正直ギリギリの綱渡りだったかなと思っている
小さな社交場。
この学院はそう呼ばれている。
実際に国中の年頃の貴族たちはこの学院で学び、いずれは国のために働くのだからあながち間違いではない。学院にいる期間は三年間。長いようであっという間だ。その三年の間に各々勉学に励み、交友を深め、今しか得る事ができない財産を得るのだ。
家を継ぐ貴族であったとしても、親の交友関係までそのまま引き継ぐわけではない。代が変われば付き合い方も変わる、なんて事はよくある話なのだから。勿論そのまま付き合いを続ける家もあるだろう。けれども、新たな縁を自ら紡ごうとしなければ気付いた時にはすっかり孤立していた、なんてのもよく聞く話だ。
三年という限られた時間をいかに無駄なく過ごすか、ハッキリと言われたわけではないがこれも学院側の授業の一つなのだろう――と、プリムは今更のようにそんな事を思い返して目の前にいる友人を見た。
基本的に貴族が通うので、大抵の貴族たちは毎日馬車でこの学院に通っている。だがしかし例外は存在するのだ。例えば将来的に貴族と関わる事が確定している――商人だとか――平民枠。
流石にそういった者たちは毎日馬車で優雅に通学、というわけにはいかない。なのでそういった者たちは学院にある寮で生活する事になっている。
プリムは商人の娘で、将来的に貴族相手に商売する事が確定しているので今のうちに貴族との付き合い方を学ぶためにこの学院に通っていた。
まだ公式の場、というわけでもないので多少の無礼は大目に見てもらえる。とはいえ、度が過ぎればそれは将来の評価に繋がるので中々に油断のできない環境である事は間違いない。学院を卒業して親の跡を継いで、直後に貴族相手に失礼な事をしないように、と親が決して安くはない学費を払ってまで入学させてくれたのだ。貴族を相手にしても失礼のない礼儀作法に、あとは将来の顧客が獲得できればいい方か。
顧客とならずとも、せめて新商品がうちから出ましたよ~、とかそういう売り込みを許される程度には好感度を稼ぎたいところだ。
縁がなければとてもいい商品だと断言できる物を開発したとして、売り込みに行っても相手にされないなんて事は普通にあるのだから。
良いご縁はじゃんじゃん結びたいな、と思ったプリムはそれはもう立ち回りに気を付けた。出しゃばりすぎず、けれどもそれなりに積極的に。そうしてあっという間に三年生。泣いても笑ってもこの一年で学院からは卒業となるのだ。留年しない限りは。
とはいえ、留年とかとんでもなく不名誉な事になるのでその場合間違いなく退学扱いになる。学院側がそう定めたとかではなく、家の方で不出来の烙印を押され、そういった者たちは跡継ぎ候補からあっさり外されて――その後はそれぞれの家の方針でどうにかされるのだろう。
プリムが知っている範囲では跡継ぎでなくなった相手を年の離れた、それでいて人間的に問題があって結婚もできないような相手の家に政略の駒扱いで送り込まれたりだとか、はたまた自分の食い扶持は自分で稼げとばかりに家を出されたりだとか、家の仕事を手伝うにしても重要なのは任せてもらえず、けれども面倒だったり重労働だったりするようなのを回されたりだとか……どっちにしても今までと比べると生活のランクは落ちるのは確実だった。
金に困ってません、という貴族であっても無能にかける金は無いという事か、とプリムはその話を聞いた時に深く納得したものだ。
貴族でこれなのだから、特別枠で入学している平民はもっと酷い。これで落第、留年なんて事になれば貴族と関わる事自体が向いてないとされて、商人であれば間違いなく相手にされなくなる。先代はともかく今は貴方の代? ふぅん、そう。次からの取引はおろさせていただくわ、なんて言われるのだって普通にあるのだ。
一つの家から取引を切られるだけで済めばいいが、今まで関係していたほぼ全てからそうなると考えていい。
実際過去にそういう実例があるのでプリムとしても他人事ではない。プリムの成績は平均的で、ほぼ真ん中だ。悪くはないが良くもない。とはいえ、平民であるならばまぁマシな成績だろう。
ぐすっ、ずびっという音がして、プリムはそろそろ声をかけるべきかな……とまずはハンカチを目の前の相手に差し出した。
「アイリス、少しは落ち着いた?」
「う、うぅぅううう゛う゛う゛~~~~」
顔中くしゃくしゃにして泣いてる友人に、プリムはとりあえずそんな泣いたら目が溶けちゃうよ、なんて小さな子にするような口調で言う。
「だっで、だっでぇ……!!」
鼻水のせいで詰まって声がとんでもなく聞き取りにくいが、言いたい事はわからなくもない。
涙はハンカチで拭いたけど、流石に鼻は……と躊躇するだけの理性がまだあったらしい友人に、プリムはそっとちり紙を差し出した。
それを受け取って遠慮なく彼女はちーん!! と凄い音を立てて鼻をかむ。
アイリス・ミラシュア。
学院に入学したばかりの頃からずっと仲良くさせてもらっている、伯爵令嬢である。
とはいえ、今のこの姿を見る限り到底ご令嬢には見えないくらい酷い様だが。
この学院にも平民というだけで見下してくるようなのが残念ながらいるのだが、アイリスはそういった連中とは違い最初から平民相手でも割とフレンドリーで、まだ礼儀作法もおぼつかない入学当初からプリムは彼女に沢山助けられてきた。
他にも数名同じ平民の友人がいるし、けれど平民以外の――貴族の友人もアイリスには多くいるようで。
少しずつ紹介されて、気付けばプリムが友人と呼んで許されるようなご令嬢は大分増えたのだ。そのほとんどがアイリスがキッカケを作ってくれたようなもので。
貴族って全員お高くとまってるような人じゃないんだな、とプリムが入学以前に薄っすら抱いていた偏見を取り払ったのもアイリスに他ならない。
アイリスにとってプリムは友人の一人だろうけれど、プリムにとってアイリスは親友と呼べる存在になっていた。
そんな彼女が思いつめた様子でわざわざ放課後、プリムのいる寮の部屋までやってきた事もあって招き入れたのだが……部屋の中に入った途端糸が切れたかのように普段の澄ました様子をかなぐりすててアイリスはギャン泣きし始めたのだ。
平民が暮らす寮室ではあるが、貴族たちが通う学び舎がある場所なので寮は思いのほかしっかりとした造りをしている。だからこそ、ちょっとやそっとの大きな音では多分外に漏れてないとは思うのだけれど、だからといってわんわん泣いたままだとアイリスの目が赤くなったり瞼が腫れるだろう事は明白だ。
普段の淑女の仮面をかなぐり捨てた姿を晒してくれる程度にはプリムの事は信頼されているのだろうけれど、でも帰る時が大変じゃないかな……とも思うのだ。
何せ周囲から噂されるような事が全くないわけじゃないので。
半年程前、アイリスは婚約者がいたのだが、そのお相手との婚約を破棄する事となった。相手側の有責である。具体的に言うのであれば別の女が言い寄って、アイリスの婚約者はころっとそっちに傾いてしまったのである。
実際に言い寄られてたのは二年になったばかりの頃で、そこから半年の間はアイリスも色々と苦労していたようだけど、ようやく相手との婚約を破棄する事ができて肩の荷が下りたと苦々しい笑みを浮かべていたのだが、まぁ、そういったゴシップがあれば噂にならないはずもない。
とはいえアイリスに対する悪い噂は特に流れなかった。
何せアイリスの婚約者に言い寄った相手が悪名高い人物だったので。
アイリスの婚約者は家同士で決められた所謂政略なのだが、それでも二人の仲は悪くはなかった。元々家が近く昔からの交流があり、幼馴染として昔から関わっていたのでそれなりにお互いがお互いの人となりを知っていたのだ。
アイリスの婚約者なのだ、と一年の時に紹介された彼の事をプリムは思い出す。
貴族と言われてもちょっとピンとこないような……素朴で純朴そうな、優しそうな雰囲気の人だった。ちょっと気が弱そうに見えたけれど、でも言うべき事はきちんと言える人で、結婚したらいいお父さんになりそうな人だなと思ったのを覚えている。
だがしかし、横取り女にコロッとやられたのだ。
確かにアイリスと比べるとボディラインがこう……うん、まぁ、凄かったけれど。
なんだ、結局男はおっぱい大きいとかそういうアレで選ぶのか? と当時イラっとした事まで思い出した。
貴族同士の婚約を台無しにしたのだから、その女にはきっちりしっかりお咎めがあったのだろう、と思うだろうが、お咎めはなかった。
何せその女、この国の第二王女なのだ。
いや王族だろうと何だろうと仕出かした責任とれよ、とは思ったしうっかり寮に戻ってから口に出しちゃったけども。
第二王女の名をドロシアと言う。
この国には王女が二人いて、しかし王子はいない。なので将来的にはどちらかが女王となって国を治める事になるのだが……父でもある王は一つの決断を下した。
元から優秀であると言われていた第一王女を次の王と定め、彼女にはそのための教育を。
対する第二王女ドロシアには、女王となるべき教育を施さなかった。
確かに、そういう方法は別に悪いわけじゃない。
二人が同じくらい優秀だと、周囲が勝手に二人の王女を御輿に担いで次期王を決める争いなんてものを始めてもおかしくないのだから。
だが最初から優劣がハッキリしていたら?
