第三話 磁石
何事にも『始まり』と『終わり』が存在する。
生命を授かった俺たちは死を迎える為今日も命を消耗する。
それは避けることのできない事実であり、必然的なものだ。
もしも、俺の人生がまだ『始まり』を迎えてないのならば。
今ならそのままでいたいと強く願ったはずだ。
「日高修一…さんで合ってますよね?」
椅子に腰掛けていると、医者に声をかけられた。
今から父と母に会うのか。
「…はい。合ってます」
「分かりました。ではこちらに」
部屋を案内され、304号室とかかれた部屋の前まで来た。
この扉を開けてしまえば、消えたと思っていたはずの親と会ってしまえば。
俺は『始まり』を迎えてしまうのではないか?
…しかし、このタイミングで俺の親が姿を表したのにはきっと意味がある。
どこかで全てが繋がっているんだ、きっと。
震える手強く握りしめ、扉開ける。
「久しぶりだな、修一」
忘れていたはずの、忘れようとしていたはずの父と母の姿が目に映り込む。
父はベットで体を倒し、母は部屋の隅で俺をじっと見つめる。
その顔は全て俺の記憶通りで、何一つ変わったところなど見当たらない。
「大きくなったもんだな、立派だ。」
怒りが沸々と湧き出す。それを抑え込むかのように脳で思考し、口に出そうとするがしかし、思うように口が動かない。
「何も言わなくて良い、修一。こっちへ来い。」
どうして俺を捨てた、どうして姿を消したんだ、お前らは親失格だ。
そう何度も心に唱えるが、父の声は心地よく、俺は言われるがまま足を動かす。
父との距離はもう数センチだった。
心の距離感が縮まったと感じたことは一度もないのに。
「どうしたんだよ、親父」
やっとの思いで出た言葉だった。
深い意味などない。
「よく聞け、修一。俺はもうすぐ死ぬ。」
だからどうした、今更心配して欲しいのか?
俺を捨てて居なくなったくせに。
堪えていたはずの涙が込み上げる。
「なぁ親父!なんなんだよ!どうしていなくなった?どうして俺を捨てていなくなったんだよ!その癖自分がもう死ぬからって俺を呼びつけたのか!?」
近くの机を怒り任せに叩く。
答えが欲しい。真実を知りたいだけなんだ。
「…物事には何事にも意味があるのだ。
私がお前の父であり、お前は私の唯一の子なのだ。」
心電図のフラット音が警報を鳴らす。
「そうだな……私たちは…磁石だ。
切っても切れない関係、いわばお前がN極で私たちがS極だ。」
分からない。何もかもが分からないんだ。
今からの行動と言動に答えなどない気がしてくる。
「速報です。先程T町で男性一名の遺体が発見されました。頭部に酷い損傷が確認されたことと、『S』という文字が現場から発見されたことから、一連の事件は全て同一犯だと警察が発表しています。」
「黙れよ!」
俺は近くにあったテレビのリモコンを手に取り、テレビに投げつける。
醜い轟音と共にテレビにはヒビが入る。
「なぁ…質問に答えてくれよ…!。あんたはもう…死ぬんだろう?」
「大丈夫だ、修一。俺を見ろ。」
俺の頭を掴み親父は俺の目を見た。
ただ、ずっと。
その目は1人の男として、1人の父親としての目だった。
「…その力を解放しろ、全て終わらせるのだ。私たちは失敗したからな…。」
「… 私たちって?」
「…『歴史』だよ。全て繋がってるのだ。だから、終わらせろ。真実だけを見て、この歴史を終わらせるんだ。」
奴の言葉を思い出す。『レギオン』だ。
俺の中で何かが繋がり始める。
しかし、父はその場で酷く咳き込み、吐血した後、その場で唸り始める。
更に警報が鳴り、医者達が駆けつけてきた。
「おい…死んじゃだめだ!なぁ…教えてくれよ!」
「…真実に押しつぶされるな、自分だけを信じろ。そして…受け止めるんだ。運命を。」
「だから!運命ってなんなんだよ!」
「どいてください。」
医者に押され、俺は後退りする。
「おい…!だめだだめだ、まだ逝っちゃだめだ親父!」
「早くLEDを!急いで!」
医者が部屋へと駆け込んでくる。
次第に視界がぼやけていく。
この涙にはどんな意味があるのだろうか。
「だめです!呼吸が戻りません!」
気づけば廊下に出ていた。
静かに扉を閉め、窓に顔が反射してることに気づき、視線を移す。
赤い怪物の顔が視界に飛び込んだ。
…俺の中から出て行けよ。なぁ、消えろよ。
消えろ、消えろ。
その内、扉の奥からただ一つ声が聞こえた。
「…9月14日、午後5時21分、死亡確認しました。」
「うぐあああああああああああああ!」
単純で、男か女の区別すらもつかない怪物のような叫喚を上げ、壁が粉々になる程何度も殴り付ける。
その拳は既に人の様ではなく、血などは無論出ていなかった。
俺は、俺は、俺は怪物なんだ。
簡単に人を殺すことができる怪物だ。
何かに気づいたかのように男は殴るのをやめた。