夏の終わり、暑さのせいにして
——これは夏の暑さのせいか、それとも。
「はーるーひーさん! 今日は何するんですかー? 呼び出しておいて何もなし、とかはあり得ませんからね?」
春陽、つまりわたしは絶賛夏休み中で一人暮らしをのんのんと過ごしていた頃だった。ご近所に住んでいる男子高校生、結くんはよく遊びに来る仲だった。いつから交流を持ったかと言えばあのときだろう。まぁ、今回はその話はしない。また次の機会に、としておこう。
閑話休題。わたしはその仲の良い男子高校生を呼んで何をするのかと言うと、夏の定番中の定番、花火をやろうとしていた。本人には伝えていない。プチサプライズ?的な。ダサいけど。
考えてみたものの、一人で花火をやるのはなんとも言えないくらい切なかったから、偶然、たまたま出会った結くんを誘ったのだった。軽いノリで「ねえ、今度の日曜の夜、暇だったりする?」と聞いたら「暇です」と即答された。「じゃあわたしの家に来て」とだけ伝えてその日は別れた。
前日、ピコンとスマホが光った。結くんからのメッセージ。『明日、楽しみにしてます』という丁寧な言葉と、前に気に入っているからよく使っているんだと話してくれた猫のスタンプが送られてきた。ワクワクしている猫のそれを見て、微笑ましく感じた。わたしも素早くフリップを動かし、『わたしも楽しみにしてるね』と返事を打つ。スタンプは迷ってしまったから結局送らなかった。ずっと返事を待っていたのだろうか、ものの数秒で既読がついた。同じ時間に起きていることに、ついつい嬉しくなってしまう。
——これがここまでの成り行きのお話。
「わかってるよ。今日はね、ふっふっふっ、これをするのよ!」
ジャジャーンッと若干時代遅れっぽい効果音を口で出しながら、買っておいた花火を目の前に広げた。手持ち花火がたくさん入っているお得パック。わたしの好きな線香花火もちゃんと入っている。
「さ、やるわよ〜」
「ちょ待っ、早いって!」
ジュッ、シャーーーーッ。
赤い色が光り輝いて燃えている。少し動かしただけで赤色の余韻が続く。今日の風は穏やかだったため、若干煙が溜まりやすくなってしまう。でも、時折ぴゅうっと吹く風でその煙は宙に舞って行った。
「ねねねねっ、見て! お星さま描ける!」
「春陽さんはしゃぎすぎですって」
「えー、だって楽しいじゃん! 結くんは楽しくない……?」
「……楽しいですよ」
「その間が気になるーっ」
訝しげな顔で見つめてくる彼女の近くに、おりゃあ! と青い光を飛ばしてやった。もちろん当たらないように気をつけて。「なにすんのよー!」と大騒ぎしてはしゃぐ姿が、自分より三つ上なのに子供じみていて可愛かった。
一通り遊んだ後、最後に残されていた線香花火をやることになった。好きだからという理由で春陽さんが、最後に、と取っておいたのだろう。
「結くん持った?」
「はい、あります」
「ね、何かゲームつけようか」
「罰ゲームみたいな?」
「うん。じゃあ、早く落ちた人は何でもいいから本音を言う! ということで」
「了解です」
「じゃ、いくよー」
ライターをカチッと音立てて火をつける。線香花火の先にある小さな光の玉がパチパチと弾けていた。落とさないように、そっと、ゆっくり、ただ静かに眺める。
「あ、」
最初に落ちたのは結くんだった。わたしのは彼が落ちてから数秒後に落ちた。
「じゃあ結くんが罰ゲームね! なんでもいいので本音をどうぞ!」
「本音、本音……本当になんでもいいんですよね?」
「うん、なんでも」
どうしてかはわからないけれど、わたしたちの間にピリッと僅かな緊張感が走った気がした。
「…………今日、誘ってもらえてすげえ嬉しかったです。春陽さんを独り占めできて最高な夜でした」
なんか、聞いてて恥ずかしくなってくる。まだ二十数年しか生きていないけれど、このあとに何が来るかだなんて大体想像がついてしまう。
「俺、春陽さんのことが、好きです」
じっと真剣な目で見つめられる。逸らそうにも逸らせなくて、あ、とか、うん、とか、言葉にならない声が漏れるだけ。
「わ、わたしなんて結くんの年齢より三個も上なんだよ?」
「そんなの関係ないです」
「でも、ほら、他に同い年の子でもっと素敵な子たくさんいるでしょう?」
「俺は春陽さんがいいんです。春陽さんじゃなきゃだめなんです」
押し問答の繰り返し。
そんなにじっと見つめられてしまうと何も言えなくなってしまう。弟のように見ていたはずなのに、今は一人の男の子として見てしまっている自分がいる。思えば自分より全然背が高かったなぁだとか、手も骨ばっていて男の子っていう感じがするなぁだとか、華奢ではあるけれどスタイルいいしなぁだとか、今まではそんなに見てこなかった部分にまでも注目が行ってしまう。
いやいや待てよ? 相手は男子高校生だよ? アリなのか? ナシなのか?
うううと脳内会議。唸って悩んで。
「春陽さん」
「っ、はい」
「好きです、ずっと前から」
恥ずかしくて俯いてしまった。答えはもう出ている。あとは口に、声に出すだけ。でもその最後の勇気がわたしにはなかった。
「こっち見てください」と結くんの手がわたしの顔に触れる。熱かった。ちょっと震えていた。緊張しているのだろう。おずおずと彼と目を合わせる、刹那、ちゅ、と生暖かいものが唇に触れた。
「好きです、春陽さん。大好きです」
そう言ってわたしの頬に両手を添えながら、触れる程度のキスを数回繰り返す。
わたしも、自分から彼の首に腕を回し耳元で
「わたしも結くんが、好き」
と返事をした。すると目が合って、そして結くんは蕾が膨らんで花が咲くような幸せに満ちた笑顔を浮かべた。つられてわたしも微笑む。
「好きよ」
そう小さく呟いて、わたしのほうから彼に口づけを贈った。
結が勇気を出せたのは線香花火のおかげ。春陽が自分の気持ちを自覚したのも線香花火のおかげ。ぽとりと落ちた光の玉は、もう消えてどこかに行ってしまった。見つけることができなかった。そんな、わたしたちがお互いに自分の気持ちに素直になれた、夏の日の思い出。