第一王女が何らかの事情で死ぬでもしない限り、第二王女がいくら傀儡として操りやすかろうとも御輿に乗せるわけにもいかない。やり方を間違えれば、第一王女派が口実を得たとばかりに第二王女派を一掃しないとも限らないのだ。国内が荒れる原因を放置するわけにもいかないだろう。
争いの芽がわかりきっているなら、最初からそれを摘んでしまうのも一つの手だ。
だが、結果としてドロシアは王族としての教育を受けつつもそこまで厳しい教育はされなかったこともあり、のびのびと自由奔放に育ち、ついでに将来を決め打ってしまった事が原因か王にそれなりに甘やかされ――まぁ結果として殺処分した方がいいんじゃないですかこの害獣、みたいな感じに成長してしまった。
むしろ甘やかすにしてもやっちゃダメな事をした時点できっちりと叱っておけばこうもならなかっただろうに……とは恐らくドロシアを知る貴族の大半が思う事だろう。プリムですら思ったのだから。
えっ、私の代は王女様も入学なさるのね……とかプリムだって最初は緊張したりもした。
同じクラスになる事はないと思っていたけれど、それでもやはり同学年に王族がいる、というのはなんとも言えないそわそわした気持ちにもなった。
王女様か……一体どんな人なのだろう、とか思ったりもした。
何せ貴族ですらちょっと遠い存在くらいに思っていたプリムだ。王族なんてそれこそ雲の上の人だと思ってもおかしくはない。
遠目で見たドロシア王女は、とても綺麗だったのだ。
うわーやっぱ王女様って美人なんだな、お姫様って感じする! とか思ってた当時の自分は既に黒歴史だ。
ドロシアに対する周囲の認識というか、彼女のクソっぷりが露見したのは入学して半年ほど経った時だ。
この時点でドロシアには婚約者がいた。
将来的に政治の道具として利用されないために、第一王女の派閥に属した貴族の家の中から彼女が嫁入りする家を決められていたのだが、よりにもよってドロシア王女直々に学院の中であったが大々的に婚約破棄を宣言してしまったのだ。
ドロシアの婚約者であった公爵家のご令息はそれこそ今にして思えばドロシアにはとてもじゃないが勿体ないくらいに素敵な男性であったにも関わらずだ。
のびのびと育てられある程度の我儘を聞いてもらっているうちに、自分は自由だと思い込んでしまったのだろう。婚約破棄をした理由は結婚相手は自分で選びますわ、だった。
プリムはこの時点でドロシア王女ってご病気なのかな……頭の。とか素で思ったのだ。平民であるプリムですらそう思ったのだから、貴族たちからすればこれがいかにぶっ飛んでいる事かわからないはずもないだろう。
ちなみにこの時初めてプリムはドロシアの成績があまりよろしくない事も知った。
一応クラスは成績によって決められるのだが、ドロシアの成績は何と下から数えた方が早いという事も知って、余計に頭の病気説を疑ってしまったのだ。王女様が自分と同じクラスになる事はないだろう、と思っていたのは身分的にもそうだし、何よりも王族なんだし昔から家庭教師とかが色々と教えてきただろうから、成績は自分よりも絶対上だと思い込んでいたのもある。
ところがこの一件で自分より成績が悪いという事を知って、プリムは大いに困惑した。王族に対して抱いていたイメージがガラガラと音を立てて崩れ去る瞬間でもあった。
だが、ドロシアと同じクラスだった者たちからすればそれはとっくに味わった感覚なのだろう。だって成績優秀者たちと同じクラスにいるものだと思うだろう。王族なんだし。
とはいえ、ここで第一王女と第二王女の教育方針が異なっているという事をプリムは知ったのだ。なんだ、第一王女ももしかしてこれと同じかと思って焦ったわ、とか下手に口に出したら不敬罪になりそうなことを思ってしまったが、それは仕方がないと思う。
だってドロシアがプリムにとって身近な王族だったのだから、それを基準にしても仕方のない事ではないか。
危うくこの国将来的にどうかと思うからさっさと見切りつけて他国に移動した方がいいかも、とすら思っていたくらいだ。勢い余って両親に手紙出さなくてよかったと思う。
この時ドロシアが運命の恋なの! とかのたまって選んだ相手は、とある貴族の次男坊であった。
爵位は伯爵。まぁ、王族の姫が降嫁するにして、身分を考えればなくはない、と言えるのだが。
しかし彼は次男坊。将来家を継ぐのは長男で、兄が家を継ぐのであれば彼は将来的に家を出なければならない。となると流石にドロシアを嫁入りさせるのは問題が出てくる。
しかもだ。
結局その三か月後にはドロシアとその次男坊は破局している。運命の恋とは……?
