王家の事情
村に出た私は、お昼に川沿いでおしゃべり中の女の子たちをつかまえた。
「王様、なかなかお子様に恵まれなかったんだって」
「うちのおばあちゃんが言ってたわ。お子様がやっとできたのもつかの間、王妃様が亡くなって、王様は本当におかわいそうだったって」
「王様、真面目な方だし王妃様を愛されてたからそれから再婚もされなくて」
「だからお子様はディーン様おひとり」
そのディーンが行方不明ときては王様が体を壊し寝込むのも当たり前かもしれない。
「こんな有名な話、本当に知らなかったのね」
なぜか納得気にうなづく村娘のハンナ。
「ミーガンさんってよそから来たんでしょ?」
そういうことになってるようだ。隣の町から追放になったんだから嘘ではないが。
ベスが「もしかして隣国とか、外国から来たの?」なんて目を輝かせる。
「え? そうなんだ。すごい」とイライザも目をキラキラ。
「ほら、だからハーブにも詳しいのよ、ねえ」とローラ。
せっかくあるハーブを利用することを知らなかった村の人たちから見ると、どこから来たのか不思議だったんだろう。それでも除外されることもなく受け入れてくれた。優しくのどかな人たちに囲まれて、ここを離れずにすませたい。もちろんレラを悪役にしたくない。
「いまだに行方不明のままなんてねえ。いったい何があったのかしら。もしかして家出とか」
というと顔を見合わせた4人は、
「狩りの途中でいなくなったのよ」
「狩り」
フェリシアもそんな風に言っていたっけ。
「馬だけ戻ってきてね」
イライザが小声になると、
「もしかしたら王太子様は殺されたんじゃないかしらって」
と、とんでもないことを言い出した。
「ちょっとそんなこと言ったらまずいって」
ハンナがあたりをキョロキョロ。
「大丈夫よ、こんなとこ誰も聞いてないって。それにそんな噂もあったじゃない」
家々から少し離れた川沿いはお昼過ぎでなくとも人通りは多くなく、川のせせらぎが聞こえてくるぐらいだ。
あたたかな日中は川のそばの木陰でおしゃべりに興ずるのが彼女たちのルーティーンになっているらしい。
「殺されって。でも王様の弟様は辞退してるし、そのお子様も家出してるって聞いたけど」
と私が言うと、ローラが、
「そうなのよ。ジュド様でしょ」
「本当に家出なの? まさか行方不明とか、ないよね?」
つい家出と聞いてそんなふうに思ってしまったのだが。
えーっと目を丸くする女の子たち。
「それはないと思うわ」。
「うん、あのジュド様だもん」
ベスとハンナが「ねええええ」と顔を見合わせる。
「あの?」
「遊び人だもん」
とイライザ。
おもわずこけそうになる。
ゲームでもモテ男だったっけ。遊び人って思いっきり言われてはいなかったが。
「これも噂なんだけど、どこかのお城に隠れてるとか、バカンスを楽しんでるとか、女性と一緒だって噂聞いたわよ」
と言うイライザにローラが、
「それ! 女性と一緒に身を隠してるって聞いたけど、ねえどこかの令嬢?」
「違う違う、ボバリー夫人のとこだって」
とイライザが指を振る。
「ボバリー夫人?」
と聞き返すと、
「未亡人で伯爵夫人なんだって」
「へえ、ジュド様ならあるかも」
と女の子たちが納得顔してるし。
なんだかとんでも設定になってるんですけど。
「仕方ないわよ。かっこいいもんね」
ローラがほうっと息をつく。うんうんとうなづいたハンナにベス。
「ディーン様もかっこよかったけど、ジュド様も素敵だったものね」
「やっぱり血筋よねえ」
イライザもうっとりとすると、
「そうよ、あのお顔、私たちにも笑顔を向けてくれて、ねえ」
きゃあきゃあ言い出す4人に、私は首を傾げた。
王様にしろ、王太子にしろ、王族がここら辺をうろうろするだろうか。
お城から国民に挨拶があったとしても、城のある町までいかないといけない。
「ねえ、どこでジュド様やディーン様に」
言いかけた私に、4人は目を合わせて、視線をさまよわせて挙動不審になっている。
「もしかしてこの村にいらしたの?」
フェリシアがディーンが行方不明になりここも大変だったと思うと言っていた。
もしかして。
その瞬間、いままでにこにこと私を受け入れてくれていた少女たちはすいっと立ち上がり
「私、母さんに用事を頼まれてたんだった」
「あ、私も買い物途中だった」
「弟と妹の世話が」
「え、あの私、お腹すいたから帰る」
いきなり全員で立ち上がりスカートをばさばさいわせて去っていこうとする。
「ちょっと待った!」
びくりとした女の子たちに、
「何隠してるの」
仁王立ちで顔をグイっと突き出した。4人とも目をきょときょと動かすと、
「隠してるなんて、ねえ」
「そうよ、お顔なんて見たんだか見てないんだか」
「ねえ、遠かったし」
「そうよそうよ、見れたとしても馬の上だもん。高いし」
馬の上?
「まさか、狩りって」
「あーもう! 何言ってるのよ。狩りなんて」
ピンときた私は、
「ノームの森であったのね」
とぴしりと指を突き付けた。