1:三文芝居の求婚。
連載版開始です。
「好きだ、愛してる、結婚しよう(棒読み)」
燃えるような赤い髪を後ろに撫で付けた第二王子殿下が、片膝を突きバラの花束を差し出してきました。
王城図書室の一角で、窓から差し込む夕陽が幻想的に辺りを照らしています。
なんの抑揚もない棒読みでなければ、本当に幻想的かつ感動的なシーンなのでしょう。
「お断りします」
「チッ……」
「いま、舌打ちしましたね?」
「してないしてない! ほら、受け取れ」
バサッと胸に押し付けられたバラの花束。床に叩きつけたいものの、バラに罪はないので、グッと我慢です。
第二王子殿下――ランメルト様は王命によって、侯爵家令嬢である私――プリスカに求婚中なのです。
――――どう見ても三文芝居ですが。
ほんと、定例会議での決定とはいえ、迷惑な話なのよね。
◆◆◆◆◆
評議会の定例会議から戻ったお父様に、執務室へ呼び出されました。
「ただいま参りました」
「ああ、すまないな夜遅くに」
「いえ」
お父様が執務机で頭を抱えながら「大変なことになった」とボヤかれました。
どうしたのかと聞けば、王国騎士団の団長である第二王子殿下があまりにも女性との噂がなさすぎて、国王陛下が将来を心配された結果、『とにかく誰かに求婚してこい』という雑な決定を下したのだとか。
「へー」
「興味なさそうにしているが、お前もその対象なのだからな?」
「へ?」
現在未婚の令嬢で、第二王子殿下と面識があり、王族と婚姻しても問題ない家格の令嬢。
すぐに婚姻を結べる年齢で、后教育と同等の教養を身につけていれば尚良し。
「…………なるほど?」
そう言われて、脳内の貴族名鑑をズバババババッと捲りました。条件に合致するのは三名。
幼い頃からの婚約者ともうすぐ結婚式を挙げる侯爵家令嬢、フローラ様。
数ある貴族の中でも膨大な財を誇る伯爵家令嬢、クサンドラ様。
そして、建国時から脈々と続いているものの侯爵家の中では妙に立場の弱い我が家――――の、私。
「私は、無いでしょう?」
年齢も殿下と同じ二四歳。
完全なる行き遅れ。
図書室の司書として収入もありますし、ゆっくりゆったりのんびりと一人で過ごすことにしているのですが?
お兄様は既に結婚して子供も三人いますし、お姉様はお嫁に行かれましたし、私が特にどこかと縁付く必要はこの家にはありませんし、お父様もお母様も了承していましたよね?
「…………三人の中なら、プリスカが一番マシだと。いや、これは殿下が言ったんだからな? 私じゃないからな! その花瓶を台に戻して!?」
「あら? 失礼致しました」
無意識に、横にあった花瓶の口をガッシリと鷲掴みして、持ち上げてしまっていました。
花瓶をそっと下ろして、青ざめたお父様に謝りました。が、酷くないですか? 淑女を見て顔面蒼白になるなんて。
「淑女、花瓶、持ち上げない」
なぜかカタコトで話されてしまいました。
◇◇◇◇◇
そんなこんな日から二ヶ月。
初めは週一だった求婚は、現在三日に一回になりました。
「プリスカ……あー…………君の瞳は美しい(棒読み)」
「普通の茶色ですが?」
「…………だな。ええっと…………煌めくその髪(棒読み)」
「暗めのブルネットですが?」
「…………じゃあ、どうしろというんだ」
「私に言われても」
「「……」」
第二王子殿下は無言のまま踵を返して、颯爽と立ち去っていきました。
始業したばかりの図書室で、またもやグダグダの求婚劇。
三文芝居感が酷いです。
「プリスカ様! 遊んでいないでさっさと業務を開始してくださいません?」
「ああ、申し訳ございません」
先日一八歳になったばかりのステファニー嬢が、煌めく金色の髪を揺らしながら、ガッツガツとヒールを鳴らして近付いて来ました。
踵でそんなに激しく歩いたら、床が傷つくのになぁと思っていると、ビシィッと指さされました。
「ランメルト様に惚れられているからって、調子に乗りすぎですわよ!」
「調子に乗った覚えはありませんし、惚れられてもいないのですが?」
あの三文芝居を見て、なぜそういった妄想ができるのでしょうか? 三日三晩掛けて説明をしていただきたいです。
まぁ、その間に寝食や仕事もしますので、ときおりはステファニー様の独り言になりますが。
「私のこと、馬鹿にしているでしょ!」
「いいえ」
――――そんなには。
多少、甘やかされ有頂天ご令嬢、とは思っていますが。
「お父様に言いつけてやるわ!」
「何を言いつけるのですか?」
「貴女がランメルト様を縛り付けて良いように扱っていることよ!」
「……官能小説でも読まれたのですか? 私、そのようなハードなプレイはちょっと……」
「っ――――! 馬鹿にしてっ!」
ステファニー様が横にあった革張りの本を鷲掴みし、ブンと投げつけて来ました。
本の厚さは五センチ。
見事な投擲技術とでも言えば良いのか、顔に飛んでくるのが見えます。こりゃ駄目だと目を瞑っていたけれど、痛みは一切なくて、ゴスッと鈍い音が聞こえただけでした――――。