この時婚約破棄されたドロシアの婚約者だった令息は、婚約した際にいくつかの契約を交わしていたようで、既にサクッと別の婚約者と婚約していた。元々ドロシアとの婚約に乗り気ではなかった模様。ドロシアが破局した時点でやっぱりまた婚約者になってよ、とか言われないようにあっという間に相手を決めたその手腕は、まるでそれを狙っていたかのようにも思えたが……そもそもドロシアがいらん事を宣言しなければよかった話だ。
王家に忠誠がないわけじゃないけど、ドロシアとの結婚はちょっと……といったところか。そもそも公爵家の令息は引く手あまたであったのだ。ドロシアは不満であったようだけど、それは向こうも同じ事。
何より彼とて選ばれる側ではなく選ぶ側の人間だった。
ともあれ、今までは綺麗なお姫様、という認識を多くの生徒から――主に平民――されていたドロシアだが、この一件でそれはガラリと変わる事になる。
その後、またもドロシアはとある男性と熱愛関係になったのだ。
けれどもこちらも長くは続かなかった。
結婚した後の身分を考えると生活が厳しそう、とかいう理由で振られた子爵家の令息は、そもそも何を思って彼女と恋愛関係になったのだろうか。謎である。
醜態晒したにも関わらず、それでも王家の人間と縁続きになる事を望んだのだろうか。それにしたって……とプリムが思うくらいなのだから、多分この学院の人間の多くは同じように思ったに違いない。
平民であるプリムですら気付けた事態に、でもまぁ、目が眩む事ってあるからね……と子爵家の令息に関しては思う事にしたものの。
けれどドロシアに対する印象が良くなる事はない。
そもそも前回の婚約破棄の一件から一月後の出来事だったので。
ちなみにくっついてから別れるまで何と一か月。
入学してから一年経つまでいかないうちに醜聞が婚約破棄に恋愛関係と合計三件。
やっぱりあの王女様ご病気なんじゃないかしら。頭の。
割と本気でプリムは思った。
その後も好きになった相手ができた、みたいな噂が聞こえて、その後別れたみたい、という噂が聞こえ、というのがとても頻繁に行われた。
酷い時は三日で関係が終了している。
学院内での成績も下から数えた方が早いらしいし、あの王女この学院に何しに来てるんだろう、男漁り? でもそれ、社交の場でやった方が確実では……? とプリムは本当にこの時点で王女ドロシアが別の生物に見え始めていた。王族に対して無礼であるとは承知していたけれど、それでもどうしても人の形をしただけの別の何かにしか思えなかったのだ。
勿論婚約破棄された時点で公爵家は正式な抗議をしたが、契約が破棄された時点で公爵家はその代償をもらい受ける事になっていたので王家としては多少痛手を負ったかもしれない。それでもドロシアがきつく叱責される事はなかった。恐らくはそこで味を占めたに違いない。いや、元々甘やかされていたのであれば、この一件がどれだけ問題かも理解できていなかった可能性すらある。
ともあれ、ドロシアは意識してか無意識かはさておき、王家という存在に泥を塗ったも同然だった。けれども父王がそれを処罰する事なく、精々ちょっとした注意で済ませてしまったからこそ、この後彼女は更に増長したとも言える。
二年になった時に、またもやドロシアは新たな恋のお相手を見つけてしまった。
ところがそのお相手には婚約者がいた。
同じ学院に通う令嬢。
言い寄られた令息は勿論婚約者がいるから断ったのだけれど、王女であるという権力を使い彼の実家に圧力をかけ、無理矢理モノにしてしまったのだ。
実家は第二王女についてどこまで知っていたかは定かではない。が、王女直々に望まれた、となればちょっとくらい夢を見てしまったのだろう。
二人の婚約は解消されて、王女とその令息はくっつく――はずだった。
だがしかし王女は早々に飽きたとのたまい、すぐさま破局。婚約を破棄した僅か一週間後の事だった。
これには流石に令息の実家も王家にどういう事かと抗議したらしい。
王女直々に望んだからこそ、こちらは既に結んであった婚約を破棄したというのに! と。
勿論王もドロシアにこれはどういう事か、と問いただしたらしい。
運命の相手だと思ったけれど、違ったんですもの。
それに対するドロシアの答がこれだった。
プリムは直接それを見たわけじゃないので正確には違うかもしれないが、噂話としてそういった話が流れてきたので、しかもその噂を話してくれた相手が相手だったので信憑性が高く信じるしかない。
それに、あの王女なら言うだろうなとも思えてしまった。
婚約を破棄して、けれどその相手と早々に破局。いや、破局というよりこれはまるで、弄ばれたも同然ではないか――!? 令息側の家がそう思うのも無理はない。
かといってかつての婚約者にこういう事になったので改めて婚約を結び直してほしい、などとは口が裂けても言えるはずがない。貴族としての誇りを持っているのであれば尚更。
そもそもそんな事を言われたとして、令嬢側がえぇいいですよ、となるはずもない。
どれだけ家を侮辱すれば気が済むのか! と怒髪天を衝く勢いになりかねない。
下手をすればその二つの貴族の家同士での争いが勃発し、周囲を巻き込みでもしようものなら内乱に発展だってするかもしれないのだ。
王女が仕出かした事は、結果として国内に不和の種を蒔く事になったも同然だった。
それだけで済めばまだしも、この王女は他にも同じように婚約者のいる令息へ言い寄ったのだ。
王も流石に激怒した。お前は一体何を考えておるのだ! と聞けば、ドロシアは、
「わたくしの人生から道を断ったのはお父様ではありませんか。わたくしは運命の愛を求めただけです」
としれっと言いきったのだとか。
道を断ったというのが将来の事をさしているのであれば、それは確かにその通りだ。だからといって、この所業を許せるはずもない。学院から強制的に退学させて城に押し込めるべきか、と王も考えたらしいが、そんな事をすればわたくしとて考えがありますからね! とドロシアに言われ、まだ具体的にどうするつもりかを聞く前からロクでもない事にしかならないと判断した王は結果、ドロシアをそのまま学院に留めおく事にした。
とはいえ、留年するような事になればその時点で強制的に城へ戻し結婚相手もこちらで決めると宣言した。流石にこれをイヤだと跳ねのけようとした王女であったが、そこまで甘やかすわけにはいかぬ、と父王が言い切ったため王女はしぶしぶではあるがそれを受け入れるしかなかったのである。
学院側からすればいい迷惑だ。
とはいえ王女も今は三年。
あともうちょっとで卒業だ。
だからこそ他の生徒達にはあと少し耐えてほしい、と学院側から異例の通達がなされたわけだ。
この時点で王女ドロシアの存在は王家の面汚しだとか男漁り姫だとか、不名誉極まりない二つ名がいくつか流れた。大々的に言えば不敬罪だが陰でひっそりと言われたものを取り締まるわけにもいかない。それに困った事に事実でもあるのだ。王家としてもこれ以上何かやらかしてくれるなと願うばかりであった。
だが、ドロシアはそんな事はどこ吹く風とばかりにやらかしたのだ。
この後も相手のいる令息に言い寄り、中には相手にしない者も勿論出た。家の権力はもう使えないと判断したドロシアはそれ以外の方法を用いてあの手この手で言い寄って、破局させた婚約者たちは数知れず。
ここまでくると新手の災害のような代物だったのだ。
こんなのと関わろうと思うはずもない。
