3-32 我慢しないで
寮に帰って、居間でマッタリと過ごす。
「考えちゃうなぁ。」
奏音が呟いた。
「そうね。」
朔がニッコリ、微笑んだ。
光を搾り取られ、動けなくなったゼンクレ。グニグニ蛇みたいに這って、言った。『返せ』と。
「あの状態で、地獄裁判。受けられるのかなぁ。」
「大丈夫。裁判が始まるまでに、動けるようになるから。転がしたままでも、裁けるし。」
朔は代官所にスカウトされるまで、地獄裁判所で働いていた。職種は、裁判助手。業務内容は、亡者の管理と拘束。
代官所で処理された亡者は、とても大人しい。正確には、暴れる力が残ってナイ。死後、迷うことなく地獄へ来た亡者は、元気いっぱい。だから暴れる、騒ぐ。
死後裁判では、弁護士なんて呼べない。亡者は孤軍奮闘。現世の裁判とは全く違うのに、勘違い。『異議あり!』なんて、ね。
「人ってのは、醜い生き物よ。でもね。」
朔は言葉を選びながら、奏音の目を見て伝える。
「寿命が尽きるまで、懸命に生きる人もいる。」
「はい。」
「大切な『なにか』を守るため、命を懸ける人もいる。」
「はい。」
「いつ死んでも良いように、後悔しない生き方を。そんな人もいる。」
「はい。」
病気と闘ったマリンちゃん、逃げられなかったキララちゃん。過労死した恵さん、逆恨みされた令子さん。みんな諦めないで、最期まで頑張った。
私は、どうだろう。
何となく生きていた。家事して、登校して、諦めて。寝る間も惜しんで勉強して、早起きして家事して。家事の合間に勉強して、感謝されずに家事してた。
「妖怪養成所に入れる、仮免妖怪はね。丁寧に生きて、死んでしまった人なの。」
「はい。」
あれ、泣きそう。
「理不尽、不条理。矛盾だらけの世の中を、懸命に生きた。」
「・・・・・・はい。」
涙が頬を伝う。
「泣きたい時は泣いて、怒りたい時は怒って良いのよ。」
「・・・・・・わぁぁん。」
ワンワン泣いた。オイオイ泣いた。泣いて泣いて、泣きじゃくった。
奏音には、全く理解できなかった。バランスボール数個分の光を搾り取られる。そんな生き方をして、『悪くない』と言い切ったゼンクレが。
生きることに絶望して、自殺した人がいる。生きたくて、でも守りたくて、死を選んだ人がいる。申し訳なくて、死んでしまった人がいる。
悪くない。弱くない。なのに責められ、追い詰められて。心にヒビが入って、死んでしまったの。
悔しくて堪らない。救えるなら救いたい。守れるなら守りたい。でも無理。私、死んでるもん。妖怪だもん。生きてる人には、見えないもん。
キララちゃん、マリンちゃん。私・・・・・・。救えるかな、守れるかな。
「自信をもって、自分に正直に生きなさい。我慢しないで。ありのままのカノンちゃんが、大好きよ。」