4:基本的に、殿下が悪い。
騎士様たちからの謎のメモ攻撃の三日後、王城内を歩いていましたら、正面から騎士服の第二王子殿下が物凄い勢いでこちらに向かって来ました。
王族の歩みを妨げてはいけないと、右に寄りますが、殿下も右に。
それならば、と左にススス。殿下も左にススススス。
仕方ないのでまた右に…………と見せかけて左の壁際まで!
「逃げるなよ」
気付けば、後ろは壁、正面は第二王子殿下、顔の右側の壁には殿下の手。
おや? もしやこれはかの有名な壁ドンの構図?
「逃げてはおりません。避けていました」
「一緒だろ」
――――はて? 一緒なのでしょうか?
ううん、と唸りつつ考えていましたら、殿下に顎をクイッと持ち上げられてしまいました。
強制的に視線を殿下と合わせる形にされ、仕方なく殿下の濃紺の瞳を見つめましたら、何故か顔を真っ赤にされてしまいました。
「わ、わたっ、私……の…………の、の」
「の? はい?」
「……………………ワタシのツマにナレ。キミをイッショウ愛しとぅずけりゅ(棒読み)」
何やらカクカクと話しながら、最後に噛みましたね。何を言ったのか、全くもって脳に届きませんでした。
「申し訳ございません」
「っ――――」
「殿下の滑舌があまりにも悪く、言葉が脳に届きませんでした。もう一度言っていただけます?」
「…………ランメルト!」
「はい?」
「ランメルトと呼べと言ったんだっ――――」
壁ドン、顎クイ、からの…………殿下逃走。
結局、何がしたかったんでしょうか?
問い詰めたい相手は、遥か彼方まで走り去ってしまっていますが。
「はぁ…………戻りましょう」
王城内を歩いていたのは、王太子殿下の執務室に依頼の資料を届ける為でした。
王城図書室は、資料室も管理しており、依頼があれば探して届けることも仕事の内です。
今までは私が探し出し、ステファニー様が喜々として届ける役割でした。
最近、そんな仕事まで私に回って来ています。
「ただいま戻りました」
「どうだったぁ!?」
カーライル様が内股で駆け寄って来ました。無事にお届けして戻ったのだと伝えるとそこじゃないと怒られてしまいました。
そこじゃない? もしやお届けする場所を間違えた? でも、王太子殿下がニコニコと笑いながら「すまないね。ありがとう」と言ってくださいましたし、間違ってはいなかったようですが。
「ぬあぁぁ、だから、そこじゃないのよぉぉぉ!」
「ええぇ?」
「ええぇ? って、えええぇぇぇぇ?」
なぜか、カーライル様に非難轟々浴びせられました。
カーライル様、便秘かなにかで不機嫌なのでしょうか?
「失礼ね! 毎朝ヨーグルト食べてるから、快腸よ!」
「はっはっは。君たちは本当に楽しそうじゃなぁ。それだけ元気ならこの仕事も楽にこなせるじゃろ。ほい」
「「……」」
室長から渡されたのは、表紙が外れてしまいバラバラになった本のページが入った箱。ただ外れてしまったものを本棚で見つけられたらいいのですが、利用者様が本を取る際に落としてページがバラバラになったり、開いた瞬間にページがバサバサと落ちたりしてしまうものもあります。
そういったものはとりあえず箱に入れ、内容を確認しつつページをまとめ、装丁し直すというのも私たちの仕事です。
地味に時間の掛かるこの作業、室長が異様に早い上に好きらしいので丸投げしていたのですが、このところ老眼だなんだと滞り気味になっていて、十冊分の箱が積み上げられていました。
「「え」」
「じゃ、ワシはちょっと出てくる」
室長がひらひらと手を振りながら立去って行きました。
カーライル様に更に非難轟々浴びせられながら、この日は延々と本のページとにらめっこする羽目になりました。
あれもこれもそれも、第二王子殿下のせいにしたいです。