2:にぶちんプリスカと、ぽんこつランメルト。
何やら激昂したステファニー様に、ハードカバーの本を投げつけられました。
激痛が走ることを覚悟し、ギュッと目を瞑っていました。
「――――痛っ」
第二王子殿下の声が聞こえ、目蓋を押し上げると、目の前には第二王子殿下の背中。
殿下の足元には、投げられたであろう本。
「ランメルト様! 貴女、なんてことを!」
非難の声を乗せてそう叫びました。
ステファニー様が。
いやぁ、流石にぽかんとしてしまいました。なんておめでたい脳みそなのかと。
次はまた『お父様に言いつけてやる』なのかしら?
「プリスカ、怪我は?」
「ございません」
「ん」
振り返って心配してきた第二王子殿下に怪我がないことを伝えると、殿下が濃紺の瞳をスッと細めて微笑まれました。
いつもそんなふうに、普通にしててくださればいいのに。
「ステファニー嬢、この件はそちらの家と私が直接話し合うとする。すまないな、本を受け止めた時に血が流れた。この意味くらいは、わかるな?」
王族に怪我をさせること、それは、この国では重罪と等しい。
たとえ故意でなくとも。
「そんな! 私は――――」
「黙れ。お前がプリスカにしていたことを知らないとでも?」
「へ?」
ステファニー嬢が私にしていたことって、何?
「なぜ君がきょとんとしている」
「話の流れから嫌がらせかなと思いましたが…………何かされた記憶がないのですが?」
「……終業目前に大量の書類作成を投げられたり、返本の整理を投げられたりしているだろうが。ほぼ毎日のように」
――――ああ!
「ステファニー様、お仕事が出来ないですからね。お手伝いしてあげていましたね!」
「フッ。プリスカにとっては、その程度だったか」
第二王子殿下がクツクツと笑いながら、腰を抜かして床に座り込んでしまっているステファニー嬢を睥睨しました。
そして、一言「立ち去れ」と。それだけでステファニー嬢は泣きながら乙女走りで去っていきました。
滅茶苦茶に足が遅かったので、暫くそれを眺める事になりましたが。
「ふぅ。今日は一人分仕事が増えますね」
「…………プリスカ」
「はい?」
呼ばれたのでステファニー様の走り去った方から、殿下に視線を移すと、クイッと顎を持ち上げられました。
「わ……たしの、妻になれ(棒読み)」
「またその三文芝居ですか」
「三文芝居、言うな」
「まったくもう…………もうちょっと上手に求婚してくださいよ」
「む………………頑張る」
今回のことで、少しだけ第二王子殿下のことを見直しました。
あと、わりと私のことを見られているのだなと。
「プリスカ」
「はい?」
「私のことは、第二王子殿下ではなく『ランメルト』と名前で呼べ」
第二王子殿下がそう言うと、私の右頬にそっと唇を付けられました。それは柔らかく温かで、少しだけ心臓がドキリと跳ねました。
もうちょっと、もうちょっとだけ、この三文芝居殿下にお付き合いしたら、求婚を受け入れてあげてもいいかも?
✧ ✧ ✧ ✧ ✧
父から、定例会議でまさかの『求婚しろ』宣言。
私に好きな相手がいるのを知っているくせに。
会議が終わり父と兄とともにそれぞれの執務室に戻っている最中、二人がニヤリと笑った。
「これで、胸を張って求婚できるだろう?」
「ふははっ。父上、ランメルトは彼女の前でだけ、あがり症なんですよ。逆効果です」
「む? ならばなぜ止めなかった」
「面白そうなので」
「っ…………二人とも……性格が悪い!」
父も兄もニタニタと笑うだけだった。
私がプリスカに惚れたのは十七の頃――――。
あくまでも実力主義の我が国は、王族籍であろうとも騎士見習いから始めるのが決まり。
十三から訓練を続け、段々と実力が認められてきた。
そして十七で隊長に昇格目前までいっていた。
隊のまとめ方や隊列の組み方など、もっと自分でも学ばねばと図書室を訪れ、戦略本などを読み漁っていた時、プリスカが話しかけてきた。
「御前失礼いたします。第二王子殿下」
「なんだ?」
「過去の戦争での戦術書などは、王族専用の書籍もございますが、もう読まれましたか?」
私が一般書籍ばかり読んでいたので、もしや知らないのでは?と気になって話しかけてきたらしい。
プリスカの懸念通り、私はその存在を知らなかった。
「私は権限がありませんので、室長にお伝えしてきますね」
「あ、ああ。助かる」
プリスカがキャラメルのような茶色の瞳を細めて、花咲くように笑うと、「直ぐに呼んでまいりますね」と小走りで立ち去っていった。
そして、私のもとに来たのは室長のみ。
普通の令嬢であれば、室長とともに戻ってきて褒美をねだったり、何かしら家のアピールをしてくるはずなのにだ。
王族専用の部屋に案内された際に彼女のことを聞くと、『プリスカ』という名前を教えてもらえた。
そして、彼女は本しか見えておらず、今回もただのおせっかいのため、特別に気を使わなくても大丈夫だろうと室長に言われた。
あれほど、私自身に興味がない令嬢を初めて見た。
私が第二王子だと知っていたのにも関わらずだ。
あの頃から、プリスカのことが気になり、ちょくちょく図書室に行くようになった。
話しかけることはほとんど出来ていないが、プリスカは少しくらい私のことに気付いてくれているのだろうか?
…………あまり、認識されていない気もするが。
とりあえず………………求婚、してみるか。
――――求婚とは、こんなに難しいものなのか。