飼い主
気づけば自宅の前に立っていた。
無我夢中に走ったのだ。疲れも、足の疲労も今は感じない。
家の中に入り、ベッドに腰掛ける。
あいつなら、あいつなら全てわかるのだろうか。
俺が人を殺したことも、あいつが俺の中にいることも、消えたはずの親が帰ってきたことも、その親父がさっき死んだことも。
なあ、『ラディウス』。
お前ならわかるんだろう?
そうだ、そうに決まってる。
…もう一度、あいつと会話がしたい。
あの暗闇の中に潜り込まなければ。
ベットに身を任せ、目を瞑る。
何も考えるな。ここには俺しかいない。
誰もいない。誰もいないんだ。
「俺がいるだろう?」
声に気づき、目を大きく開く。
恐怖すら感じないほどの暗闇の中、ただ宙を浮遊する赤色の魂。
再び来ることができた。
唾を飲み込み、問いかける。
「俺は…どうしたらいい?お前と親父は関係があるのか?」
「はぁ…前に言っただろう?俺はただ人を殺したい、それだけだ。」
本当にそれだけなのか?
「あぁ、本当だ。」
それだけのはずがない。親父は言ったんだ。
全てを終わらせろって。
あの言葉が、あの言葉の意味だけを知りたいんだ。
「それよりも、そろそろ出かけようぜ?また俺らで前みたいにやろうじゃないか。」
黙れ、こんな声に従うな。
くそ、親父がまだ生きてたら…。
拳を握りしめ、歯を食いしばる。
きっと親父が言っていたことに何かヒントがあるはずだ。
そうじゃなきゃ…辻褄が合わない。
「なぁ、早く『力』を解放しようぜ?俺とお前ならできるはずだ。」
その言葉にハッとする。
そうだ、親父も言っていた。『力を解放しろ』と。
やはり、親父とこいつは繋がっている。
親父は俺の中に住む怪物を知っていたんだ。
この二つが繋がれば繋がるほど、真実が遠のいていく気がする。
真実が知りたい。しかし、知るには情報がなさすぎる。
「病院で聞いたろ?俺らよりも人を殺してる『S』がまだ暴れてるらしいぜ?あぁ…いいな。
なぁ、俺らで殺しにいかねーか?」
そうだ、きっと『S』は俺たちに関係しているはず。
真実を突き止めるには…今はこいつと親父の言葉を辿るしかない。
辿ればきっと真実を知れるはずだ。
いや…そう信じるしかないのか。
それは俺の中で浮かび上がった殺人という選択肢を正当化する為だ。
「…分かった。『S』を探しにいく。
殺すかどうかは俺が判断する。」
「はっ、その調子だ。力が欲しい時は俺の名前を呼べ、『ラディウス』と。」
出来れば呼びたくない。もう昨日みたいな気持ちは散々だ。
しかし、殺人犯に会いにいくとなれば、俺一人でどうこうできないだろう。
いいや、違うな。何を迷っている。俺は怪物だ。
人を容易く殺すことのできる怪物なんだ。
もう迷うな。決意しろ。真実に辿り着く為だ。
再び唾を飲み込み、大きく息を吸う。
「おい、『ラディウス』 俺はお前が憎い。殺したいほどだ。
それでも…今はお前を信じる。信じるしかないからだ。
だから、お前も……頼むぞ。」
「良い目をしてるな。ふっ、任せろ。俺とお前は一つだ。裏切るなんてことはしない。」
ラディウスがそう言うと同時に目の前にある魂が歪み始める。
奴が、姿を現した。
まるで血を塗りたくったような鮮やかな深紅色をした怪物だ。
「俺を見ろ。お前が俺を受け止めてくれたようで嬉しい。さぁ、始めよう。ほら」
ラディウスは手を差し出す。
この手を、この手を取ってしまえばもう後戻りはできないだろう。
…それでもいい。
真実を突き止めるには手を差し出す。
この手を、この手を取ってしまえばもう後戻りはできないだろう。
…それでもいい。
真実を突き止めるには、こいつが必要だ、もうこいつしかいないんだ。
「忘れるなよ、飼い主は俺だ。」
そう言い捨て、こいつの手を取る。
青年は終わりのない階段に足を運んでしまった。