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転生しても婚約破棄?

 誰?


 私の前にいる3人は雄大と英莉ちゃんと雄大のお母さん、だったはず。

 だけど、目の前の3人は、さっきまでの3人とは違ってて。

「ファンタジー?」

 思わず目をしばしば。


 スマホでファンタジー漫画を読むのが好きだけど、3人はそんな漫画から飛び出てきたような姿をしてる。 


 日本人というより海外ふうな容貌。どこかの公爵か貴族か、へたするとアイドル衣装のような服の茶髪な男性に、ドレス姿の金髪巻き毛の若い女性と茶色いまとめ髪の年配の女性。


 漫画ではなくて実写。何だか海外ドラマかゲームみたいなんですけど。

 思わず笑ってしまって3人が引いた顔をしたのがわかる。


「ごめんなさい」

 思わず笑ったことを謝って立ち上がろうとしたが、何かを踏んづけて転げそうになった。


 何を?


 と下に視線をやると、腰から下に広がる長いひらひらとしたスカートに気がついた。


 よくよくみると、長いスカートではなくて、私もドレスを身にまとってる。

 さっきまでブラウスにスカート、カーディガンを着ていたはずなのに。


 自分の着ている物を見下ろしきょろきょろする私に、貴族みたいな男性が気味悪そうに眉根を寄せて声をかけてきた。

「ミーガン、大丈夫か? 気でもふれたか亅


 え?


 こっちを見て言ってるよね。

 でも、ミーガンって。

 もしかしなくても私のこと?


「そんな名前じゃありません。私、矢田美里って名前で」

 そう言いながら顔を上げた私は見慣れない部屋の大きな窓に映る自分の姿を見て本当に気を失いそうになった。


 ゆるくウェーブがかかった髪を片側でひとつにまとめている。黒髪だが光が当たったところは緑がかっている。そんな髪に合わせたような刺繍模様が入った薄緑のドレス。緑色のアクセサリーをつけた私の目はアクセと同じできれいな緑色。


 嘘……。


 さっきまで日本人だったのに。

 これってもしかして漫画やゲームでみるような転生モノ?

 まさかファンタジーの世界にいるの?!


 いや、きっと夢を見てるんだ。


 だって、さっきまで雄大の家にいたんだから。


 結婚したら住む予定になっていた婚約者、雄大の実家に行ったのはついさっきのことだ。

 雄大の家に行くとソファに座って談笑しているお義母さんと後輩の英莉がいた。


「あ、あれ?」

 間の抜けた顔をしてたんじゃないかな。私を見たお義母さんは、

「ちょうどよかったお話があるのよ、美里さん」

 と言った。


 時間を合わせたように雄大が帰ってきて、婚約解消を告げられたのだ。


「うちの雄大と美里さんじゃあ出ている学校も何もかも違いすぎでしょう? 釣り合いの取れたお相手を探したほうが美里さんにとってもいいと思うのよ亅

「美里先輩亅

 雄大の後ろに隠れていた英莉がごめんなさいとうつむいた。雄大が庇うように英莉の肩を抱く。

「英莉、お前は何一つ悪くないよ亅

「そうよ、英莉さん亅

 横からお義母さん、いや、お義母さんになると思っていた人が眉を下げ英莉の背中をさすっている。


 何だか陳腐なお芝居を見ているようだった。


 その時だ。私の視界が隅の方から煙幕をはるように霞んでゆがんで黒く黒くなっていき、3人の姿が消えていった。


 そして、気づくとファンタジーな世界にいた。


 たぶん、あのとき気を失ってしまったんだろう。ここのところ特に仕事が立て込んで忙しく寝不足だったし。

 そしてそのまま夢を見てるに違いない。

 漫画の読みすぎなのか、話題の乳酸菌飲料を飲んでるからなのか、悪夢を見てるのかも。


 妙に冷静な自分がいて、何だか可笑しくなってくる。このまま、ここでしばらくファンタジーを味わうのも悪くないかも、なんてのんきなことを考えていた。

 

 夢の世界としても、よく出来てるなあ。


 感心しつつ部屋を眺めた。

 白を基調にした壁には大小の絵画が並んでいる。天井からはお花のようなシャンデリア。赤いベロア素材のソファ。テーブルもソファも猫脚で初めて実物を見た。


 本当に漫画の中そのまま。


 まったく、転生ものの漫画の読み過ぎだわ。

 つい苦笑してしまって、またもや、3人に微妙な顔をされる。


 ごほんと咳払いした男性、茶髪の貴族みたいな男の人が、

「とにかく、出ていってくれ。ここに君の居場所はない亅

 とドアを指し示す。


「はあ」

 出ていったらどんな世界が広がってるんだろう。楽しんでやろうと思ったけど、何があるかわからないのは夢とはいえ不安になってくる。 

 だけど、貴族の男はドアの方に手を伸ばしたままだし。

 仕方ない、と雄大やお義母さん、英莉と同じような3人のそばを通ってドアに向かった。


「まったく気味が悪いわね」

 ドアに手をかけた私の耳にぼそりと言う声が聞こえる。

「ミーガン様って頭が?」

 なんて声まで。

 お義母さんみたいなおばさんと若い女性の声だ。


「今、なんて言いました?」

 立ち止まり、振り返ると2人の顔を交互に見た。


 一瞬、びくりとした2人だが、すぐに年かさの女性が、

「その態度はなんです。もうあなたとプリースト家では格が違うんですよ」


 現実でも身分違いみたいなことを言われたのを思い出す。さらに雄大のお義母さんに似た女性、プリースト夫人は、

「あなたのお父様が倒れられてかわいそうだからお付き合いを続けていたけれど、もうそんな理由もないのですからね亅

 若い女性が大きく頷くと、

「そうですよ。ユルゲン様はお優しいからミーガン様を突き放すことができなかったけど」

 ユルゲンと呼ばれた貴族男は、ちらりとこちらを見ただけ。

 プリースト夫人は見下すような視線を向けると、

「もうボナート様もお亡くなりになられたんだし」


 ボナート。


 なぜか頭の中にベッドに横たわるヒゲをはやし歳をとった男性の姿が浮かんだ。


 誰かが説明したわけでもないのにその人が自分の、ミーガンの父親だとわかった。

 ミーガンの手を取って、誰かの名前を言っている。誰かはわからないが、頼るようにと言って苦しそうに咳き込んでいる。


 これはミーガンの記憶?


