第一話
初めての投稿になります。
拙い文章ですが、どなたかの暇つぶしにでもなれたら幸いです。
カーテンの隙間から差し込む暖かな朝日と鳥のさえずりで俺は目を覚ました。
昨日干したばかりのシーツからは、やわらかなお日様の香りがする。
俺はベッドの中で大きく伸びをすると短い掛け声と共に体を起こした。
ベッド脇にはシルバーウルフのソールが丸まってまだ寝息をたてている。
「おはよう、ソール」
俺はソールに小さく声をかけ、その銀色に輝くフワフワの毛を優しく撫でると、ベッドから立ち上がり、顔を洗う為に外の井戸へと向かった。
裏口の扉を開け、大きく息を吸い込むと山の中の木々や草花の深い香りと朝の冷たくて清々しい空気が体を満たしていく。
「今日もいい天気だな」
綿毛のような雲が浮かぶ、真っ青な空を見上げ寝起きの掠れ声で呟く。
井戸の水を汲み、盥になみなみと水をはって覗き込むと、そこには灰褐色の肌と異様に目付きの鋭い大きな体の男がパジャマ姿で写っていた。耳は少し尖り、口の両端には小さな牙がのぞいている。短く切った黒髪は寝癖であちらこちら不規則な方向にはねている。
この強面の大男こそが俺、リヒトだ。
外見の特徴からも分かる通り俺はヒューマンではない。
俺は親の顔を知らない。
俺は赤ん坊の頃に、この山の中でばあちゃんに拾われ、育てられた。
母親と思われる女性は赤ん坊の俺を木の幹に隠すようにして抱きしめたままボロボロに傷付き、亡くなっていたそうだ。
山の中で魔物に襲われたのだろうとばあちゃんは言っていた。
ばあちゃんは外見が変わっている俺の事を全く気にせず、すぐさま連れ帰り、そして愛情をかけて大切に育ててくれた。
ばあちゃんは山の中で一人暮らしをしながら、魔法薬等を作り生計を立てている魔法士だった。
俺の外見と身体能力の高さから、ばあちゃんは俺がオークとヒューマンのハーフだろうと言った。
ハーフオークは、目付き、肌の色、牙の有無等オークの遺伝子を強く残した見た目をしている為、ヒューマンからは忌み嫌われている。
街の中で生活するより山の中で暮らした方が俺の為になると判断したばあちゃんは、俺を自分の側に置き、生きていく為の知識や技術等、様々なことを教えてくれた。
薬草や野菜の作り方、魔法薬の生成方法、衣服の繕い方、料理の方法、自分を守るための身体強化の方法、たくさんの魔法、読み書き等、上げるときりがないほどだ。
それから、ヒューマンの考え方や本質、物の価値やお金の取引を学ぶ為に変装して街の中にも連れて行ってくれた。
ばあちゃんのお陰で俺は世間を見渡す広い視野と物事を深く考える力を得た。
ばあちゃんの教育もあり俺は今もたくましく生活する事が出来ている。自分の持っているたくさんの知識を惜しげもなく俺に伝えてくれ、人の社会や暮らしを教えてくれたばあちゃんの事を思うと俺はいつも優しい気持ちになる。これからも頑張って生きていこうという力が漲る。
そのばあちゃんも一昨年の秋に亡くなった。ばあちゃんは高齢だったのでどうしようもなかった。治癒魔法も魔法回復薬も一時凌ぎにしか過ぎず、少しずつ緩やかにばあちゃんは弱っていった。ばあちゃんは息を引き取るその瞬間まで俺の未来の幸せを願い、そして眠る様に旅立った。
母が命がけで守ってくれたであろうこの命と、ばあちゃんが生涯をかけて教えてくれた生きる知識を大切にして、俺はこれからも強く自由に生きていく。
俺はもう一度深く息を吸い込むと、盥にはった水で勢いよく顔を洗った。ついでに髪にもバシャバシャ水をかけ、寝癖を直す。
顔を洗い終わり、タオルで水滴を拭っているとウィンドバードのマーニが大きな羽音と共に井戸の淵に舞い降りた。
「よぉマーニ。おはよう。今日も早いな。」
「キュッ、キュー」
「ははっ、わかってるよ。腹減ってるんだろ?」
「キュア!」
俺は地下の貯蔵庫からツノウサギの足の燻製を一本とってくるとマーニに投げて渡した。マーニは空中でそれを掴むと庭の柵に舞い降り、豪快に嘴でちぎり旨そうに食べ始める。