令嬢たちは王女から物理的にも精神的にも距離をとったし、令息たちとてそれはそうなのだが、いかんせんそちらは王女自らが接近してくる。どうにかしたくともこんなのでも仮にも王女。あまり乱暴な手段は取れなかったのも、王女からすれば思う壺だったのかもしれない。
そうして半年ほど前に、アイリスの婚約者も毒牙にかかってしまったのだ。
実際には半年より少し前なのだが、結果として婚約破棄に至ったのは半年前。だからこそプリムの認識としてはそういうものだった。
あれだけ色々悪評絶えない王女だというのに、しかし外見は申し分ないためか、それとも王女が男を手玉に取るのに長けているのか、押せばいけそうと思われたアイリスの婚約者はガンガンいかれた結果、とうとう王女と関係を持ってしまった。
既に複数名が王女と肉体関係を持ってしまっている、というのは公然の秘密であった。
阿婆擦れ姫だなんて名が囁かれるくらいだ。一体何名が彼女と肉体関係を持ったのか、までは知らされていないけれど、それでも噂に上がった相手の数だけいてもおかしくはないとまで言われている。
プリムとしてはここまで噂になっててそれでもなお相手しちゃう男もどうかと思うけど、王女も王女だよなぁ、魔性の女ってやつか……と思い始めてしまったほどだ。
ともあれ、アイリスとその婚約者だった彼との関係は、半年前に終わってしまった。
その後はすぐさま王女に捨てられるのではないか、と思っていた元婚約者であったが、思いのほか長く続いたらしい。
だがしかし、つい先日とうとう破局したようで、アイリスの前に現れた彼は謝罪の言葉を告げた後、この学院を退学していったのだ。
自主退学というものにも驚いたけれど確かに色々と悪い噂がついてまわっていたので、そうするのもやむなし、だったのかもしれない。
身内ですら匙を投げかけている相手だ。それを御す事ができれば王家からも一目置かれる、などと思い込んだのかもしれない。けれども結局は上手くいかずに破綻した、と。
今までのパターンそのままである。
「何がアレって、わたくじ、あの人が学院を去る時にもっど悲しくなるかと思ってたのに全然そうはならなかったんでずっ……それどころかっ、いい気味だなんて思ってしまっでぇ……っ、そんな風に思う自分に嫌気がさしてしまっで……っ」
鼻水のせいで所々言葉が濁っているけれど、アイリスはそんな事お構いなしのようだ。
信じていた婚約者がコロッと――かどうかはさておき――王女に傾いて、関係を持ったことが明らかになり、結果として相手側の有責で婚約を破棄する事となった。
その時点ではまだ、裏切られたという思いはあってもそれでも婚約者に対する想いがあったのかもしれない。
けれどもその後の元婚約者の噂は散々なものだった。何せあの王女と共にいるのだから、そりゃあロクな噂が流れるはずもない。
元婚約者からすれば、もしかしたらあの王女をどうにかできれば、というあわよくばがあったとしてもだ。どちらにしても彼に対する評価が上がる事などないままに破局して――今までの男たちと同じ末路を辿ったのだろう。今までの相手はまだ学院に残っている者もいるが、彼は少しばかり王女と長く居すぎた。結果として学院での居場所をなくし、自主的に退学する結果になったのだろう。
とはいえ、退学した時点で社交界でも彼の居場所は最早無いものだと思われる。
家に戻ったとして、きっと彼の今後の人生お先真っ暗だろう、とはプリムでもわかりきった答だった。
かつての婚約者の落ちぶれた姿を見て、いい気味よ! と言い捨ててそれできっぱり忘れてしまえばよかったのに、アイリスはしかしそんな風に思う自分がイヤだと、自分の人間性がこうも醜いものだったなんてと悔しくて泣いている。あの人が裏切らなければ、こんな醜い自分に気付かず済んだのに、と。
相手があの王女だし、別にそれくらいの事は誰だって思う事じゃないかなぁ、とプリムは思ったしそれを伝えたけれど、しかしアイリスはそれならば、と頷きはしなかった。今まで自分がこんなにも浅ましい人間だったなんて気付かなかったことが悔しい、と淑女としても失格だと、自分を責めている。
かつての婚約者に対してももうロクな情も残っていなかったことも、理由の一つなのかもしれない。
ともあれ、大切な友人が泣いているのをプリムも黙って見ているわけにはいかなかった。
「アイリス、いいんじゃないかな、そんな風に自分を責めなくたって。だってアイリスは何も悪くないもの。私がアイリスの立場だったとして、私だってきっとあの元婚約者に対してはざまあみろって思っちゃうし。ね?」
「ですが……っ、ですが!」
「うーん……確かに元凶がのうのうとしてるからなぁ……元婚約者だけが悪いわけじゃないってなっちゃうのかなぁ……あ!」
「……プリム? 何ですの、そのあ、って」
「いや、えっと……ちょっとね、うん。大した事じゃないよ。本当に」
ふと思いついてしまった事を、しかしプリムは口に出さなかった。
いや、出せなかったというべきか。
突発的とはいえこんな事を思いついてしまうなんて……とちょっと自分に嫌気が差したし、そんな事をアイリスに言うなんてもってのほかだった。言えばきっとやめた方がいいと言われるかもしれない。
そうじゃなくても、プリムに失望してしまうかもしれない。
けれど、それでも。
プリムにとっては大切な友人のために自分ができる事なのではないか、と思ってしまったから。
それを実行しない、という選択肢はなかったのだ。例えアイリスの中のプリムに対する好感度的なものが駄々下がりしたとしても。
「――あのねアイリス。しばらくの間、私とお話するのはやめた方がいいと思う。でも、アイリスの事が嫌いになったとかじゃなくて、その、知らない方がきっといい事だから」
そう言われたアイリスとしては一体何があるのか、という思いで一杯だったが頑なに言おうとしないプリムに、これ以上問い詰めても無駄だろうと思ってしまって。
プリムが一体何を考え付いたのかはわからない。けれど、アイリスを陥れようとしているならわざわざ本人を前にこんなことは言わないで何も言わずに実行するだろう。
知らない方がいい、というのはプリムなりの精一杯なのだろう。プリムが何かを仕出かしたとしても、共犯を疑われる可能性がアイリスに向けられたとしても、自分は何も知らなかった、そう言う事ができるのだから。
「……しばらく、がどれくらいかはわかりませんがプリム。決して、決して! 無茶はしないでくださいね? お友達にまで何かあったらわたくしきっと悲しいわ」
「……うん、大丈夫。終わって、上手くいったら説明するかもしれない」
「きっとよ?」
かもしれない、なんて曖昧な言葉じゃなくて、もっとちゃんと宣言してほしい。
けれどもアイリスはそれ以上深く聞けるはずもなく、これから他の人に話通してくる! なんて言い出したプリムと一緒にプリムの部屋を出て。
そうしていつもより少し遅めの帰宅を果たしたのであった。
――プリムが意図的にアイリスと関わらなくなったのと同じころ、同じく平民の学生たちの間でこんな噂が囁かれ始めた。
曰く、プリムに恋人ができたらしい――と。
今までは授業が終われば真っ直ぐ寮の部屋へ帰っていたプリムが、しかし最近は学院の外へ出かけているのだと。
一応門限までには戻って来ているので教師から睨まれたりはしていないが、それでも学院から外出していくプリムの放つ雰囲気は確かに浮ついていて。
あといつも以上に身だしなみに気を使っているようになった、とも。
これらの情報から、恋人ができたと言うのは嘘ではなさそうだ、となったのである。
