつ、またハーブを持ってきます、と店をあとにした。
「ジャックさんはルルク食堂にいるはずだよ」
とマニーさんに場所を聞き、クロを抱え食堂に向かっていたが、いきなり腕を掴まれた。クロが腕から飛び降り私の足元でシャーっとうなり背中をまるくしてる。
「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」
黒いフードを外した男が、何も持ってませんよというふうに両手を上げた。
茶色い髪が目にかかりそうなぐらい長くぼさぼさで黒縁の眼鏡をかけている。
ベストにブーツ姿は街中の商人たちや若い男性とかわらない。
「何の用ですか?」
とりあえず、強盗とかではなさそうだが。
男性は「あんた、ノームの森の魔女なんだろ?」
と言い出した。