情報が多すぎです
「うーん」
と唸ったフェリシアは、
「叔母さまはそうだって言うんだけどどうかしらね。まわりにはいない物珍しい人間だとは思っていそうだけど」
と納得はしてないようだ。
「おば様ですか」
「叔父様の奥さん、若いのよ。私とあんまり変わらないぐらい。きれいな人でね、すごいやり手だと思うわ」
フェリシアは声を潜めた。
「叔父様の地位を上げたのも叔母様の手腕じゃないかと思うのよね」
てことはフェリシアが王太子妃、ゆくゆくは王妃になったら、その叔父の地位は確固たるものだろう。
「叔母様は、デヴィッド様のお母様のロザリン・フェルプス様と親しくさせて頂いてるのよ」
フェルプスというと、現王様の姉にあたる人だ。あ、そうか、デヴィッド様というと、現王様の姉の子供。
原作でいうところの3人の王子のひとりだったはずだ。
私は非常に気になっていたことをぶつけることにした。
「あの、王太子候補ってどういうことですか? 王太子はいないんですか?」
レラのメイドさんからも聞いた。これこそ一番の謎だった。
ハーブティを飲んでいたフェリシアが目をパチクリ。
「知らないの?」
何で知らないんだって顔を向けられる。
「あ、いや、ちょっと旅に出てて」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、王太子様は知ってるでしょ? ディーン・ルクルット殿下」
それだ、それ。虹ゲーの一番人気の王子。現王様の一人息子。
「彼、狩りで行方不明になったのよ。まるで神隠しみたいにまったく消息がつかめなくて生きてるか死んでるかもわからないの。なもんで王様はすっかり弱ってしまわれて、今も病床にあるのよ」
王様は寝込んでいて王子さまは行方不明。そんな状況が続いて、跡継ぎはどうするんだ、と問題になったらしい。
「次期王の第1候補はディーン様だったけどこんな状態でしょ? 第2候補のロックナー大公様は辞退したいみたいだし。第3候補のジュド様は家出してるし、そうなると次の候補はデヴィッド様なのよ。王様のお姉さんでデヴィッド様のお母様であるロザリン様は大乗り気だしね」
開いた口がふさがらない
行方不明に家出?
どうなってるの?
「びっくりするわよね」
フェリシアも軽く肩をすくめる。
「私も叔父様の家にひきとられる前は町に住んでたんだけど、その頃なのよ、ディーン様が行方不明になって。町どころか国中大騒ぎで。ここも大変だったと思うわ」
「ここ? ですか?」
こくりとうなづいたフェリシアだったが。
「まずいわ! もう帰らないと!」
いきなり立ち上がると、
「家庭教師にうまいこと言わせて抜け出してきたのよ。叔母様に見つかる前に帰らないと。じゃあ。これ頂いていくわ」
フェリシアはコインをテーブルに置いて顔を突き出すと、
「なんとしても、王太子妃から王妃になるつもりなのよ。強い効き目のあるハーブがあってら用意しといてね」
真剣なまなざしを向けてきた。
「強い、ですか」
ちょっとびびってる私ににこっとすると、
「レラ様に先に売らないでよ。またお茶飲みに来るから」
手を振って帰っていった。
待って待って、わからないことが多すぎ。
情報多すぎてパニックなんですけど。
ドアがキィーと音を立てぱたんと閉まり。
私はフェリシアに向かって伸ばしていた手を静かにおろすと、がっくりと首を垂れた。
いったい何がなにやら。
またも頭を抱えている最中に、今度はレラのメイド、メイベルが大荷物を持って現れた。
毛布にきれいな布にレースを手渡された。
「これ?」
「レラ様が朝晩は冷えるでしょうから、持っていきたいとおっしゃって。わたしが代わりに来たんです。布はハーブを入れるのに使えるかもと選んでくださって」
驚いた。
実際会って原作のレラとは違うなあとは思いはしたけど。こんなに気遣いのできる子だなんて。
原作ではヒロインに悪口や仲間はずれ、典型的ないじめをしていたが。
レラはいい子だと思う。そんな悪役令嬢みたいなことをするとは思えない。
もしかして、悪役ヒロイン転生モノでよくあるように、目に余るヒロインに注意してるだけなのにルートの強制力で悪役みたくなってしまうとか。
もしかして誰かにはめられて?
私がいなくなっても、他に魔女候補が現れるんじゃないだろうか。その魔女にそそのかされるか、他の誰かに利用されてとか。
レラを救ってあげないと、道を踏み外さないように。誰かにはめられないように。
そのためには知らん顔で他所に行くわけにはいかない。レラに近づく悪いやつを見極めないと。
もしかしてフェリシア?
王太子候補を落とさないといけないと言っていた。
そのためにレラを嵌める?
頭の回転は早そうだけど。
ここにきた元気娘のフェリシアがそんな回りくどいことするかな。
馬を駆ってひとりでやってきたフェリシアは真っ向勝負が似合いそうなんだよなあ。
あれこれ悩んですごい顔していたようで、クロの「にゃー!」という鳴き声でハッとした。
「そうよね。ともかく情報収集したほうがいいかも」
原作との違いに追いつけてなし、あまりに知らないことが多すぎる。
私は顔上げると、
「まずは情報収集!」
と叫んでた。