04 幸せな日々
04 幸せな日々
聖機卿様が、死にかけの獣は殺せと教えていることからもわかるように、聖堂は生き物を飼うのは厳禁とされている。
だからわたしは、こっそりとその子を飼うことにした。
フェンフェン鳴くので、『フェンちゃん』と名前を付けて。
光の聖堂のまわりは草原になっているんだけど、さらにその外側には森があった。
その森にちょうどいい穴ぐらを見つけたので、そこに布を敷いてフェンちゃんの家にする。
しかも森の中にはきれいな湖もあったので、そこでフェンちゃんを洗った。
血がこびりついていたフェンちゃんは、洗ったら白くてフワフワの犬になった。
わたしの聖女の仕事である、お昼の庭の手入れを一手に引き受け、フェンちゃんの世話をする時間を作る。
あとは夜になって聖堂のみんなが寝静まったあとで、フェンちゃんに会いに行った。
仔犬の世話をしたのは初めてのことだったんだけど、意外と大変だった。
人間のゴハンはそのままじゃ食べられないから、わたしが噛み砕いて柔らかくして、口移しでフェンちゃんにあげる。
そうやってフェンちゃんがおなかいっぱいになったら、背中とお腹をさすってお昼寝させた。
目が覚めたら、湿らせた指でフェンちゃんのお尻を刺激して、オシッコやウンチを出させる。
そうして数日後にはフェンちゃんの目が開いて、わたしをママだと思うようになった。
耳も聞こえてくるようになって、呼ぶとちょこまか走ってきてくれる。
わたしは犬猫にはなんとも思わなかったけど、さすがにフェンちゃんには情が移った。
もしわたしがいなくなっても、誰かに飼ってもらえるようにと、きちんと躾けをする。
フェンちゃんは賢くて、お手、お座り、待て、伏せ、ちんちん、取ってこい……。
それどころか、わたしの一声で倒木をジャンプで飛び越えたり、木登りをして木の実取ってくることもできるようになる。
フェンちゃんはとても聞き分けがいい子に育ってくれたけど、ひとつだけ予想外なことがあった。
それは、フェンちゃんは大型犬だったようで、1年後にはちょっと引くくらい大きくなってしまったこと。
フェンちゃんは甘えているつもりなんだろうけど、ぐわっとのしかかられると押し倒されてしまい、いいように匂いつけされたり、顔をベロベロ舐められてしまう。
わたしが「待て!」と言うとやめてくれるんだけど、フェンちゃんは悲しそうな顔をするので、わたしは仕方なくされるがままになっていた。
まさかわたしが、誰かにこうやって必要とされる日が来るなんて……夢にも思わなかったことだ。
しかしその夢は、ある日とつぜん終わりを告げた。
光の聖堂では1年に1回、聖女の実技試験がある。
その結果や、普段の善行によって、見習い聖女から聖女、さらに大聖女などに出世できる。
わたしにとっては初めての実技試験だったんだけど、そこでケガ人を癒やす試験で、わたしの癒しは効かなくなっていた。
その時、試験を視察に来ていた聖機卿様の鬼のような顔を、わたしは一生忘れないだろう。
「きょうっ!? さては貴様ぁ、下等なる者に癒しを施したなぁっ……!? 貴様からは、獣の匂いがするぞぉーっ!」
わたしの癒しが効かなかったことで聖堂内は大騒ぎとなり、試験は中止となる。
駆けつけた衛兵たちの手によって、わたしは罪人のように拘束された。
森へとひったてられたわたしは、逃げてフェンちゃんと心の中で祈る。
しかしただならぬ気配を察したのか、フェンちゃんはすぐに茂みの中から飛び出してきて、衛兵に襲いかかった。
「やめて、フェンちゃん!」
わたしがそう叫ぶと、フェンちゃんはピタリと大人しくなる。
こんな時のために、しっかりとフェンちゃんを躾けておいてよかった。
フェンちゃんが人を襲ったら最後、殺処分になることは目に見えていたから。
わたしは続けざまにフェンちゃんに叫ぶ。
「逃げて、フェンちゃん!」
しかし時すでに遅く、フェンちゃんは衛兵たちに取り囲まれていた。
いや、フェンちゃんの運動能力があれば、人間の衛兵なんて軽く飛び越えて逃げられたはずだ。
でもフェンちゃんはそれをせず、少々暴れながらも衛兵たちに捕まっていた。
それはフェンちゃんが、初めてわたしの言うことを聞かなかった瞬間でもあった。
「どうして、どうしてフェンちゃん……!?」
なにか言いたげな瞳でわたしを見つめるフェンちゃんとともに、わたしは聖堂へと連れ戻された。