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オークと令嬢  作者: 朝春 奏
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第二話

 門扉の開く音を聞いた俺は食後の食器類を抱えて表のドアを開けた。

 ドアを開け外を見ると門扉を閉めてこちらに向き直すトニーさんと目があった。

 彼は商人らしい柔和な笑みを浮かべ俺に軽くお辞儀する。ハーフオークの俺を見ても決して不快や恐怖の色を示したりしない。俺が安心して話すことが出来る数少ないヒューマンの一人だ。

 トニーさんは30代後半で少し太めのがっしりとした体と人の良さそうな丸い顔に立派な口髭をたくわえている。背に大きな荷物を担ぎ、またその後ろにも荷物満載のラバを一頭引いていた。


「おはようございます、リヒトさん。日用品の補給に参りました」


「トニーさん、おはようございます。まだ前回の補給から2週間もたっていないですよ?何かあったんですか?」


 俺が尋ねると、トニーさんは困った様に眉を下げ、少し申し訳なさそうにチラリと俺の顔を見た。


「それが…日用品の補給はどちらかと言いますとついででして…前回卸していただいていた回復薬が品切れしてしまいそうなので、そちらを卸して頂くのが本来の目的なんです」


 トニーさんはバツが悪そうに笑いながら、しきりに額の汗を拭いている。


「そうなんですか?まぁ立ち話もなんですし、どうぞお入りください。冷たいお茶でもどうです?」


「いやぁ、ありがたい。暦の上では秋になったとはいえ、山道を歩くと汗が滝の様に流れますなぁ」


 トニーさんは汗を拭きながらハッハッハと軽やかに笑うと、ラバを入り口の近くに繋ぐ。

 俺は持っていた汚れた食器を井戸横の水を張った盥に入れて、地下の貯蔵庫へ向かう。

 石を組んで作った階段をコツコツと降りて行き、貯蔵庫内の戸棚から木彫りのコップを2つ取り出す。

 そして貯蔵庫奥の冷凍庫から拳台の氷を二つ取り出して、コップに一つずつ入れる。

 そしてコップを抱えて玄関へと戻った。


 トニーさんは繋ぎ終えたラバに革袋の水を与えていた。


「お待たせしました。どうぞお入り下さい」


 俺はそう言ってドアを開けトニーさんを招き入れる。

 俺とトニーさんが一緒に部屋に入ると、ダイニングテーブルの横で寝ていたソールが頭を持ち上げトニーさんを見つめる。

 耳がピンと立って少し驚いた様な顔だ。


「やぁ!ソール、こんにちは。少し早いんだけど回復薬が足りなくなりそうだから卸してもらいにきたよ」


「ガウッ」


 トニーさんが挨拶し、早めに来た理由を話すとソールは納得した様に返事をして、また床に頭を下ろして目を瞑った。

 トニーさんは相手が魔物であろうともぞんざいに扱わず、丁寧に対応してくれる。


 俺は手に持っていたコップをテーブルに置いて砂糖を二つずつコップに落とす。ヤカンに入っていたお茶を注ぐと輪切りのレモンをのせ、軽くコップを揺らす。コロコロと子気味良い音を立てて氷が軽やかに揺れた。


 俺はトニーさんに椅子を勧め、彼の前にコップを一つ置いた。


「お疲れでしょう?砂糖を入れてますのでどうぞ」


「いやぁ、ありがたい。疲れた時は冷たくて甘いものに限りますな」


 トニーさんは嬉しそうにコップを持ち上げるとググッと半分ほど一気に飲み、一息ついてコップをテーブルに置いた。


「前回はずいぶん魔法回復薬を卸したと思うのですが、もう品切れとは需要が増えているということでしょうか?」


 俺は疑問に思っていた事をトニーさんに尋ねる。


「それが…最近王都では盗賊騒ぎが続いておりまして…王都の騎士団も必死に追ってはいるのですが、ギリギリの所まで追い詰めては、いつもスルリと逃げられてしまうのです」


「盗賊が……?」


「たった2人の盗賊らしいのですがね、どうも一般に所持を禁止されている様な珍しい武器を使うみたいでしてね、追い詰める際に怪我をする騎士の方も増えておりまして、騎士団がいつも以上に魔法回復薬をお求めになられるのです」


「なるほど、俺としては魔法薬を卸すのはかまわないですが、盗賊が捕まらないのは心配ですね。それに珍しい武器というのも気になります」


「はい、どうもずいぶん稀少な魔導武器の様でして、黒い筒の様なものを向けるだけで、その方向に炎の玉を連続で打ち出せる様なのです。この火の玉がものすごい威力らしく、レンガ造りの壁も簡単に爆破してしまう様ですよ」


