10:殿下ではなく、名前で。
バラ研究園のあの日から一ヶ月。
週二ほど、仕事終わりに第二王子殿下と過ごしています。基本は短時間ではあるものの思ったよりも話題は尽きません。
「災害の際の食料支援は陛下の私財だったのですか」
「だけではないがな。しっかりと国家予算には含まれているが、長期に渡ると追加費用の採決に時間がかかるからな」
直ぐに動かせる陛下の私財を投入することで、空白の時間をなくすよう努めているそうです。
信頼はしているものの、人は『つい』魔が差すことがある。そのため、不正を働かれないように、王太子殿下か第二王子殿下が手配から現地まで責任者を務めるそうです。
「知りませんでした」
「まぁ、言いふらすことでもないからな」
たしかにそうかもしれませんが、私は知れて良かったです。
私たちの上に立つ人たちは、私たちのことを真剣に考えてくださっている。それだけで、この国に生まれて本当に良かったなと思えましたから。
「殿下は――――」
「ランメルト」
「はい?」
「殿下ではなく、名前で」
「またそれですか」
ハァ、とため息を吐くと殿下がちょっと寂しそうな顔をされました。眉がへにょんとしています。なんだか、罪悪感。
「っ――――しっ、しかたないですね」
「ん!」
パァァァッとどこからか音が聞こえて来そうな笑顔で頷かれてしまいました。
これはもう後に引けそうにもありません。やっぱりナシ! とか言ったら、最悪泣かれてしまいそうな気がします。
「えと……ランメルト様?」
「んっ!」
少年のような笑顔で、大きく頷かれました。
少しの罪悪感と、妙な征服欲というか支配欲というか……そんな感じのものが満たされるような妙な感覚を味わいました。
――――ランメルト様って、かわいい。
お名前でお呼びするようになって、ランメルト様が三文芝居の棒読みになることが少なくなってきました。少し寂しいような気もしています。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
朝の出勤時に会うと、ふわりと微笑んでくださいます。それを見ると私も自然と笑みが溢れます。
このところ、ランメルト様と本当にいい関係が築けているような気がします。
今なら、三文芝居求婚の始まった経緯やランメルト様の想い、陛下の命令だとしてもこのような形で結婚して本当に愛し合えるのかなど、しっかりと聞けそうな気がします。
「ランメルト様」
「ん?」
「今度のお休みに、デートというものをしてみませんか? 静かな場所で、たくさんお話がしたいです」
「っ、ああ! 勿論だ 場所の希望はそれ以外にあるか?」
「いえ、お話がしたいので――――」
「分かった! 後で場所は知らせる」
ランメルト様が手を振りながら、今から遊びに行く少年のような足取りで走り去って行きました。
ちょっと変な期待をさせてしまったような気がします。