そして……三人称は……
……あれから十年、大惨事が起きた駅構内は、その凄惨さを忘れるほど、すっかり落ち着きを取り戻していた。
今朝もまた、ごく普通のサラリーマン風の男性が、何時もの様に売店に足を運ぶ。
「おばちゃーん、新聞貰ってくよー」
「あいよー」
サラリーマン風の男性は、馴れた手付きで小銭受けに小銭を放ると、カウンターの前に並んでいる新聞棚から新聞をひとつ抜いていく。
「さてと……」
サラリーマン風の男性は、近くのベンチに深々と腰かけると、次の列車が来るまで、新聞を拡げゆっくりと読み始める。
「はー……『無差別殺人事件から十年経過。未だに手掛かり無し』……か」
男性が目を通したのは、あの凄惨な事件の記事。警察はあの事件を懸命に捜査したが、凶器も、目撃者も出てこなかった。
十年経った今も捜査は継続中だが、現状は変わらず、近々、情報提供者には懸賞金を出すという話も持ち上がっていた。
だが男性は、そんな昔の事件に興味が沸かないのか、さっさとテレビ欄に目を通す。
「……おっ!? 今日のクイズ番組、三時間のスペシャルじゃん!!」
そして自分のお目当ての番組を見つけると、上着のポケットから赤ペンを出して、丸を付け始める。
「録画候補は、こんなものかな?」
男性は丸を付け終わると、御手洗いに行く為、新聞をたたんで鞄にしまった。
「どっこいしょ……」
重い腰を上げる様にベンチから立ち上がる男性。胸の内ポケットから取り出した携帯電話で、誰かに電話しながらそのまま御手洗いに向かう。
「……あ、かのちゃん? 今日の三時間スペシャルのクイズ番組だけどさ、最優先で録画予約しといてくんない?」
電話相手は、男性の彼女だった。男性は、家にいる感覚で彼女と楽しく会話する。
「うん……うん……本当!? ありがとう、助かるー♪ うん、じゃーねー♪」
男性は、通話を終えると、携帯電話を胸の内ポケットへしまい、とても嬉しそうに御手洗いに向かう。
「……に……さん」
途中……男性は通路の端に立っていた女性に声をかけられる。
「え?」
「お兄さん……」
乗車時間がさし迫ったこの状況、何時もなら無視をするのだが……男性はこの時ばかりは何故か、惹き寄せられるように返事をしてしまう。
「俺のこと?」
「はい……通りすがりのあなたです……」
その女性は華奢で、目元まで隠れた黒髪は肩甲骨の辺りまで伸びていた。更に白い衣服は上下ともぼろぼろで、とてもみすぼらしい姿をしていた。
「何の用? 俺、急いでるんだけど……」
「いえいえ、お手間は取らせません……」
女性はそう言うと、顔を上げ凍り付く様な笑みを浮かべる。
「ちょっと……私の思い出を聞いて欲しいだけです……」
右手に……鉈を持ちながら……
おしま……い……