 壁を爆破する程の火球とはなかなかの威力だ。

 王宮魔法士団の魔法士でもそれ程の火球を打てるものは少ないと思われる。また、それ程高威力の魔導武器も珍しく、非常に高価な代物であると考えられる。


「ここだけの話ですがね、たった2人の盗賊が高価な魔導武器を所持し、しかもこんなにも捕まえることが出来ないのは、王都内でそれなりの地位と財産のある者が支援しているんじゃないかと専らの噂でございますよ」


「なるほど、確かにそれも考えられますね」


 俺も手に持っていたお茶のカップを口に運ぶ。お茶の豊かな香りと共に優しい甘みが口に広がる。最後にレモンの爽やかな酸味がさっぱりとした後味を残し、喉を潤す。


「いやぁ、それにしてもリヒトさんはいつでも氷をポンッとお出しになるからすごいですな。王都では氷は非常に高価で、我々の様な平民にはとても手が出ません」


 トニーさんがコップの中の氷を眺めながら呟いた。


「地下に封印魔法を施した魔導具の冷凍庫がありますからね」


 封印魔法は様々なものを封印することが出来る。

 温度、時間、空間、音、映像…

 時間を封印すれば物の劣化や退化を防ぐことが出来るし、音や映像を封印すれば出来事を正確に記録保存することができる。

 使用者の想像力と応用力さえあれば様々な物を封印できるので活用範囲の広い魔法である。

 しかし封印魔法を施した魔道具を作るのは難易度が高く、条件や扱いが非常に難しい上に、作成者の魔力消費が大きい為、作成できる者があまりおらず、それら封印魔法を施した魔導具は大変貴重で高価な代物となってしまうのだった。


 温度を封印した魔道具である冷凍庫も俺が試行錯誤しながら苦労して開発したものの一つだ。

 作る工程が思いの外楽しく、また他の物を作ってみたいと思っている。


「そのうち冷凍庫の取引を検討して頂きたいですな」

 

 トニーさんは商人の顔になってニヤリと笑う。頭の中では凄まじい速さで儲けの計算がされていることだろう。


「王都は他に変わったことはありませんか?」


俺が尋ねると、トニーさんはポンと膝をうった。


「そうそう、誠に残念なお話がございますよ。盗賊の話題と共に王都はこの噂で持ちきりです」


 トニーさんが少し悲しそうに話しだしたのは、王太子殿下の婚約者である公爵令嬢が下級貴族を自室に連れ込み、こっそり淫らな行為に耽り王太子殿下を裏切っていたという内容だった。


 王室の威厳をひっくり返す様な前代未聞の大スキャンダルに王都内は大騒ぎらしい。


「まだお嬢様が幼い頃、公爵家とは懇意にさせて頂いていたんですけどね、お嬢様は偉ぶった所は全くなく、それはそれは可愛らしくて、私の様な一商人にも親しげに笑顔で声をかけて下さるお優しい方でした。その後公爵家とはご縁がなくなったので、随分長いことお会いしておりませんが、聞いたところでは王太子殿下の婚約者となられてから王妃修行と街で様々な奉仕活動に取り組まれておられた様ですし、まさか騒ぎになっている様なことをされていたなど……私はとても信じたくありません」


 トニーさんは一気に捲し立てるとガックリと肩を落とした。


「でもなぜその様な事が露見したんでしょうか?」


 俺は不思議に思ったことをトニーさんに尋ねた。


「なんでも音と映像の封印魔石に逢瀬の証拠映像が撮影されていたらしく、言い逃れ出来ない状態だったらしいんです」


「封印魔石…それはまたずいぶん高価な代物ですね」


「はい、お嬢様の妹君が証拠を提出されたそうでございますよ」


 話を聞いて俺は何となく違和感を感じた。

 普通は隠しておきたい身内の恥をわざわざ証拠として提出するとは、なんとも言えない不自然さを感じる。

 それに噂が王都内に広がるのも随分と早い様に感じた。


「お可哀想なお嬢様……今日にも東の孤島にある修道院に追放されるとお聞きしています…もう私はお姿を拝見するのも辛くて、朝早くに出発してこちらに赴いてきたのですよ」


 トニーさんはしきりにハンカチで目頭を押さえ、鼻をすすりながらコップに残っていたお茶を静かに飲み干した。


 コロンと響いた氷の音がやけに寂しげに聞こえた。


 その後、トニーさんは俺の手元に残っていたありったけの回復薬を仕入れ、代わりに俺の衣服や肌着、チーズやバター等の乳製品、魔導書や紙、筆記具などを置いて、ラバを引いて王都へ帰って行った。

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