ヒロイン登場!?
「うわっ」
ドアの取っ手を持ったまま、開いたドアごと前のめりになった私の頭上から鈴を転がすような声が降ってきた。
「あらら、ごめんなさい。ここって魔女さんのお家であってます?」
またもや魔女と呼ばれてる。
「あ、いえ、あの」
口を挟むまもなく、
「ある相手を完全に落としたいのよ。いい薬ある?」
「はい?」
体制を立て直した私は目を見張った。
物騒なことを言いつつケープを取ってにこりとほほえんだ女性は、まばゆいぐらいのグリーンゴールドの髪を一つにまとめ、淡いイエローのドレス姿にブーツを履いている。
レラに負けないぐらいの美女。
どうなってんの、この世界。
あ、そうか。にじげーの世界だった。
にしてもこんな綺麗な子。
あれ?
私は妙な既視感に首を傾げた。
まさかね、と思いつつ、外を伺いみるが、お付きの騎士も馬車もみえない。その代わりのように木に繋がれた馬が1頭。
どう見てもどこかのご令嬢なのだが、メイドさんの姿も見えないし、まさかひとりで馬を走らせて来た?
令嬢はきれいな水色の瞳をくるくるとさせ、小屋の中を見回した。まるで子供のように好奇心をあらわにしている。レラとはかなり違うタイプみたいだ。
元気いっぱい令嬢は面白そうに吊り下げられたハーブを指さすと、
「いい匂い。あれが魔法の薬になるの?」
「魔法ではないんですけど」
くるりと振り返った令嬢は、
「でも、何かしら効果があるんでしょう? メルクールで噂を聞いたのよ」
息をついた私は、レラに説明したようにハーブの効能を説明。
黙って聞いていた令嬢は、
「なーんだ、やっぱりねえ、そうじゃないかと思ってたのよ」
ストンと椅子に座った。
「でもレラ様になにか売ったでしょ。同じでいいから売ってくれる?」
「え? レラ様のお知り合いですか?」
悪役令嬢レラの友達? それとも取り巻きのひとり?
原作でも取り巻きがたくさんいて、主人公をいじめていたっけ。
と言っても、本当の友達はいそうになかったけど。お金と地位があるからまわりにいただけだったんじゃないかな。結局、罪に問われることになったら誰も庇ったりしてなかったし。
令嬢はニコリとすると、
「友達、というか、ライバルかな」
「ライバルですか、え?」
まさか、悪役令嬢レラのライバルって。
思い当たるのはひとりしかいない。
「ライバルって、フェリシア?!」
令嬢は目を大きく見開いたと思うと、面白そうに口角を上げた。
「さすが魔女。私の名前がわかるなんて」
「あ、いや、その」
どうりでどっかで見たような気がするはずだわ。
ふわっとした長い髪をひとつにまとめている様子といい、水色の瞳といい、ゲームのスチルで見たことあるもの。
それにしてもレラもフェリシアも目の前にいる状況は嘘みたいでめまいがしそうだ。転生ものの主人公ってみんなこんな思いしてたのかしら。
頭がパンクしそうでバタバタしてる私に、虹ゲーのヒロインは椅子から立ち上がり、
「フェリシア・バロワンと申します」
令嬢らしくドレスの裾を軽く持ち上げカーテシーのポーズをとった。
フェリシアは悪そうな笑顔を見せると、
「どうせあれでしょ? レラ様のメイドが悪口を言ってたんでしょ」
ゲームや漫画が現実になってるはずなのに、こちらの令嬢はよく言えば鋭いというか世間ずれしてるというか。
「レラ様は本物のお嬢様だから、そんなはしたないこと言わないだろうし。こんなとこに来ただけでもかなり勇気がいったと思うわよ」
まさにそう思う。
原作でのフェリシアは、貴族の血はあるものの庶民出だ。だけど性格はおっとりとしていてドジっ子、そんな純粋なところに王子が惹かれちゃうんじゃなかったかな。反対にレラは頭の回転が速く、意地悪もうまいことやるのよね。
いきなり連続で主役と重要な脇役に会っちゃってパニくったけど。
このふたりの性格、お話とはずいぶんと違うみたいだ。
「ねえ、レラ様に売ったのと同じものか、それ以上のものを売ってくれない? お金は用意してあるから」
フェリシアは悪だくみでもするように小声でささやいてきた。
ほんとにこの人、フェリシアなの?!
「それ以上のものって言われても」
迫力が原作のレラなんですけど。
困惑顔しているだろう私から視線を外したフェリシアは「はあ」とため息つくと「レラ様の倍出すんだけどなあ」と頬杖ついてつぶやいている。
私は「同じものですけど」とレラに売ったハーブティーや匂い袋を用意しつつフェリシアの顔を伺いみた。
「あの、フェリシア様」
「何?」
「失礼なことを聞いたらごめんなさい。王太子様はフェリシア様の方をお好きなんじゃないんですか?」
原作通りなら、王太子はヒロインのフェリシアに惹かれているはずで、わざわざ恋を叶える魔法みたいなものに頼る必要なんてないと思ったのだ。