46: 暗雲に昇る雨
「咲、そろそろ休憩しない?」
「うぇっ?う、うん。そうする。うっ、ゴホッゴホッ」
「ほら、無理するからそうなるのよ!」
そう言いつつ、私たちは稽古を中断する。
なんの稽古かと言えば、新しい力の練習稽古。
まあ、稽古というか研究の手伝いなのだが。
咲は大分前にハイエンリー神から曖昧なイメージほど強くなる魔法の練習。
私は、母上達が宮椋研究室に貸与していた抗魔の刀の練習。
正確にはこの刀の能力の検証。
これがどれくらいの規模の力を持っているかの検証を私と咲でやっている。
咲は抽象度の高い防御魔法を使い、私はその防御魔法に向かってこの刀の技を使っていく。
咲の主観と研究室の計測器の値を元に、この刀の力を診ていくというものだ。
1週間ほど前に、宮椋研究室から異形こと“可能性の生物”と悪魔、虫人について研究発表があった。
その翌日、私たちは呼び出されたわけだが、理由は“可能性の生物”でも悪魔でも虫人でもないことだった。
それは勿論抗魔の刀についてで、説明は宮椋博士からでなく、宮椋研究室に所属している魔法実技の授業の補佐の上島武雄助教授からだった。
上島助教曰く、上島助教を含む抗魔の刀研究チームは、これまた大分前に宮椋博士や私たちを含む7人でハイエンリー神に聞いた話を元にして、研究を大きく前進させることに成功したとのこと。
ハイエンリー神の話を知る前に分かっていたのは、抗魔の刀も魔法を使っていることと、複雑な機構を取り入れていること、かなり古いということ。
つまり、古代の異物であるということ。
研究開始後数ヶ月でそこまで解明できたが、それ以上進展させることが出来なかったらしい。
しかし、ハイエンリー神の話が参考にできそうで、メンバーの使い魔に『加護に祝杯を』することで降臨してもらえる分霊の皆さんの協力もあったため、研究室全体で進めていた狭義の魔法の究明がかなり進んだそうだ。
その結果、次のように細分化できる事が分かった。
ひとつは抽象魔法。これは、魔法使いが直感的に操れる狭義の魔法で、魔法行使時にイメージを必要とする。人間以外の一般動物や魔導動物、一般植物、魔導植物も使える。発生時に、精神性霊子が精神性魔子に、自然性霊子が自然性魔子に変換される。
ひとつは科学魔法。またの名を魔術。これは数式や化学式を魔素と反応する触媒で出来ている何かに刻むことによって、定量的な現象を発生させることのできる魔法。発生時に自然性霊子が自然性魔子に変換される。
ひとつは物理魔法。多くは地震や台風などの自然現象。無機物の性質以外の変化を引き起こす魔法。発生時に、その物質が保有する総含有魔素量が減少するか、自然性魔子が自然性霊子に変換される。
ひとつは性質魔法。物質の性質の変化の原因となっている魔法。単細胞生物や微生物などが主に使用する。発生時に自然性霊子が自然性魔子になるか自然性魔子が自然性霊子になるかのどちらかが起こる。
狭義の魔法について一段階踏み込んだ研究が進んだことにより、抗魔の刀について、次のことが分かった。
刀身は様々な未知の物質が混ざった合金によって作られていること。
刀身の根元の側面に、吸気し自然性魔素を抽出した後、それを刀身に蓄える魔術機構があること。
鍔が刀身に対し加熱や冷却・超音波振動などを与える物理機構を持っていること。
その物理機構は、鍔が上下に動く5重のダイアルを持ち、なにかを挿すであろう部分があることによって実現しているということ。
合金に含まれる様々な物質が鍔によって与えられた条件で変質し、吸気機構で蓄えた魔素を使い、物理魔法や性質魔法を発動させること。
それによって、バリエーションのある特殊な技を発動できるということ。
持ち手には、特定の血統に反応する鍵の様な役割を持つ性質魔法機構と握力を合金に掛ける圧力に変換する物理機構があること。
そのパターンについてはすでに発見されていて、見せてもらえた資料には103680パターンと記載されていたと思う。
