12 リンゴリラ登場
12 リンゴリラ登場
フェンちゃんは病気の女の子を助けらる方法を知っているらしい。
それを教えてもらうかわりに、わたしはスリスリを要求された。
「そんな、交換条件なんて。村の人たちはこんなに苦しんでるんだよ? みんなを助けると思って……」
しかしわたしの説得も、フェンちゃんにはどこ吹く風のようだった。
「や~だね。人間がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。むしろのたれ死ぬところを見てぇんだ」
「ひどい、なんてことを」
「当たり前だろ、俺様は邪獣なんだからな! さぁ、どうする赤ずきんちゃん? 俺様は、どっちでもいいぜぇ? ヒャハハハハハ!」
なんだか悔しかったけど、わたしはフェンちゃんの要求を飲むことにした。
「わかった。でも寝るのは、村の人たちが助かってからだよ」
「チッ、しっかりしてやがんなぁ……。まあいっか、おい村長! ありったけの人手と武器を集めるんだ!」
それは予想外の言葉だったので、わたしと村長は目を丸くした。
「えっ? 人手と武器って……なんで?」
「いーから、言われた通りにしやがれ! 集まったら教えてやっからよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから小一時間ほどして、わたしは村のはずれにあるリンゴ畑にいた。
まわりにある木には、これから収穫を迎える晩作のリンゴたちが、鈴なりになっている。
リンゴの実はどす黒い紫色をしていて、見るからにマズそう。
畑の中心には、農具を持った村の人たちが集まっている。
その前で仁王立ちになっているいるフェンちゃんは、大きく咳払いをして話しはじめる。
「ウォッホン! んじゃ、テメーらにはこれから、殺し合いをしてもらう!」
フェンちゃんの言葉はまたしても予想外だった。
その場にいた全員が「ええっ!?」と目をまん丸にしている。
「お……おめぇ、なに言ってんだ!?」
「こんなときに、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
「そうだそうだ! 村人どうしで殺し合うことが、なして流行り病を無くすことになるんだべ!?」
「うるせーな、慌てんじゃねぇよ。誰も、テメーらで殺し合いしろなんて言ってねぇだろ」
「えっ? それじゃ誰と……?」
フェンちゃんはその問いに答えるかわりに、足元にあった石を蹴りあげていた。
頭上高く跳ね上がった石を、旋風のようなオーバーヘッドキックでシュートする。
畑にあるいちばん大きなリンゴの木めがけ、石は弾丸のように飛んでいく。
木の手前で石はクンッと落ち、木が落としている影へと吸い込まれていった。
……あれ? 石はたしかに地面に落ちたはずなのに、弾むどころか、なんの音もしなかった。
まるで、深淵のなかに吸い込まれていったみたいに……。
そう思った瞬間、木の影から、巨大な手がぬうと出てくる。
まるで崖下から這い上がってくるみたいに、どすんと地面を掴んでいた。
「ええっ!?」
突如として現われた謎の存在に、わたしと村の人たちは驚愕しきり。
フェンちゃんは「やっぱりな」と指先で鼻をこすっていた。
「この村に来たときから、テメーのニオイがプンプンしてやがったんだ。サルのできそこないみてぇな、クセぇニオイがな」
「フェンちゃん、あれ、なんなの!?」
「アレはな……『リンゴリラ』だ……!」
「り……りんごりらっ!?」
わたしと村の人たちがハモると同時に、深淵から黒い物体が飛び出す。
それは陽光を遮るほどに巨大で、リンゴ畑を覆い尽くすほどの影を落としながら着地した。
ずずん、とあたりに地響きを轟かせていたのは、紫色の体毛に、仮面を被ったような真っ赤な顔をしたゴリラだった。
しかも体長3メートル以上もあり、ゴリラというよりも完全にモンスターだった。
この世界ではモンスターは珍しくないが、まさか村の中にいただなんて。
ドラミングして威嚇するリンゴリラに、村の人たちはみな腰を抜かしていた。
フェンちゃんはその間をぬって歩きながら、他人事みたいに手をヒラヒラさせる。
「アイツをブッ殺せば、もしかしたらこの村は助かるかもな。んじゃ、がんばって~」
村の人たちは怯えていたが、やがて勇気を振り絞って立ちあがると、蛮声とともにリンゴリラに立ち向かっていく。
しかしリンゴリラが丸太のような腕をひと振りするだけで、枯葉みたいに吹っ飛ばされていた。
わたしの元へとやってきたフェンちゃんは、それが当然であるかのようにわたしの腰に手を回す。
ドサクサにまぎれて頬ずりしてこようとしたので、わたしは両手を突っ張って押し返した。
わたしの手で押され、変顔になるフェンちゃん。
「にゃ、にゃんだよ」
「ちょっと、あのリンゴリラってモンスターはいったい何なの?」
「そんなこと、どーでもいいじゃねぇか」
「よくない、ちゃんと教えて」
「しょうがねぇなぁ、アイツはオーディンのクソ野郎の手下だよ。アイツがいるから、ここいらのリンゴがマズくなってるんだ」
「ええっ、それってどういう……?」
しかしわたしの問いは、村の人たちの悲鳴によってかき消されてしまう。
見ると、村の人たちはリンゴリラから逃げ惑っていた。
武器がわりの農具はポッキリと折れ、なかには大ケガをしている人もいる。
「フェンちゃん、村の人たちを助けてあげて!」
「や~だね。俺様はネタを教えてやるとは言ったが、モンスターを倒してやるとは一言も言ってねぇぜ」
フェンちゃんは悪びれもせず、手をひさしのようにして、蹂躙される村の人たちを眺めていた。