狩りは独学で学んだ。オークの血を引いている為なのか、身体能力は高かったので獲物を仕留めることが出来る様になるまでそれ程時間はかからなかった。
俺の狩りの方法は基本投石だ。遠方から頭部を狙う。空気を切り裂くような投石の一撃は強力でかなりの殺傷能力を誇るが、大型の魔獣等は一撃では仕留められない。仕留め損ねた時は、弱っているところに素早く近付いて素手で首の骨を折り、息の根を止める。
攻撃魔法も使えるが力加減が難しく、必要以上に素材と周囲に被害が出るのであまり使わない。
5メートル越えのレッドベアを仕留め担いで帰った時は、心配して待ってたばーちゃんに長時間の説教くらったな…。
思い出して自然に笑みが溢れる。
「マーニ、山で何か変わったことはないか?」
「キュッ、キュッ、キューイ」
マーニはウサギの肉を啄ばみながら答える。
「ん?ランド商会のトニーさんがこっちに向かってたって??」
「キュッキュー」
「そっか、ありがとな。トニーさんが来るのは時期的に少し早いけど何かあったのかな?」
マーニはウサギを食べ終わると日が昇り始めた東の空へと飛び立った。
東の山を越えた先には海があり大きな港街がある。マーニは東の巡回ついでに海で魚を獲るつもりなのだろう。
トニーさんが経営しているランド商会は、ここから西にある王都の平民街に本店を構えている。ランド商会との付き合いはかなり長く、もともとはばあちゃんが昔から魔法回復薬を卸していた商会だ。
この世界で魔法を職業とする魔法士は希少だ。
種族によって違いはあるものの、ヒューマンの中で魔力を有する者は、4割程度と言われている。
更にその中でも、魔力を強力な魔法へと変換し職業として実用できる程の強い魔法力を持つ職業魔法士はほとんどいない。
逆に言えば、職業には出来ないが小さな魔法をつかえる者はそこそこいる。
例えば、火の魔法で火花をおこし竈門の火種にしたり、風の魔法で空気の流れを作って部屋の換気をしたり、日常生活で使用する程度の小さな魔法は、けっして珍しいものではなく、そこかしこで見かけることが出来る。
そんな職業魔法士の中で、1番絶対数が少なく希少なのは治癒魔法士だ。治癒魔法士が希少であるが故に、怪我や病を治す為に治癒魔法をかけてもらうには高い費用が必要だった。
もちろん平民にそんな費用を工面することが出来るはずもなく、施術を受けることができず軽度の怪我や病で命を落とす者も少なくなかった。
ばあちゃんは、そんな人々を少しでも減らしたいと考えていた。
そして志が同じであり、唯一ばあちゃんが信頼していたランド商会の先々代と共に、魔法回復薬の材料を栽培から手がけ、質の良い魔法回復薬をより効率的に生成する方法を編み出した。
お陰で王都では魔法回復薬が平民にも広く使用できる環境となり怪我や病で亡くなる人も減少したと聞いている。
ばあちゃんが亡くなった後も、俺が魔法回復薬の生成方法を受け継ぎ、ランド商会に卸し続けている。
そして、その取引のついでに俺の日常生活に必要なものをトニーさんが持ってきてくれるので購入もしくは物々交換する。
長年の信頼関係が出来上がっているのでランド商会以外の商人とは基本取引しない。
俺の見た目にびっくりされたり、恐れられたりするので、街にも基本あまり買い出しには行かない。どうしても行かなければならない時はしっかり変装する。
顔を洗って寝癖を直した後、俺は寝室に戻り、パジャマを脱ぐとゆったりした麻のシャツと黒い綿のズボンに着替える。
キッチンで朝食の準備を始めていると、ソールが起きてきたので蒸し野菜と肉を混ぜた食事をだすと、美味そうにガツガツと食べ始める。
竈門に魔法で火を起こし、昨夜の残りのスープを温め直して、卵とベーコンを焼いている時に、俺の結界魔法が人の侵入を感知した。
この結界魔法もばあちゃんの教えの一つだ。ばあちゃんは様々な魔法を使いこなす優秀な魔法士だった。そんなばあちゃんが、なぜ王都ではなくこのアルバ山の中で一人暮らすことになったのかは結局亡くなるまで教えてはくれなかった。
そして俺が少し遅めの朝食を終えた頃、表の門扉が開く音が聞こえた。