プロローグ
花畑にサングラスが落ちていた‥‥。
人目につかない奥まった場所にそれはあった。
誰もがなぜ?と思うだろう。冴えない中三である私——天宮日向——も思った。
しかもその種類が、ビーチで見かけるワイルドなやつなのだ。(ティアドロップ?という種類らしい)
驚く他に正直何も出来なかった。すでに十分ほど経過している。が、時間を浪費するわけにもいかない。これでも高校受験がある身である。
よし、一旦ことの経緯を整理してみるとしよう。えっと、まずは学校帰りで歩いていて‥‥、そうだ、最近はとにかく疲れていて、リラックスしたかったんだった。で、公園に行って少しぼーっとしようと思ったら、いつの間にかこうなっていた‥‥。こんな花畑があったなんて知らなかったし、公園にいたのにいきなりここに来たのもおかしい‥‥。
あ!原因がわかったかもしれない。つまり疲れていたから、幻覚?か夢か何かを公園で見てるんだ!
それにしてもやけに精巧な夢だな〜。自分の意識もハッキリしてるし。なら、ここで少し休んで起きたら家に帰ろう。そのためにもせっかくのこの夢を満喫しなければ!
私はそう決意して、周りを少し散策し始めるのだった。
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――…
「緊急事態!緊急事態!“混沌の誅罰者”の安定環境が消失。並びにその存在を見失いました。人間界に顕現したものと思われます!」
絶え間なく鳴いている蝉の声もかき消されるほど、けたたましくサイレンが鳴り響く。
「急いで人間界からこちらへ戻せ!さもなくば暴発して一体が海になるぞ!」
ここ——“常夏の国”スリン・チャンクアス——はその名の通り常夏の国である。
年がら年中蝉の声が響き、夏の気配の消えることのないこの国に、珍しく機械の声が鳴り響いていた。
それは、“混沌の誅罰者”なる仰々しい名前のついたサングラスが消えたためである。
この国の異界安定所に所属するイヴァン・スタビリィは最年少で所長に就任した秀才であったが、歴代所長でも二、三度あるかないかという現状に頭を悩ませていた。
そもそも異界安定所とは、この国が超常の存在である創造神より託せられた任務を遂行する所である。その任務とは神器を使用して管理下にある界の文明の発展や、稀に起こる世界崩壊レベルの天災を未然に防ぐことだ。その界における創造神のようなものとも言える。
今回起きたのは、本来任務を遂行するためにある神器が暴発(これがまた原因不明)してしまい、管理下にある人間界-β-428に誤って現れ、その行き過ぎた神の力が解き放たれるかもしれないという事態である。
もちろん実際に起これば、その界は良くて壊滅、悪くて他の界にも接続《コネクト》し影響を及ぼすだろう。ましてや平常より不安定な状態にあるのだ。
まさに一触即発といえよう。
今回のイヴァンはそんな事態に直面していたのだ。
必死で頭を回転させるが、頭は空っぽである。背中から冷や汗が吹き出し、頭に警鐘が鳴り響く。
『進展ありました!モニターに映し出します!』
イヴァンは最悪の事態を想像した。今回のことできっと上に怒られるだろう。せっかく努力してこの役についたのに。このままでは地位を失うどころか職も追われるかもしれない。そんな現実逃避を始めた彼に、容赦なく次の言葉が降りかかった。
『安定環境が回復しました!依然として人間界に顕現していますが、暴発の危険性はゼロです!』
所内に安堵の声が上がる。
ふっと肩の力が抜けて、イヴァンはその地位を示す豪奢な席に座り込んだ。胸を撫で下ろす。
しかし疑問は尽きない。
「なぜだ?なぜ自然に収まったんだ?神器を自由に操れるなど……。」
混乱の極みの中思わずこぼした独り言に一人が返答した。
「所長、これをご覧ください。」
そういったその所員の視線の先には、くだんのサングラスと人間界を映す副モニターの一台があった。
ひとりの少女らしき人物が写っている。その人物はサングラスの落ちる花畑に平然と立っている。
それはイヴァンたち常夏の国の者からすれば異常な光景であった。
神器は常に膨大な神力を放出している。それに触れればいかに神に近いこの国のものといえども死の危険があり、暴発防止という面はもちろんこの問題をクリアするために安定環境があるという一面もある程なのだ。
それを人間界の一人間程度が浴びればどうなるか、考えるまでもない‥‥はずである。
というのに現状この少女はなんでもないように立っている。繰り返しになるが異常なのである。
「彼女は神器が不安定な状態からここにいるのか?」
別の所員が尋ねると、モニターを薦めた所員が答えた。
「ああ、間違いない。」
イヴァンはその会話を頭の隅で聞きつつ、一つの可能性に思い至る。
「神器とその周辺の神力の流れを調査してくれないか?」
その意図に気づいた調査担当の所員が声を上げた。
「まさか!?いや、そんなはずはないはずです。所長!」
「いや、よろしく頼む。可能性を捨てきれないのだから調査する他なかろう。」
「わかりました‥‥。やってみます!」
そうして所員が調査を始めた。
***
しばしの休憩時間のあと報告が行われる。
イヴァンが結果について尋ねた。
「どうだった?」
「はい‥‥。所長の予想の通り、神器から放出された神力はあの少女の発する力によって統制がなされていました。」
「やはりそうだったか‥‥。」
「ご明察、恐れ入ります。」
所員が各々自分の考えの浸る。
イヴァンもまた、少女について考えていた。
単純に神力を操る人材がいるという事実は喜ばしい。ただ、それが未知の存在である上、常夏の国ではなく人間界にいるのだからわからないことだらけで、危険性もある。
敵に回れば個人としても厄介だし、神器が諸刃の剣どころか、完全に敵に回る。
その存在はひとつ誤るだけで、大きな損害に直結しうるのだ。慎重にことを考えなければならない。
そして所員達は、一つの結論に落ち着く。
——とにかく一度、少女に会ってみなければならない——と。
そうして一同は、少女へのアプローチの方法を考え始めるのだった。
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