2話 音のない世界
———いつからだったっけ。周りの音が無くなったのは。登校を再開してからだっけ?それとも引きこもっているときからだったっけ?気付いたらいつも聞こえていた全てが跡形も消え去っていた。わかるのはたった1つだけ。この変わることのない世界が常に在るということだけだ———
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「お姉ちゃん、本当にそれで大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、雛。別に不特定多数と仲良くするわけじゃないから。私みたいなのと友達になろうってもの好きはあまりいないだろうし」
「いや、それはどうだろう。お姉ちゃん庇護欲そそるような見た目してるし」
「ん?今なんて言ったの雛」
「いや、お姉ちゃんのことちゃんとわかってくれる友達ができたらいいねって」
「ありがとね」
住宅街で兄妹が兄の見た目について論議していた頃、とあるマンションのエントランスで制服姿の2人の少女たちが軽く話していた。
姉と呼ばれている方は平均と同じくらいの身長に背中の中頃まで亜麻色の髪を流している。それに天使と形容しても過言ではないと言えるほど美しい容姿をしていた。
姉と呼んでいた方は姉よりも頭半分高い身長にさっぱりとした姉と同じ色のショートヘアをしており、顔立ちも姉に結構似ていた。
「まあその話は一旦置いといて、本当にほかの人と同じように普通に登校して普通に授業受けるんだよね」
「うん、もちろんそのつもりだよ」
「本当に大丈夫なの?ちゃんと聞こえてるんじゃないんでしょ?」
「大丈夫だよ。だいたいだけどわかるようになってきたし」
姉妹が話しているのは姉の耳のことだ。姉は両耳に障害を患っており、音がちゃんと聞き取れない。原因は小学校低学年の時にあった虐めで、それ以来彼女は補聴器を着けたり、紙に文字を書いて見せたりすることで周囲の人と意思疎通していた。
だが、今は補聴器も着けていなければ、筆談用の紙も持っていない。それでも家族との意思疎通には困らなかったので高校生になる今日から学校にも補助具をもっていかずに普通に授業を受けようとしているのだ。妹が心配するのも当然のことだ。
「うー、私がお姉ちゃんと同じ学年だったら一緒に行けるのに。というかそもそも虐めなんて起こさせずにお姉ちゃんがこんなことになることもなかったのに」
「雛、歳に関しては運命だからどうしようもないとしか言いようがないよ。でも、私のことをこんなに思ってくれて私は嬉しいよ」
美しき姉妹愛であるが、時間とはいついかなる時も空気を読まずに迫ってくるものだ。姉が何気なく左腕の腕時計を見ると、時間が差し迫っていた。
「雛、そろそろ行かないと学校に遅れちゃうよ?」
「え!本当だ!急がないと遅れちゃう」
「慌てすぎて事故に遭わないようにね雛」
「わかってるよお姉ちゃん。じゃあまたお昼にね」
「うん、またお昼に」
姉は歩いて、妹は走ってそれぞれの学校に向かい始めた。
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「えっと、私のクラスは…………」
彼女の名は麻野恵なのでほとんどの場合出席番号1番になる。なのでクラス分けの1番上を見ればいい。4つあるクラスの割り振りを見ると、
「1年2組か…………。せめて1人くらいは仲のいい友達ができるといいなあ」
後ろの言葉は思わず漏れてしまった恵の本心だ。そこまで声量がなかったせいか、それとも同じ新入生がごった返していたからか、彼女の呟きはだれにも拾われることはなかったが。
そうして恵の高校生活は幕を開けた。
少しは聞こえると思われている彼女の耳は1つとして音はなかった。
麻野恵 12月8日生まれ 射手座 15歳
趣味 絵描き、写真撮影
好きなもの 絵画、写真、画像
嫌いなもの 小学校低学年時の同級生、しつこい人、虐めてくる人
特徴 亜麻色の髪にカラメル色の眼 平均くらいの身長 華奢な体付き