 ボナート家の娘として生まれ、不自由なく育ったが、母親は小さい頃に亡くなったようだ。

 そして、成長し、目の前にいるこの男、ユルゲン・プリースト子爵と婚約した。

 ユルゲンの横にいるのはプリースト夫人、ユルゲンの母親。もうひとりの若い女性は、ドリアーヌ。エドゥ伯爵の娘だ。

 そして、ミーガンの友人たちのひとりだったはず。


 自分の知らない記憶が飛び出してくる感覚に目をぎゅっとつぶっていたようだ。こちらを見ていたプリースト夫人がふっと息をついた。


「ミーガンさん、あなたももう後ろ盾もないのだから暮らしていくのも大変でしょう?」


 この世界がどういう世界かわからないが、女性一人で生きていくのは私がいた世界よりも大変なのは何とはなしに想像できる。


 これは早いとこ目が覚めないと、焦り始めた私に、

「ミーガン様はもう行くところがないんでしょう?」

 目を伏せた金髪縦ロールのドリアーヌ嬢がそうだわ! と手を打った。

「結婚して新居にメイドが足らないと思うの。だからミーガン様に来てもらえばいいんだわ」

「あらそうね、それはいいわ」

 プリースト夫人も「ドリアーヌは優しい子ね」とにこにこ「ね、ユンゲル」


 ユンゲルは「ああ、それもいいか」と私に向き直る。

「ミーガン、君はもう後ろ盾がないだろう。これからどうするつもりでいるのかは知らないが、ドリアーヌの好意を受けるべきだ」


 ミーガンも貴族だと思うのに、もう後ろ盾がないの? 父親が死んだから?

 私の記憶が頭を占領しているようで、ミーガンの記憶がはっきりしない。

 ミーガンはここに、婚約者の家に婚約者をたずねてきた。

 後ろ盾がなくなっても、結婚する相手のとこに来たってことは、助けてほしくて来たんじゃないの? なのに、婚約破棄を言い渡されて、新しい婚約者との家でメイドになるように言われるなんて。3人そろって、さもいいことをしたような顔をしてる。

 申し訳なさそうな顔をつくる英莉にそれをかばう雄大と母親。

 この世界のミーガンも同じような状況、いやそれ以下だ。


「馬鹿にしてるの?」


「え? なんだって?」


 心の中の声が思い切り出ていたようだ。どうせこれは夢の中で、私はミーガンの中にいるというか、ここではミーガンらしい。本当のミーガンがどんな人かは知らないけど、こんな扱いに怒ったっていいはずだ。


「だから、馬鹿にするなって言ってんのよ」

 ユルゲンが目を見開いた。

「さっきから黙って聞いてたら、ドリアーヌさん、あなた、お友達の婚約者を奪っておいてさらにメイドになって仕えろと言うなんて。お義母さん、いやそこのおばさんも普通は息子を諫めなさいよ。何一緒になって喜んでるわけ?」

 私は驚いて目も口も丸くしてる2人から元婚約者のユルゲンにぴしりと指を突き付けた。


「だいたいあんたが一番悪い!」

「なっ」

「婚約者というものがありながら、他の女に手を出して一方的に婚約破棄ですって? まずは頭を下げて謝んなさいよ」

 ユルゲンは口をぱくぱく。

「どうせ、ミーガンの後ろ盾が無くなって利用価値がなくなったってことなんでしょう? ドリアーヌはあなたの出世に役に立つんでしょうね。そんなことで女を捨てて別の女に乗り換えるなんて、男なら自分の力で出世しなさいよ」


 こんなふうに雄大や英莉ちゃんに言ってやればよかった。たぶん、私何も言ってない。

 深く息をついた私はいからせていた肩をすとんと落とした。


「じゃあ、言いたいことも言ったので失礼するわ」


 ふかふかな絨毯を踏みしめて3人の間をすり抜けドアから出ていこうとした。

 その瞬間、3人とも目が覚めたのか、いきなりドリアーヌが号泣し始め、眉を吊り上げた母親が「ユルゲン!」と貴族の息子に言い募る。

「なんて失礼なの! ユルゲン、何とかしなさい!」


「何なの? ヒステリー?」

 相手になんてできないし、と颯爽と行こうとする私だったけど。いきなり腕をぐいっとつかまれた。


 私の腕を掴んだままドアを開けたユルゲンは、

「リチャード!」

 すぐに廊下の奥から一人の男性、みるからに執事のような初老の男性が走ってきた。

「どうされました。ミーガン様が」 

 ユルゲンは私をドンッと押すと、

「ミーガン嬢をマークのところに連れて行け」

「マーク・ラッセル様のところですか?」

「ああ、そうだ」


 リチャードは申し訳無さそうに私の腕を取ると廊下を進み馬車へと乗せる。

 馬車?

 マークっていったい誰?


 何度目かのパニックにおちいりつつ、ユルゲンとともに知らない人物のもとに向かっていた。

 






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