えっ、プリムに恋人が!? どうしましょう気になりますわ、友人の幸せはやっぱり祝福したいもの、とアイリスはとてもそわっとしていたが、けれどプリムはアイリスと関わろうとせず、それどころか平民の学生たちと固まって行動するようになってしまって話しかけようにも中々そんな機会がない。
しばらくお話しないほうがいい、と言われてもいたので、今話しかけてプリムからやんわりとでも拒絶されたらそれはそれで悲しくもある。
だからこそアイリスはじっと待った。
待って、待って、待ち続けて。
気付けば三年になって半年が経過していたのだ。
三年になったばかりの頃にプリムの部屋でわんわんと泣いたあの日から、もう半年だ。
そして卒業まであと半年。
そのニュースは突然だった。
なんと第二王女ドロシアが学院を退学となったのである。
これにはほとんどの生徒がざわついた。確かに成績は下から数えた方が早いし、友人なんてまずいないし、褒めるべき部分は見た目だけ、といった王女であったけれど、退学なんてしたらそれこそ今後の未来お先真っ暗なのだ。その程度は理解できる頭があったはずなのだ。だからこそ、退学になるような事だけは避けていたはずなのに。いよいよ業を煮やして国王が彼女を幽閉する事を決めたのか、はたまた別の事情があったのか、様々な噂が駆け巡りはしたものの詳しい情報を知る者はほとんどいない。
そのせいで憶測の入り混じった噂は様々なものが飛び交ったのである。
そんな中、アイリスに一通の手紙が届けられた。届けられたといっても家の方ではない。学院の、自分の机の中にそっとその封筒は潜んでいた。
差出人はここ最近すっかり話をしなくなってしまった事が当たり前になりつつあったプリム。
真相をお話します、と書かれたそれには日時も記されていた。
恐らくはこの日に、記された場所へ来いという事だろう。
ふと見れば同じように手紙が忍ばされていた生徒が他にもいたらしく、それぞれが同じように手紙を手にした人へちらと視線を向けたりしている。
指定された日は学院が休日になる前日。授業は午前中で終わる日で、大きな教室の一つが集合場所となっていた。その教室は生徒が申請をすれば使う事に問題はなく、だからこそここを選んだのだ、というのはわかる。
同時に、他に手紙を手にした生徒がいる事から誘われた人数がかなりいるのではないか、とアイリスは考えた。ならばあの教室を借りるのは正解なのかもしれない。
手紙を渡された人物が全員参加すれば、もしかしたら窮屈に感じるかもしれない程だ。
気にはなるけれど、大っぴらにその話題を出す事もなく令嬢たちはアイリスを含めその日がくるのを待った。一体何を打ち明けられるのかと疑問に思うところなのかもしれないが、手紙を渡された令嬢たちの大半はドロシアの被害者といって過言ではない者たちだ。では、間違いなく当日語られる内容はあの王女についてだろう。
平民であるプリムが一体何をしたのか。
場合によっては何らかの事態を隠蔽する必要が出てしまうかもしれない。アイリスはそんな事まで考えてしまっていた。最悪プリムの名を変えて戸籍を偽造して別人として――とか考えたあたりかなり本格的である。
そしてやってきた当日は、授業が終わるまで大半の者たちがそわそわしっぱなしであった。
それは勿論アイリスもだ。何せ半年ぶりにプリムとマトモに顔をあわせて話ができる。
二人きりというわけではないけれど、それでもだ。
そうして授業が終わり指定された教室へと向かえば、そこには令嬢のみならず少数の令息たち、更には平民の生徒たちもいた。
平民の生徒たちは確かプリムに恋人ができた、なんて噂をしていた者たちではなかっただろうか。
わからないながらも、アイリスたちはそれぞれが適当な席に腰を下ろす。時々講堂の代わりに使われる事もあるこの教室は、もしかしたらぎゅうぎゅうになるのでは? と懸念していた割に全員が無事座る事ができた。
指定されていた時間がきて、プリムが教室に入ってくる。それまで小声でひそひそと話していた平民の生徒たちはプリムを見るなりぴたりと口を閉じた。
教壇に立つとプリムはぺこりと一度頭を下げる。
「えー、本日はお集り頂きありがとうございます。
ここに集まられた皆さんはドロシア第二王女の被害者という事で手紙を出させていただきました。
平民の生徒は被害者か? と思われる方もいるかもしれませんが、そちらはかつてドロシア王女と同じクラスの人たちですので、こちらも被害者です」
呼ばれた者たちの大半は、確かにドロシアの被害者と言えばそうだ。
ドロシアの囁く愛の言葉に騙された者を完全な被害者と言っていいかは微妙なところだが、王女に言い寄られて無反応を貫けというのも無理な話。
一応抵抗した者もいるし、被害は軽微であったとしても、それでも醜聞である事に変わりはない。
令嬢に関しては婚約者を奪われる形となったわけでこちらは完全な被害者だろう。
だが、平民の生徒はどうして? と思う者が大半だったのだ。
けれどもプリムの言葉を聞いて納得する。
あのドロシアと同じクラスであれば、成績は優秀ではない。けれども、平民の生徒たちはそれでも真面目に授業を受けてどうにか上を目指したりしていたのだ。
だがしかしドロシアはあのクラスでも相当好き勝手していたらしく、授業を妨害するような事も何度だってあったし、結果として授業の進みはかなり遅かったようなのだ。
ところが少し前から授業に参加する事もなくなって、更にはそこから退学の流れだ。
今はとても授業が捗っているらしい。
そういった事情を聞かされて、貴族の生徒たちは少なからず平民の生徒に同情した。
確かに貴族と違うから、貴族の常識である事であっても平民からすればそれは常識でも何でもない事だってある。だからこそ覚えるべき部分は貴族生徒に比べると多いはずなのに、そこにいる王女。しかも授業を平気で妨害してくるとなれば、同情が芽生えるのは当然と言えた。
普通いるとは思わないよね、王女。
いたとしてももう少し上の成績が普通とか優秀なクラスにいると思うよね。
今はとても平和だし、あと半年だけどどうにか授業の遅れも取り戻せそうなんです、と言った平民生徒に、貴族生徒たちはほろりと涙を浮かべそうになる。正直貴族たちであっても持て余していたというのに、平民にそれは重圧どころじゃない。頑張ってたんだな……! と成績の悪いクラスというだけで落ちこぼれを見る目を向けた事のある生徒たちも中にはいたので、余計になんというか……生温かい視線が四方八方から向けられる事となった。
「そういうわけで、ドロシア王女被害者の会といっても過言ではないこの集まりなんですが。
あの、あまり大っぴらにこの事吹聴されるとちょっと困るので、そこはあの」
「あぁわかっている」
プリムの言葉にこたえたのは、侯爵家の令息であった。彼もまたドロシアに言い寄られていたが、婚約者を守るために一時的に婚約を白紙化させて少しだけドロシアに付き合えば満足するだろうと思い、仕方なしにお付き合いした人物でもある。ちなみに関係は五日で終了した。なので被害度合としては大きくないものの、それでも再度婚約を結び直す手間がかかったのは言うまでもない。
「他の皆さんも……?」
プリムが窺うように言えば、それぞれが事情はわからんがまぁ、うん、とばかりに頷いた。それにホッとした様子を見せるプリムは、では改めて、と声を上げる。