それにこの数字は、鍔の挿入部分にどれくらいの種類のモノが入るかを考慮していないとも書いてあった気がするので、場合によっては1000万も下らないパターンが導き出されるだろう。
そんな『かもしれない話』は置いておいて、私達は呼ばれてから毎日大体休憩を入れて2時間、咲の調子が良ければ3時間やっている。
大体3分に1パターン試していて、1日最低30パターンを目安に頑張っている。
当たり前だが、このペースで全パターンを私達二人でやるわけではない。
それだけで10年の月日が過ぎる。
ひとまず11650パターンについて測定を行うらしい。
研究を本格的に手伝っている父上がハイエンリー神の教えを受けた宮椋博士を含む研究室メンバーに対して打ちつけることで、毎日500近いパターンを測定している。
このペースが維持できれば3週間強で必要分パターンの測定が終わるだろう。
抗魔の刀の研究はおそらく、対悪魔仄葉を考えて進められているように思う。
なぜなら、この刀の能力の研究は世間一般に対して何の利益にもならない可能性が高いからだ。
そんな研究に対して、博士は研究室の総力の4分の1ほどを充てている。
基本的に社会貢献のための研究をするのが若城大学の研究室の基本方針だ。
刀に使われている謎の合金の研究や、現役で使われている機械にない機構を持つ部分についての研究ならまだしも、刀の能力の研究だ。
間違いなく、悪魔仄葉を倒して正気に戻させるための一環としての研究だろう。
ただ、これが全く世間に対して利益がないかといわれればそうではないと思う。
スカイツリーをなぎ倒し人・物に多くの損害を与えた悪魔を討ち取る、という建前があるなら。
突如起こった悪魔の無害化が、全ての悪魔に適応されているか分からないから、という建前でもいいかもしれない。
「竜、そろそろ続き、やらない?」
咲の疲れが取れた少し明るい声で、私の意識は現実に戻ってくる。
「ん、いいわよ。もう大丈夫なの?」
「大丈V」
私たちは測定器に囲まれた部屋に戻る。
部屋の中のPCに映っているExcel資料の3674パターン目を見る。
鍔のダイアルを回す器械に置き第1ダイアルが127.5°、第2ダイアルが36°第4ダイアルが20°、第5ダイアル100°になっていることを確認する。
第3ダイアルを180°に変更する。
器械にOKの文字が出たら手に取りしっかり持つ。
抗魔の刀が、刃先が直線的な片刃モードで、刃の側面が平坦であることを確認する。
刀身の全長が縮み、厚さが増えたのを確認する。
咲がいつものドラゴシールドを張り終わっているのを確認し、斬りかかる。
ドラゴシールドに当たって鈍い音が広がる。
測定器が『ピー』と鳴る。
成功の合図だ。
私はまた器械で第3ダイアルを330°に回す。
厚さの変化が戻っているのを確認し、手に取り重みが増えているのを確認する。
ドラゴシールドを確認し、斬りかかる。
と同時にさっきの衝突より強い反動に私の体は耐えられず弾け飛ばされ転ぶ。
測定器が『ピー』と鳴る。
「びっ、びっくりしたわ。。」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫よ。」
「ようし、じゃあ次!」
次は第2ダイアルを108°に、第3ダイアルを0°にする。
刃の側面が鑢のようにギザギザになるのを確認し、持って重さが戻っていることを確認する。
ドラゴシールドを確認し、斬りかかる。
刃の側面はドラゴシールドに食い込まない。
測定器が『ピー』と鳴る。
(こんなものを仄葉に、使わなくていいことを願うわ)
そんなことを思いつつ、淡々と進め、本日の目標の3680パターン目に到達した。
「だはー!!疲れた~」
「お疲れ様。」
ひとまず咲を労う。
私なんて、器械を使ってダイアルを回して咲に向かって刀を振るって、Excelに実施日と名前をコピペするだけなので、ほとんど疲れない。
とそこに研究室メンバーの吉谷宇美先輩がジュースを持って労いに来てくれる。
「お疲れ様、咲ちゃん、竜ちゃん。」
「あ、お疲れ様です吉谷先輩」
吉谷先輩は学部3年生で、その代の第4席だ。
