67: 薄明な騰悪魔
「あそこは沖縄かな?」
≪おお、じゃあ着いた?≫
「いや、まあ、日本には着いたんだけど、目的地にはまだまだ遠いかな。」
≪そっかぁ。おきなわ、綺麗だねぇ。暗いけど、島の周りが周りの濃い青と比べると明るい青できらめいて見えるよ。≫
「そうだね、私が悪魔じゃなかったら着陸して観光でもしたいんだけど。着陸したらすぐに軍隊とかが来そうだよ。」
にしても、本当にこの体は便利だ。
飛行機から見たような景色。
つまり、高度10000mあたりには居るんだろう。
気圧やら酸素やら寒さやらで普通の人間なら大変なことになってるはずだけど、特に何の問題もなく飛行できている。
そして、こんなところで普通にしゃべっても苦しくもならない。
もちろん魔法を使っているからというのもある。
牛鬼の権能で体温を無理やり上げたり、圧力耐性を付けられたり、と『身体能力向上』を曲解したような能力で体の定義をいろいろ変更できたことがこの現状を作り出していることは明らかで、魂力便利すぎである。
おまけに、力をかなり温存できている。
思っていたより悪魔の翼の飛翔能力は高く、加えて、この翼も牛鬼の権能で強化できる対象であることはこれの理由の大きな一つだと思う。
悪魔の翼がなければ、魔法で飛ばなければならないところをその分節約できているし、いろんなことが噛み合っていてうれしい。
あとは、亜空間収納。
化蛇の魂力の放出、より正確には空間に魂力の影響を広げる、という権能。
おそらく、こっちこそ『魔法の収容と変質』の影響が大きそうな変化だと思うけれど、この力もこの移動に大きく貢献している。
作った剣・銃・楯は、素材の影響でとても軽かったけれど重さがないわけではなく、空気抵抗も増えるしで、できることなら仕舞いたかった。
そんなことを思いながら、一通りあの島で能力を試している中で気づけて良かったと心底思う。
咲達と一回戦った時に魔法みたいなことをしているとは思ったが、多分、周囲の魔素の定義を変えて放出系魔法のような挙動をさせていたのだろう。
実際のところは分からない。
ただ、魂力が定義を書き換える力であると理解してから改めて戦っていた時のいろいろを思い出すと、魂力がやれることにしては、放出すると一言にいっても大分自由度があるなと思っていた。
そこからいろいろ試したら空間自体を直接定義変更できた。
消えてしまった化蛇さまさま。
以津真天の存在も大きい。
魂力まわりの話は牛鬼と化蛇が居なくなる前から私に対して教えてくれていた。
語り調が女性だから私も話しやすかった。
もし魂力まわりのことを教えて貰っていなかったら、あるいは、好戦的な2体のどちらかだけが残って、しかも牛鬼だったりしたら、すでにどこかで諦めていた可能性が高い。
特に、あの島からの脱出などほぼ不可能。
やるとしても、加工魔法で上手いこと船を作っての脱出になっていたと思う。
いざ出港したとして、その内方角が分からなくなって実質漂流、みたいな状況になっていただろう。
そして、荒波にもまれて、おぼれそうになったりならなかったりで魔力と体力を使い切って、肺まで海水でいっぱいになって溺死エンドになっていても、なんら不思議じゃない。
実際にそういう状況にならないとわからないけど、そうなったら無限の命を謳歌するための新しい生活を転移してきた北半球で始めていたかもしれない。
以津真天といえば。
「ねぇ、以津真天、ふと思い出したから聞きたいことがあるの。あの島に飛ぶ前に記憶がどうのとか地球がこうのとかって言ってた気がするけど、沖縄を見てなにか思い出すこととかない?日本語で喋ってることとか。」
≪急だねぇ。うん、なんか言った気がするけど、特に思い出せることはないかな。それこそ、今は仄葉が悪魔の母だって分かってるから、記憶の返還みたいなことができたりしてくれてもいいのだけど。≫
「それもそうね。できることならやってあげたい気持ちはあるんだけど、私は異世界の私とは違う存在だからできないと思うな。」
≪そうだよね・・・、無茶なこと言ってゴメン≫
「いやいや、謝ることではないけども。それこそ、謝るのはどちらかというと私側だしね。この話になるとすぐ暗くなっちゃうから、置いておいて。もう十数時間後には、戦いの最中かもね。」
≪そうだね、出立前に話した通り、話し合いで解決すればそれが最良の道筋ではあるけど、諸々を考えるとそんな平和なストーリーはほとんどあり得ないよね。≫
「ね。」
仮に私に翼・尻尾・角がなかったとしても、一度咲達と一戦交えている事実がある以上、皆が考えることはなんとなく想像できる。
悪魔が完全に私を取り込んだ、と考える方が自然。
間違っても、「悪魔らしさがない!仄葉は悪魔を克服したんだ!その見かけなら大丈夫だね!」とはならないでしょう。
以前の戦いの時点でためらいなく魔法と刀で攻撃してきていたから、3人を含め好戦的なアプローチをされるのはほぼ確定といって差し支えない。
私も決意をしっかり持っていないと、普通に死ぬ可能性がある。
戦闘センスのある裏人格を以津真天に引き出してもらうとはいえ、気が散ったり、気の迷いが生まれたりすれば、簡単に消え失せる、そんな気がする。
間違いなく戦争学部の重機は駆り出されるだろうし。
だからある程度の準備をしてきたわけだが。
にしても、地理の授業で勉強した通り、この国は面積に対して全長が長い。
実際に見て、想像以上。
沖縄を左手に見つつ、鹿児島も同じく左手に見えかけている。
異世界に転移したとチロちゅんは言っていたけど、こう見るとそんな気はしない。
名前も忘れた宇宙飛行士が言っていたというセリフ「地球は青かった」が不意に頭を過るけど、宇宙から見なくても青さが分かる。
もう夕は暮れきって、青と言っても群青より暗い青だけど。
この暗さは眼下に見える都市部の人工的な光を目立たせてる。
戦地への誘導灯か、応援団のペンライトか、あるいは、死地への流し灯籠か。
目の前には底の知れない海と光のない空。
もう目的地にほぼついているというのにセンチメンタルになったところで、なるようにしかならない。
出立前に決まったはずの覚悟が崩れるんじゃないかと感じるほどの不安。
仕方のないことだけども、こうもブレる自分は初めてな気がする。
≪あんまり気負いしすぎると、できることも出来なくなっちゃうよ!≫
「そうだね、ありがと。」
≪うん。いけるいける!別世界の仄葉は悪魔を産み出して破壊の運命を背負ったけど、この世界の仄葉は違う。一人じゃないし、一人にならないための戦いなんだから。どれだけ傷ついても幸せに近づけるよ!≫
「カッコいいこと、言うじゃん。そうだね、私は別に皆に死を与える悪魔じゃない。」
≪そうそう!だから、落ち着いて行こう!≫
以津真天の激励を胸に、また、私は、翼を強く仰ぐ。