「王女が卒業するまであとちょっと、って感じだったものの、流石にほら、皆さん我慢の限界っていうか、被害が甚大すぎてこう……いくら第一王女がこの先女王として即位するにしても、イメージってあるじゃないですか。貴族の皆さんとかはまだしも、私たち平民の生徒は身近な王族があの王女様だったのでこう……余計に。
で、ちょっと私の友人も被害に遭って、でもそれは流石に仕方ないよ、ってなったんですけど、やっぱ仕方ないで済む感じでもないじゃないですか」
プリムの言葉に大半の令嬢がそうねとばかりに頷いた。
確かにあの王女は何かもう人の姿をした自然災害みたいな感じだったけど、だからってしょうがないわね、で済む話でなかったのは事実だ。
「そこでふと、思い立ってしまったのです。
いっそ王女様に自滅していただくのはどうだろう、と」
「そう思ったとして、そう簡単に行くのか?」
子爵家の令息が声を上げる。
「いきますよ。王女様がちょっかいかけてた人たちの傾向を考えれば、いけると私は考えたし実際上手くいきました」
「ドロシア王女が狙ってた男、って事だよなそれ……え、共通点あるか?」
王女が一年だった頃に手を出された令息が、何とはなしに周囲を見回す。
二年になってからは婚約者がいる相手を積極的に狙っていたけれど、一年の時はそうではなかった。だからこそ、婚約者の有無は共通点にならない。
「えぇと、まず第一に顔が良い。これは絶対です。あ、そこ、ちょっと嬉しそうにしないでください。美形って言われて嬉しいのはわかりますけどそのせいで王女に狙われたって自覚をもってくださいねー。
次にある程度自分の我儘を叶えてくれそう。これは財産があるっていう話に限ったわけではなく、そういう我儘をうんうんって聞いて受け入れてくれるような……優しそうなタイプですね。
顔がいいだけなら一年の頃に割と声をかけられたと思いますが、優しそうっていうのは二年以降からです。
政略にしろ恋愛にしろ、婚約者との仲が良好な相手がより狙われていたかと」
言われてみれば確かに……とその場に集められた令息たちは思わず各々を見た。
婚約者がいるにも関わらず言い寄ってきていた王女もどうかと思っていたが、結局のところ押しに弱いタイプが狙われていたのではないか、と思っていたのだ。けれどもプリムの言い方では少し異なる。
「婚約者がいて顔も良いけど王女が言い寄らなかったのは、政略結婚な挙句仲が良いわけではない、とかそういう人たちですね。
王女様はね、仲睦まじい婚約者たちの姿を見てこう思ってしまったんです。
あんなに相手を大事にするなら、あの人がわたくしのものになれば、あの人はわたくしをああいう風に大事にしてくれる、と」
プリムの言葉に一同困惑したように視線を巡らせた。
それはちょっと……違うんじゃないか……? とでも言いたげだ。
「わかります。普通はそういう反応ですよね。これ恋人とかじゃなくてお友達でも言える事なんですけど、例えば私にはとても仲良くしてくれる貴族のお友達がいます。けど、じゃあ、王女様がその貴族のお友達と仲良くなりたいと思ったとして、私の立場を奪ったとして……果たして同じ態度になるでしょうか? 無理ですよね。
私は平民で、ドロシア様は王女なんだから。同じお友達枠になったとして、貴族のお友達は王女様相手に平民の私同様気安い態度に出る事ができるでしょうか? 無理ですよね?」
それはそうだ。
相手が平民でこちらも相手に好ましい感情を持っているのなら、多少気安い態度を許すしそういう風にしていいよと許しを与えるだろう。けれども相手が王女であれば、いくら向こうがもっと気安い態度で接してくれて構わないと言ったとして、はいそうですかとは到底ならない。多少砕けた口調を出す事があったとしても、平民の友人相手と同じ態度になる事は決してないのだ。
「でも王女様はその事実に気付けなかった。
だから、自分が令嬢の立場になれば相手の男性は自分をあれくらい大事にしてくれるのだと信じて疑わなかった。お互いがお互い歩み寄って知っていくうえで仲良くなるのが普通なのに、そこに既にある関係を見て、それが当たり前だと思ってしまった。
恋人に優しいのは当たり前で、そこに強引に割り込んできた女に同じ態度になるかっていったら、なるわけがないのに王女様はその事に気付けなかった」
人間関係なんてそこに至るまでの色々があって今がある、というものなのに、そんな過去をすっ飛ばして存在していないも同然の状況で、けれども過去を含めた分までの親しさを、なんて望まれても無茶振りが過ぎる。
ある程度一緒に過ごして、この人はこういう人なんだな、っていうのを理解して、そうして仲を深める部分をすっ飛ばして結果だけを求められても……という話だ。
そう言われて、一同は確かに婚約者のいる相手に言い寄ってたけど、その相手は皆婚約者と上手くいってたなと今更のように気付く。てっきり仲の良い婚約者の仲を引き裂いて楽しんでいるのかと思ったが、そうではなかったらしいと聞いて何とも言えない気持ちに陥った。
「王女様はある意味で可哀そうな人でした。お城で大抵の我儘を叶えてもらっちゃったから、何でも自分の思い通りになると思ってしまった。でも、実際そうはならなかった。でもその事実を受け入れられなかった。自分の事だけを一心に愛してくれる運命の人を探そうとしていたけれど、でも一目でそんな存在がわかるなら、世の中運命の相手だけで結ばれて婚約だとかの契約はそもそも存在しなくなるのかも。
さておき、王女様があんなんなので、当然と言えば当然ですが、取り巻きはロクにいませんでしたし、友人なんて以ての外。だって、下手に近づいて仲良くなって、自分の婚約者まで目をつけられたら、なーんて考えたらまず近づこうなんて思いませんよね」
それはそうだ。
だからこそ令嬢たちは不敬だと言われない程度の態度を貫いて、そっと距離を取ったのだから。
王女が二年になって婚約者のいる相手に手を出した時、中にはまだその時、王女の近くにいた令嬢もいたのだ。だが、そんな令嬢の婚約者にまで目をつけてその仲を引き裂いたという話は学院中それこそあっという間に広まってしまったし、その令嬢は数日学院を休む事になってしまった。
薄々そういう女だとわかっていたはずなのに、でも信じようと思った結果やっぱりこうなりました、という結果は、それでもやっぱりそれなりに精神的なダメージを負ったらしい。
その令嬢も今この場に存在している。
「いずれはドロシアさまの姉である第一王女様が女王として即位する、とはいえドロシアさまに引っ掻き回された私たちが、この国を心から愛せるでしょうか? 勿論第一王女様と第二王女様は別人で違うものだとわかっていても、心の中でしこりのように残るんじゃないでしょうか。だって学院の中だけとはいえ好き勝手を許してしまったのだから、正直ちょっと、信用は揺らぎますよね。私も実際この国を出て他国で商売した方がいいんじゃないか……なんてドロシア王女の話を聞いて思ったくらいですし、身近で被害に遭われた方々だって、それを完全に無かったことにして王家に忠誠を、とは、厳しいんじゃないでしょうか。あ、こたえは聞いてないので、反応しなくて大丈夫です」
ここで下手な事を言ってそれが後々何かの枷になるような真似は避けたい。
とはいえこの場に集められた者たちのほとんどはプリムの言葉に内心で頷いていた。
そうだ、こんなことをされても尚、何の罰も受けないドロシアに、王家は一体どれだけ好き放題やらかすのかと思ったのは確かなのだ。