もちろん魔法使いで、得意な魔法は防御魔法。
ハイエンリー神のドラゴシールドを教えてもらったメンバーの一人。
真面目で優しく、面倒見も良い先輩だ。
宮椋研究室に入った理由は、就活に有利になると思ったからだそうだ。
大学院に行くかは迷っているらしい。
「お疲れ様です。今日もジュースを奢ってくれてありがとうございます。」
「いいのいいの。後輩らしく、奢られてて。いつも言ってるけど、私に返すんじゃなくて、部活の後輩とかこれから入る研究室で出来る後輩に奢ってあげて。その方が、幸せが増えるから。」
「さっすが、宇美先輩!ありがたく戴きます!」
ゴクゴクっと飲んで体を潤す。
「それにしても、そのフルボディスーツ暑いよね。一部の測定器から発射される人体に有害な波状体から身を護るためとはいえ。」
「そうですね~。初日は服の上から着てやったんですけど、服がビショビショになって着替えがなくて大変だったの、すごく覚えてます。あれから水着持って来てるんですけど、暑いのは暑いです。」
「え、竜、水着着てんの?」
「え?じゃあ咲は、何着てるの?」
「いや、なんも着てないけど?」
「…え、裸?」
「いや、だってめんどくない??」
………
まあ、確かに面倒だけど、直に着るのはちょっと抵抗があるというか、物理的に気になるというか、私が気にしている部分は私よりも咲の方が体積あると思うんだけども。
まあ、こういうことを言うと茶化されると思うので心の中に閉まっておこう。
「どしたの?」
「いや、何でもないわ。」
「ふーん?なんか、あたしの胸見てた気がするんだけど?」
「き、気のせいよ。」
「ほらぁ、気のせいじゃないじゃぁん。」
「はいはい、分かったから、帰るわよ。」
「へいへーい。」
言わなくても茶化されてしまった。
咲も今でこそ私がシラを切り始めたら話が平行線になるのを分かっているので、話を切り上げてくれたが、お互いの性格がよくわかってない時期は本当に面倒だった。
小学生のように喚き合って仄葉に諌められていたのも、もう4年くらい前の話というわけだ。
「今日も本当にありがとうね!ゆっくり休んで明日もお願いね!あ、あと明日から学校始まると思うけど、放課後辛かったら電話頂戴ね!」
「はーい!じゃあまた明日よろしくお願いでーす!」
「それでは、お疲れ様でした。」
「はいはーい!またー!」
と別れの挨拶をして、私たちは更衣室に向かう。
(冬休みも今日で終わりか)
なんて思いながらフルボディスーツを脱ぐ。
相変わらず脱ぎにくい。
背中にあるチャックをお互いに下げ合ってようやく着圧から解放される。
今日も汗でビショビショだ。
シャワー室に入って汗を流し、身体を拭いて髪を乾かせば、スッキリサッパリになる。
仕上げに備え付けのウォーターサーバーの冷たい水を飲めば“完成”だ。
今年は例年以上に刀に励んだなと夏を振り返りながら着替えていると、隣で着替えている咲が
「明日から2学期かー。明日起きれる気がしないなー!」
とチラッという効果音が付きそうな動きで私に振り向きながら言ってくる。
もちろん、ガン無視でスルーするのだが、咲も私のこの行動が何を意味しているのか分かった上でムクレ顔になりつつ「けちー」だの「頼りにしてるんだけどなー」とか貶したり煽てたりして私に起こすように促してくる。
まあ、仮に私が起こすことになるとしても、その前にあかりさんが起こしにいくのは最早既定の未来だろう。
そうこうしているうちに私達は着替え終わり、教授室にいる教授方4名に帰りの挨拶をして、廊下ですれ違う先輩方に挨拶しつつ研究室を出た。
「今日はちょっも温かいね!今年寒すぎてマジで凍え死にそう。」
今日は9月4日だ。
ワールドスイッチしても季節の流れは変わらなかった訳で、そしてなんなら例年より寒い。
というか、例年なら既に春の兆しが来る頃だ。
しかし、今年はワールドスイッチの影響なのか春の気配はなく、全く寒気が収まる様子がない。
単に地球寒冷化が進んでいるだけとも考えられるが、だとすると去年からの変化が急激すぎるなとも思う。
