11 フェンちゃんの狙い
11 フェンちゃんの狙い
フェンちゃんは毛が長いので、ベッドにして寝ると身体が埋まりこむ。
掛け布団がいらないくらい、とてもヌクヌクだ。
こんな雪の降る夜の野宿でも、へっちゃらだと思うんだけど……。
わたしはどうしてもフェンちゃんを脳内変換してしまい、ベッドの上から手招きする男の人を想像してしまった。
「いや、いい」
断ったらフェンちゃんはまたショックを受けるかと思ったけど、なぜか勝ち誇ったようなドヤ顔になる。
「ふっ、そう言うと思ってたぜ。でも、ひと晩じゅうそうしてるつもりか?」
その一言で、わたしは察した。
「……こんな寒いところまで来たのは、わたしに添い寝させるためだったの?」
「気づいちまったか。でもこうでもしなきゃ、一緒に寝てくれねぇだろ? 」
いくら邪険にしてるからって、わたしと寝るために400キロも移動するだなんて。
「あきれた……」
「なんとでも言え、俺様はお前と寝るためだったらどんなことでもする。ここじゃお気に召さなきゃ、世界の果てだって連れてってやるぜ」
その情熱的すぎる一言に、ちょっとドキッとする。
「さぁ選びな、赤ずきんちゃん。この極上のベッドで夢のような一夜を明かすか、それともひとり寂しく凍え死ぬか。俺は、どっちでもいいんだぜぇ?」
「どっちもイヤ」
わたしはフェンちゃんに背を向け、すたすた歩きだす。
「え!? ちょ、待てよ! 信じらんねぇ!? マジかよお前!? この俺様が、ここまでしてやったんだぞ!?」
慌てて飛び起き、わたしの後を追いかけてくるフェンちゃん。
わたしたちはそれからしばらく歩き、見つけた小さな村にひと晩の宿を求めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしたちがたどり着いたのは、トリステイン王国の北にあるガルツ領、ガルツ領では南側に位置する『ポムの村』。
ガルツ領はリンゴが特産品なんだけど、ポムの村でもリンゴ栽培が盛んで、村のまわりはリンゴ畑だった。
寒い地域だけど、そこに住んでいる人たちの気持ちは温かく、夜遅くに村を訪ねたわたしたちを、嫌な顔ひとつせずに招き入れてくれる。
聖女の格好をしているわたしはともかく、フェンちゃんの格好は蛮族に見えなくもない。
本来ならば追い出されても文句は言えないんだけど、村の人たちはとてもよくしてくれた。
わたしはすこし不思議に思ってたんだけど、その理由は、次の日に明らかになった。
「お……お願いしますだ、聖女さまっ!」
「どうかこの村に蔓延する病を、なんとかしてくだせぇ!」
わたしは村の広場で、ひざまずいた村人たちに取り囲まれていた。
聞くところによると、この村では毎年冬が近くなると熱病が流行し、時には死者も出るという。
「今年は特にひどくて、多くの村人が寝込んでるだ!」
「これから晩作のリンゴの収穫時期だってのに、このままじゃ収穫もできねぇだ!」
「いや、それどころかワシの子なんかずっと寝込んでてて……! どうか癒しを恵んでくだせぇ!」
わたしは引っ張られるようにして、村長さんの家に連れて行かれた。
そこには、寝たきりの小さな女の子がいた。
顔は青白くなっていて、ケホケホと力ない咳をしている。
村長さんによると、以前までは熱で顔が赤かったそうなのだが、ここ数日で血の気がどんどん無くなっているという。
熱が出るのは身体が病原菌に抵抗している証拠。
それすらも無くなったということは、もはや病魔に負けつつあるということだ。
それもそのはず、女の子はガリガリに痩せ細っていて、とても病に太刀打ちできる身体ではなかった。
わたしはなんとかして彼女を治してあげたかった。
でもわたしの聖女としての奇跡、癒しの力は人間には効かない。
「……リンゴを食べさせてみてください。リンゴには、熱を下げる力がありますから」
こんな誰でも知っているようなアドバイスしかできない自分が情けなかった。
「それはもうやっておりますじゃ。でもこの子はリンゴがマズいと言って、口にしてもすぐに吐いてしまうんですじゃ」
リンゴがマズい。
というか、この世界にあるものはすべてがマズい。
わたしみたいになんの味も感じない人間は幸せなほうで、マズくて食べられない子は、幼いうちに栄養失調で死んでしまうのは珍しくもないこと。
オーディン様の教えのなかで、こんなものがある。
『すべての食べものがマズいのは必然です。なぜならば命を奪うという、罪を犯しているのですから。あなたが感じているマズさは、命を奪われた食べものの無念の表れなのです。その最後の訴えを、そのマズさを乗り越えられる強き人間だけに、明日を生きる資格があるのです』
食べものはマズいもので、それに耐えられないものは生きられない。
それは世界の常識で、わたしもそのことに、なんの疑いももっていなかった。
そう、昨日までは。
わたしは隣で退屈そうにしているフェンちゃんに尋ねた。
「ねぇフェンちゃん、フェンちゃんは昨日、オオグルミを美味しくしてくれたよね? その力でリンゴも美味しくできる?」
「当たり前だろ。俺様を誰だと思ってやがんだ」
「じゃあ、リンゴを美味しくして」
わたしは、女の子のベッドテーブルに積まれていたリンゴを手に取り、フェンちゃんに差し出す。
しかしフェンちゃんは「や~だね」と、んべっと舌を出した。
「お前が食うのならともかく、人間のガキのために俺様の力を使うなんて、ありえねーよ」
「そんな……」
「それに、この死にかけのガキが、たった1個のリンゴを食えるようになったからって何になるってんだ? まさかずっと俺様の力を借りるつもりじゃねぇだろうな? この村には寝込んでるヤツがら大勢いるんだろ? それも今年だけじゃねぇ、来年も、再来年もずーっとだ」
「うっ……」
フェンちゃんの言い分はもっともだった。
ここで女の子がリンゴを食べられるようになったからって、このあともずっと面倒を見られるわけじゃない。
おいしいリンゴを食べてしまったら、この子はもうぜったいにマズいリンゴは食べられなくなるだろう。
わたしが言葉に詰まっていると、フェンちゃんはわたしの顔に手を伸ばす。
長い爪の指先で、わたしのアゴをクイッと上に向かせ、吐息のかかるほどの距離で、こう言った。
「俺と寝ろ。そしたら、あのガキを助けられるネタを教えてやらねぇこともねぇぞぉ?」