現在は他国へ視察に出ている第一王女が即位したなら、彼女の手腕に問題はないと思えるけれど。しかし現王でありドロシアの父に対する不信感は募っている。第一王女とドロシアは少し年が離れているので、場合によっては姉は妹の所業をあまり知らされていない可能性が高い。だからこそ、第一王女には何とも思わないのだ。しかし現国王は違う。
いくら国王にとっての妻であり、ドロシアにとっての母である妃を早くに亡くしたからとて、母を失った娘に対して愛を注ぐのは構わないがその方向性を間違われては困るのだ。
実際引っ掻き回された面々は新たな婚約者を探す羽目になったり、家同士に亀裂が入ったりと下手をすれば内乱一歩手前の状態と言ったっていいくらいだ。
ドロシアがこの国を滅ぼそうとしてやらかしました、というのであればとても効果的であるがそうではないのだ。
国王ちゃんとしろ、と思う部分があったって仕方のない話である。
かといって城で勤めるこの場にいる令息令嬢たちの親経由で窘めてもらうにしても、場合によっては権力発動させて余計悪化する可能性もあった。
学院の中でのドロシアの行動をその目で確認してもらうのが手っ取り早いが、生徒たちの報告だけではきっとあまり重くみられないだろう。実際そうなりかけている。
「ところで話変わるんですけど。
私の実家の近所に住む知り合いで、顔と外面が完璧な人がいまして」
本当に話変わったな!? と一部の令息たちが思わず目をひん剥いた。え、何その話今ここで必要? とか言い出しそうである。けれどもプリムは気にもしないでそのまま続ける。
「ドロシア様と同じクラスの平民の生徒さんたちに協力してもらって、私に恋人ができた、という噂をですね、してもらったんですよ。私も演技を頑張りました。恋人ができて浮かれてるっていう演技をね。
実際アレと恋人とか国庫積まれたって冗談じゃないんですけどね」
にこにこして言うセリフではない。
けれども、確かにそういえばその噂は聞いたな……と言う者たちがそれとなく視線を平民の生徒へ向ける。
プリムに恋人ができた。くらいなら彼女を知る人からは早く紹介してくれないかしら、とかそわっとしていたがそれだけだ。
プリムとあまり関わる事のなかった者でも、平民の生徒に恋人ができた、かぁ。婚約者盗られる心配がないだけ羨ましいよ、と思う者もいたり、卒業を前に浮ついて変な失敗やらかしたりしないだろうな、なんて思う者もいた。
そしてその恋人がかなりの美青年である、なんて噂もあって、プリムの友人たちは気になってはいたのだ。かなり。
それが真実ではないとわかってちょっとがっかりしている者もいるが、プリムはそのまま更に続ける。
「もうここまでくれば近づいてこない令息様方、お友達にもならない令嬢様方、と王女様はほぼ孤立してますよね。そこに幸せいっぱいです、みたいな浮かれポンチな平民女を見かけたら、王女様がどういう行動に出るでしょうか」
ざわ……と室内が一斉に騒めいた。
それは、つまり……と大抵の者が察する。貴族も平民も関係なくこの場にいる全員がほとんど同じ事を想像しただろう。
「王女様的には平民相手にも優しく接してあげられるわたし、を演出しようってのもあったと思うんですよ。イメージアップには手遅れすぎますけど。でも私も王女様の思惑とかこれっぽっちもわかってませんだって今幸せいっぱいで浮かれ切ってるもの、とばかりに対応いたしまして。
結果として、偽の恋人に王女様が興味を示したわけです。
あとは――こんな平民相手にもなんてお優しい王女様! という態度のまま恋人に紹介すればこの時点で作戦は完遂でした」
「なるほどな……罠を仕掛けたという事か。囮に引っかかった時点でほぼ成功、戦ならともかくこの状況でそれを思いつく事はなかったな……!」
してやられた、みたいな反応してる令息がいたが、まず王族を罠にかけようと思うのが滅多な事ではない。恐れ知らずかお前は……みたいな目がいくつか向けられたが、プリムはそれを笑顔で黙殺した。
「あとはその人が勝手に王女様をちやほやして世界で一番の宝物みたいな扱いをしていい気分にさせたところで、更に他の友人に紹介して――って感じですね。
その結果複数の男性と関係を結んじゃっていよいよ妊娠しちゃって、結婚してない王女様が妊娠したって事実に流石の王様も慌てたってところです。
退学なされた王女様ですが、恐らくは北の塔に幽閉でしょうねぇ……だって冷静に考えたら同年代の貴族たちからのドロシア王女の評判最悪ですし、今更他の国内の貴族の家に嫁入りさせるにしてもどこの馬の骨とも知れない男の子を孕んでるわけでしょう? そんなの王命とはいえ嫁として迎え入れる貴族います? いくら忠誠誓っててもこの一件でその忠誠も消滅しますよ。不誠実極まりないですもん」
確かにそうだ。それでもドロシアを愛している、とかいう奇特な男性がいればまだしも、恐らく国内の貴族ではいないのではないだろうか。彼女は自分の好み以外の男には一切の可愛げを排除した態度で接していたくらいだ。特殊性癖でそういうのが好みです、という相手がいたとして、しかしドロシアはそういった男を拒んだだろう。
「ちなみに子は最終的に残念な事になったと思います。かといって他国のどこかと婚姻を、となったとして、下手したらその国との関係亀裂入りません?」
まぁ入るだろうな、と思う。まだ婚約を破棄程度であれば、多少外聞は悪くなるけれど清い体のままであればどうとでもなった。しかし既に複数の男と関係を結んでいた、という事実が存在すれば仮に家に迎え入れたとして、子ができたと言われてもそれが本当に自分の子かどうかを疑わねばならなくなる。
「これが、王女様が退学する事になった一連のお話です。ご清聴ありがとうございました」
プリムがそう言えば、大半の者たちはそういう事だったのかと納得し、そうして各々教室から出ていく。
本来ならばプリムの仕出かした事は王家に対して若干問題になりそうではあるのだが、しかしそれでもドロシアの自業自得である。もっと言うならドロシアがこんな事になる前にちゃんと教育しておけばよかっただけの話だ。それを放棄してこちらに責任を、と言われるようであればそれこそ本当にこの国の貴族の大半は王家に対して疑心を抱く事になりかねない。
ここで聞いた話を広めるつもりは誰にもなかった。広めるとなると、そこから自分たちの不名誉な話まで知られてしまうのだから当然と言えば当然か。
平民の生徒たちとて、余計な面倒ごとに巻き込まれるつもりはない。真相を知って、あとはもうひっそりと己の胸に秘める事だろう。
「――あの説明、全部じゃありませんよね?」
後日。
ようやく久しぶりにゆっくりと会う事ができたアイリスは、ふと思い出したようにそんな事を言った。
手土産にと渡された紅茶を淹れていたプリムは最初意味が分かっていないようにはて? と首を傾げていたがそんな態度で誤魔化されないぞと言わんばかりのアイリスに苦笑を浮かべる。
「うん、流石に馬鹿正直に話すわけにいかないから、多少はね、ぼかしたよ。刺激が強いかなって思ったし」
「……教えて下さる?」
「知りたいの? アイリス物好きだね」
「でも、貴方が行動に移った原因は、わたくしにあるのでしょう?」
「まぁそりゃあ。お友達を踏みにじられて黙ってられるほど薄情じゃないよ私。事の発端全部王女様の我儘だもんね。例え相手が気に入らなくても婚約破棄しなければ、したとしても、その後付き合った人と誠実なお付き合いをしていたら。他に婚約者のいる人に言い寄ったりしなければ。
