裁判員審判 笹原恵美
「次の方どうぞ。」
「し、失礼します!。」
不規則なノックの後にスーツ姿の若い男性が入室してくる。
ピカピカなスーツとは対照的に顔面は蒼白。
革靴が地面にぶつかり転びそうになりながらも部屋中央のパイプ椅子に向かう。
会社員に成り立てといったところでしょうか。
「ではこちらの席へどうぞ。」
「失礼します!。」
こちらを見てはいるが目は泳ぎ緊張の色も見える。
「お名前の確認を行わせていただきます。お名前と経歴をどうぞ。」
「は、はい!。沖森寛人です。3月に西征大学を卒業後、株式会社ハルガキタに入社しました。」
「はいありがとうございます。担当します笹原恵美です。よろしくお願いします。」
「よ、よろしくお願いします!」
「そんなかしこまらなくて良いですよ。リラックスしましょう。」
「そうですね!リラックス!リラックスします!。」
アイスブレイク苦手ですが、やるしかないですね。
「ここに来るまで道が分かりづらくはありませんでしたか?」
「いえ!入口の左に係の方?がいて、それでここまで案内してくれました。」
「それは良かった。ここ色々出入りが激しいもので迷いやすいんですよ。」
「そうだったんですね。初めて来たので不安だったんですが、ここまで迷わず来れて良かったです。」
「面接の度に部屋変わるのでややこしいと思いますがこれで最後なのでご安心ください。」
緊張も解れたようで落ち着いてくれたみたいです。
ひとまず良かった。
「これは最終面接ではあります。が、今までと違って今日は簡単な質問と確認だけで終わりますから自然体でお答えください。」
「はい。」
「まずここに来た理由を教えてください。」
「はい。いざ入社はしたのですが、上司からのパワハラがエスカレートして。もう無理だと感じてここに来てました。」
「それまでバイトとか社会経験はなかったんでしたよね?」
「はい。それまで勉強ばかりしてましたから社会経験はありませんでした。」
「それで、飛んだんですね?」
「はい。この地獄が、ずっと続くようなら。ここで飛んだら。解放されるのかなって。楽になれるかなと思って。そして」
「駅のホームから身を投げた、と。」
沖森は下を向きながらも黙って首を縦に振る。
手元の生前経歴書を見るに朝のラッシュ時に駅から身を投げ即死。
入った会社は俗に言うブラック企業だったらしく様々なハラスメントが横行していた。
新社会人がそんな環境に入ったら音を上げるのも無理ないでしょう。
それにしても。
「地獄から解放されたと思ったら地獄行きか天国行きか本当に審判を下されるとは思いませんでした。」
「審判の間ですからね。生前の行い次第ではそれこそ本当の地獄行きですよ。」
「そしたら僕、一体どうなるんでしょうか?」
「自殺でも人を殺してるのに代わりはないですからね。」
「そしたら僕は。じ、地獄にい行くんですか?」
今まで以上の絶望が、もう逃げ道なく続く。
何年か何十年かそれ以上か。
血の気はたちまち引き、血色が戻りつつあった顔はすごい勢いでまた蒼白になっていく。
虚ろになった目はより暗くより深く。
深淵を見つめているかのように光を失う。
それまでの面接官評価は天国も地獄も同数。
私の判断で沖森さんを天国にも地獄にも送れる。
「僕は、人殺しだから。」
審判の時だ。
静かに息を吸い込む。
「いいえ!まだ大丈夫ですよ。」
「えっ!。」
足が縺れながらも笹原に駆け寄った。
「僕、天国に行けるんですか!?」
「いいえ。まだ決まっておりません。」
「えっ?。」
「確かに貴方は自分を殺した。でもそれは逃避行動の一種。故意でやってませんよね?」
「そう。そうですね!故意とは違うと思います。」
「この場合、沖森さんの魂は記憶を消されて現世にまた生まれる事になります。そして、また死亡した際に審判が下る。」
「審判ですか?。」
「ええ。沖森さんの魂は本当に地獄に落ちるべき穢れたものなのか、はたまた天国にあるべき穢れなきものなのか。今はその審査段階。」
「そしたら、次の人生の行い次第では天国にも地獄にも行くかもしれない?」
「そうなりますね。」
沈黙が流れる。
沖森は安堵すると共に急に体を震わせる。
「良かったです。また人生やり直せて!本当に!本当に良かったです!」
「ハンカチどうぞ。顔がぐしゃぐしゃですよ?」
「だって嬉しくて!すごいすごい嬉しくて!ああ。良かった!あああ。」
沖森はしばらく泣き続けた。
彼が笹原にハンカチを返したのはそれから三日後、ここを出る時でした。
急行現世行き。
発車すれば彼ともお別れです。
「ハンカチありがとうございました。」
丁寧に折りたたまれたハンカチを沖森から受け取る。
「もう新しい生まれ先は決まったんですか?。」
「はい。北海道の、遠い田舎の方になります。」
「そう。新しい人生、頑張ってくださいね。」
「ええ。本当にありがとうございました。」
沖森が深々と頭を下げる。
「そんな感謝される程じゃないですよ。これも仕事なんですから。」
「そうですよね。ということは笹原さんは亡くなられてから仕事でこれをされているんですか?。」
打って変わってがばっと頭を上げると興味津々に聞いてくる。
「そうなんです。私たちの仕事は目利き。」
「目利き?。」
「その人の立ち振る舞いや経歴から天国に送るべきか地獄に落とすべきか、現世で再度様子見かを審判するんです。」
「じゃあもし僕が来世で地獄行きになるようなこととをしたら。」
「人の根源は魂ですからね。私の目利き不足で私も一緒に地獄に送られます。」
「ええっ!?。」
「でもね、私は人を信じたいんです。魂が穢れているから地獄行き。そんなことはない。沖森さんみたいに環境次第で人は良くも悪くも変わってしまう事もある。魂は本来純粋な物なんじゃないか。てね。」
「さ、笹原さん。僕は、僕は!」
「あらあらまたハンカチ使うことになりますよ?。さあもう行くんですから。」
「そうです、そうですよね!。」
沖森は懸命に涙を抑えようと顔を険しくする。
「実はね、私も本来地獄行きになるところを当時の面接官の計らいでここで働けるようになりました。その時思ったんです。ああ、人を信じる事で信じられる側も救われるんだなって。」
「笹原さん。」
「さて時間です。新しいお母さんが怖くないよ出ておいでって頑張ってますよ。ここで涙を流さずに産道を出てからその分思いっきり泣いてあげてください。来世はもっと良い人生になりますように。」
「本当に、本当にありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしてます!。」
「今度はお年を召した状態で会えるのを楽しみにしていますねー!。」
ふふっと微笑みながら手を振る。
電車は汽笛を上げながら現世へと走るのであった。