07 連れ去られたわたし
07 連れ去られたわたし
「テメーのおかげで何度も命を狙われたぜ。でも残念だったなぁ、この俺様は、テメーみてぇなザコにやられるほどヤワじゃねーんだよ。そんな当たり前のこともわからねぇだなんて、ヤキが回ったか?」
「その、過剰なまでの自信……。身体は大きくなっても、心は仔犬のままのようですね」
「仔犬にだって、牙はあるんだぜっ!」
フェンちゃんはわたしを片腕で抱いたまま地を蹴り、オーディン様の顔めがけて、狼爪のようなパンチを繰り出していた。
しかしその一撃は、見えない障壁によって阻まれてしまう。
刹那に舞い散る火花。
まさか阻まれるとは思ってもみなかったのか、眉を吊り上げるフェンちゃん。
かたやオーディン様は、それが予定調和であったかのように、眉ひとつ動かしていない。
その様子を、火花がかかるほどの近くで見てしまったわたしは、目が点になったままだった。
聖堂の入口のほうから、衛兵たちがなだれ込んでくる。
「聖機卿様、聖堂から爆炎が噴き上がったのが見えましたぞ!? いったいなにが……!?」
「あっ!? お……オーディン様っ!?」
「賊が、オーディン様を襲っているぞ! 引っ捕らえろっ!」
どっと押し寄せてくる衛兵たち。
入口の向こうにも黒山の人だかりが見えたので、かなりの数の衛兵が聖堂を取り囲んでいるようだった。
「チッ、楽しみはおあずけか」
フェンちゃんは舌打ちしながら、わたしをお姫様抱っこで抱えなおす。
「えっ? フェンちゃん、いったいなにを……?」
「しゃべると舌噛むぞ、しっかりつかまってろよ」
次の瞬間、わたしは大空を舞っていた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
なんとフェンちゃんはひとっ飛びで、天井に空いた穴から外に飛び出していた。
聖堂のまわりにいた衛兵たちの頭上を飛び越え、フェンちゃんの家がある森の中に着地する。
「この穴ぐら、ちょうど手狭だったんだ。引っ越しにはちょうどいい日だな、アバヨ!」
そう言って、わたしを抱えたまま風のように走り出すフェンちゃん。
わたしはもうなにがなにやら訳ががわからず、連れ去られるがままになっていた。
わたしたちの背後からは衛兵たちの怒声が追いすがってくる。
衛兵たちは馬で追いかけてきたけど、フェンちゃんはわたしを抱えているにもかかわらず、馬よりもずっと速い。
しかも森の中はフェンちゃんの得意フィールドだったので、あっという間に追っ手を突き放してしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
フェンちゃんは森を出たあとも、ペースを緩めずに走り続ける。
トリステイン王都領のはずれまでやってきて、わたしをようやく降ろしてくれた。
わたしはずっと抱っこされてたけど、いろんなことがありすぎたせいでどっと疲れてしまい、そばにあった木陰にへたり込んでしまう。
フェンちゃんはわたしの前にどっかりと腰を降ろし、あぐらをかいていた。
フェンちゃんも疲れているようだったので、いまはひと休みしたい気分だったけど、でも、これだけはどうしても聞いておきたかった。
「ねぇ、あなたは本当に、フェンちゃんなの……?」
「はぁ? まだそんな当たり前のこと言ってんのかよ。つーかそうやって俺様の気を惹こうって魂胆か?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
どうにも話が噛み合わない。
わたしはフェンちゃんが人間の姿になったことに戸惑っているのに、フェンちゃんはそれが当たり前みたいな態度だからだろう。
わたしはもう、ストレートに聞いてみることにした。
「あの、フェンリルって大きくなると人の姿になるの?」
「生まれて1年経ったんだから当たり前だろ。でも危なかったぜ、お前がオーディンのクソ野郎の鎖を断ち切ってくれたから、力が解放できたんだ」
そういえばフェンちゃんは聖堂に捕らえられてしまったとき、鎖付きの首輪と、口輪をさせられていた。
でも口輪は無くなっていて、フェンちゃんの首には鉄環と、途中でちぎれた鎖だけが残っている。
フェンちゃんは初めて首輪を付けられた犬みたいに、忌々しそうに首輪を引っ張っていた。
「クソ、あとはコイツをなんとかしねぇとなぁ」
「そんなことより、なんでひとりで逃げなかったの?」
「なんだと?」
「わたしはフェンちゃんにひとりで逃げて欲しかったのに、わたしを連れて逃げるなんて……」
わたしの言葉は途中で遮られてしまう。
フェンちゃんがぬうと立ち上がり、わたしに覆い被さってきたからだ。
フェンちゃんはわたしが寄りかかっている木の幹に手をついて、鼻がくっつくほどに顔を近づけてきた。
「そんな、当たり前のこともわからねぇのか……!? お前の身体はすみずみまで、マーキング済み……! もう完全に、俺様のものなんだよ……!」