周囲の人間関係手当たり次第に引っ掻き回すような事しなきゃ、こんな事にならなかったのに。
そうやっていよいよ平民にまで手を伸ばすんだから、王女様も警戒心がないよねぇ。自分は絶対大丈夫って思い込んでたのかな?」
学院内でそこそこの恨みを買ってる割に、その悪意に気付いていないようだった。あれは自分は王女なのだからそんな相手に対して不敬な態度をとるはずがない、と信じ切っていたようだ。平和な状況下ならまだしも、自分でその平穏を打ち砕いているのだから、安全である、なんて思い込みでしかないのに。
プリムに強引についてきて恋人がいらっしゃるの? 是非紹介してほしいわ、なんて言っていたあの王女様は、偽の恋人を見て頬を染めていた。数代前が貴族だった、と聞いていますなんていう嘘をまるっと信じてしまう程度に協力者の顔は良かったのだ。
単なる平民であれば王女ももっと侮ったかもしれないけれど、数代前が貴族であるなら……と油断したのだ。それが嘘であったとしても。そして王女はプリムがいるにも関わらず協力者に言い寄った。自分と一緒になれば、また貴族としての生活に戻る事ができますわ、なんて事を言って。
実際彼の先祖に貴族はいないはずだ。いたとしても彼との接点はまずない。
だから貴族としての生活に戻るも何もないのだが、それでも王女はその言葉に彼が乗ってくれると信じて疑わなかった。
王女の理想の相手が彼であったとして、元平民であるならば自分の我儘を思う存分聞いてくれるだろうという打算もあったかもしれない。
王女にとって他人は皆自分の望みを都合よく叶えてくれる、そう信じていたようにプリムは思えた。
当初の計画通り王女が釣れたので、その場で喧嘩別れのような茶番をしてプリムは泣いている振りをして振られた惨めな女を演出して立ち去った。それもまた王女にとっては楽しい見世物だっただろう。
全部こちらの掌の上だというのに。
「私が王女様に良からぬ輩を紹介したならともかく、王女様は自分から会いたいって言って、その上で彼に言い寄った。その後の事は私ノータッチだし、全部王女様の責任だと思うんだよね。
最初に協力者になってもらった彼……名前は出さないよ。下手に調べてアレと関わるのはお勧めしない。本当にロクでもない奴だから。顔と外面だけで世の中渡ってるけど、明るみに出てないけど多分犯罪も結構やってるはずだし。だから私も普段は関わらないようにしてたくらいだから」
「そう、でしたの……」
プリム曰くの顔がいい、でドロシアが一目で気に入ったようなので、できれば一度くらいはお目にかかってみたいと思ったけれどこの言い分では本当に会わない方が良さそうだ。そうアイリスは判断する。実際賢い判断だった。
向こうも犯罪に手を染めているとはいえ、手当たり次第にやらかしているわけではなく相手を選んでいる。けれどもそこに獲物になりそうなお嬢様がのこのこやってくればどうなるかなんてわかったものじゃない。
「こんな頼み事するとか私の弱みになるかと思ったけど、でも相手が王女様って聞いて向こうも乗り気だったからね。今回の事は大丈夫だと思ってるけど……これっきりかなぁ。
あのね、彼の話によると、王女様早々に身体の関係結んじゃったみたいで。
あの男そういう扱いも上手かったみたいで、王女様沼に沈むみたいにどんどんハマってったみたい。
で、その後彼のお仲間にも声かけて、うーん、こういう言い方アイリスにはしたくないんだけど、要はあれよ、複数プレイってやつよ、爛れてるよねぇ」
「まぁ、それは……」
もっと明け透けな言い方も存在していたが、それでもどうにか言葉を濁そうとしたプリムに、アイリスはともあれ相槌を返す事はできた。
「ちょっとよくないお薬も使ったっていうし、更にはお仲間さんのうち何人かは娼館によく通ってたみたいなんだけど、その……病気を、患ってたりして。多分王女様にも感染した可能性が」
「あらあらまぁまぁ」
そんなのが明るみに出たらさぞとんでもないゴシップになるな、とアイリスは思う。
あの日、あの教室でそこまで言わないのは正解だった。もし言っていれば、間違いなくそれぞれの胸の中におさめるどころの話で済むはずがないのだから。
というか、プリムがこの作戦を思いついて即実行に移して、王女があっという間に引っかかってすぐさま身体の関係を結ばないとそもそも子が、なんて事にはならないはずで。
もうちょっと用心深ければこうなる事もなかっただろうに。
ドロシア王女のあまりの迂闊さに、アイリスはあれにわたくしは自分の婚約者との仲を駄目にされたのか……と今更のように思う。まだ次の婚約者は決まっていない、けれどもそれは他の家の令嬢たちも同じなので、今は別に決まってなくとも目立つものでもない。何せ同じ条件の令嬢が他にも複数いるので。逆に婚約者がいる令嬢の方が今は目立つのではないだろうか。
「お薬の後遺症か、性病か、はたまた他の要因かはわからないけど、まぁ、明らかに何かあった、ってのだけはハッキリするからね。そんな状態で王様もあの王女様を外に出そうなんて思わないでしょ」
とはいえ、とプリムは思う。
協力者となった彼の言葉を信じるならば、もうあの王女様が外に出てくる事はない。
性病が治ったとしても、薬の後遺症が残っていれば結局は外になぞ出せるはずがないのだ。
いっそ病気になってしまって療養のためどこぞの療養地に行く事にした、とか言って隔離した方がまだ外聞も多少なりとも誤魔化せるだろう。
やりすぎたかな、と思わなくもないのだが、そもそも最初の時点でもっとちゃんとあの王女を諫めておけばこうはならなかったかもしれないのだ。
じゃあやっぱり王女様の自業自得だよな、と思う事にする。
プリムとて演技ではあるが一応恋人を奪われた側だ。演技であり罠だったからまだしも、もし本当に恋人を奪われるような事になっていたら、こんな風に思えるかもわからなかった。もしかしたら咄嗟に殺してやろうと行動に出ていた可能性もあるのだ。
王女が自分から奪う事になった男がどうしようもない外道であったから振られた演技で済んだだけで。
彼らはタダで王女様を娼婦扱いした挙句、何か言葉巧みに言っていくつかの装飾品などを金に換えてそれらをもらったりもしていたようなので、彼らにとっても得をした結果になったらしい。
……彼らを犯罪者として捕まえるにしても、罪状をハッキリと出せないだろう。
明るみに出せば王家に対するイメージも大きく下がるだけだ。そして彼らが仮に捕まったとして、黙っているとは思えない。盛大にやらかすに違いないのだ。
頭の悪い悪党なら、これに味を占めてどこかで尻尾を出しただろう。けれども外面が完璧なアレがいる以上、しばらくは大人しくしていると思う。
「わたくし、子供が生まれたら教育はしっかりしなくては、と痛感いたしましたわ。
まぁまだ婚約者もいないので結婚なんていつになるかわからないのですけれども」
ほほほ、なんて笑うアイリスはいっそ自虐だろうか。
けれども、まぁ。
「そうね。私も将来子供が生まれたらやっていい事と悪い事の区別だけはしっかり覚えさせなくちゃね。まぁ婚約者どころか恋人さえいないんだけど」
プリムもあははとやけくそのように笑う。
――後になってわかる事ではあるのだが。
この時多くの貴族たちが教育って大事なんだな、と思った事で。
この国の子供たちの教育は大きく発展する事になったのである。
けれども後の歴史家は語る。
この発端になる出来事は、未だどの文献を漁っても出てこないのだと。
真実はどうやら闇の中に葬られたようだった。