「本当ね。少し温かい気がするわ。」
ただ、本当に少しだとは思う。
昨日の最高気温が1℃、今日が3℃で、今の時間が14:00頃だから、体感少し温かいという感じだ。
シェアハウスまでは徒歩10分だが、海漓和に電話してグリフォンの(グリフォンの名前)君と迎えに来てもらえば20秒くらいで帰れるだろう。
だから今日も迎えに来てもらおうと咲に提案してみる。
「どうする?今日も海漓和に電話する?」
「えー、竜歩くのやなの?せっかく少し温かいんだから今日くらい歩かない?」
まさか断られるとは思ってもいなかったが、確かにその通りなので
「確かにそうね。じゃあ歩いて帰りますか。」
そう答えて歩きだした。
枯れ木の森を歩く。
赤や黄色や茶色の落ち葉と枝をザクザクボキと踏みながら。
お互い喋ることがほとんどない。
耳に葉と枝が壊れる音が広がるだけだ。
帰るまで特に口を開くことはないかなと思っていると
「ねえ、この冬休み、どうだった?」
と咲に聞かれた。
「どうだった」という曖昧な質問だが、
「そうね、シェアハウスに入る前の感じに近かった気がするわ」
これが素直になにも考えずに出る答えだ。
「それってやっぱり、ほのが居なくなったから?」
どうだろう、1人の時間というと語弊があるが、シェアハウスのメンバーといる時間が去年と比べて圧倒的に少ないことを考えるとそれだけではない気がする。
なので、私の答えは
「え?あぁ、それも1つではあるわね。」
となるわけだが、荒げた声で
「それってほのがそんなに大事じゃ無かったってこと?!?!」
と言われてしまった。
もしかしたら、オドがかなり汚れているのかもしれない。
つまり、精神的に不安定なわけで、おまけに、いつもの能力罰の症状と違う。
言葉に気を付けて答えないと寒空の下で喧嘩するはめになりそうだ。
「言い方が悪かったわ。仄葉が居なくなって、代わりにあかりさんとフィーロアさんが来たでしょ?それで家に居いてもやることがなくなったから、部活に勤しんだり父上と稽古したりで、刀道に打ち込む時間が相対的に増えて、昔に戻ったみたいって言ってるだけよ。」
「なにそれ、答えになってない。」
(あー!面倒くさいわ!)
と思ってしまった。
しかし、どうやら、別に精神が不安定な訳では無さそうだ。
私の今の話を聞いて、冷静に質問と解答を読み解いて、私が敢えて明言しなかったことについてしっかり指摘してきた。
私とて仄葉が嫌いなわけではない。
ただ、大事かどうかでいうとそこまで大事というか深くはないのだと思う。
信頼はしているし、この5年弱で大切な家族のような存在になったことも間違いない。
これをそのまま言って今の咲に受け止めてもらえるか分からない。
しかし、あまり間を置いてしまっても余計に咲が面倒くさくなるだけだ。
「私にとって仄葉は家族と同じくらい大切な存在よ。咲が仄葉のことを想っている気持ちよりは劣ってるかも知れないけど。。。」
(これなら納得してくれるかしら)
不安になりながら正直に言う。
「ならいい」
どうやら理解してくれたようね。
良かったわ。
この流れとこのイヤな空気で聞き返すのもどうかと思ったが、私としてはなんか逆ギレされた気分だったので迷わず聞き返す。
「そういう咲はこの冬休みどうだったの?」
「…虚無だったわ。ほのもふうも居なくなっちゃって、あたしは辛かった。ふうとは一応話せるようになったけど。」
そうだったわ、楓さんは一応戻ってきたことになってるけど、“元気”な訳ではないのよね。
咲にとって仄葉は姉のような存在で、楓さんは咲の親友。
そんな二人と長期間離れることになってしまった訳だ。
でも、虚無って言うトコロに少しカッとなって。
「虚無?それって私と海漓和じゃ何の足しにもならないってこと?私は仄葉だけじゃなくて咲のことも同じくらい大切な存在だと思ってたけど?」
言ってしまった。
同時に家に帰るまでに存在する唯一の横断歩道に引っ掛かる。
訪れる静寂。
この交差点は交通量が多い。
聞こえるのは鉄の塊が風を切る音だけ。
信号が青になる。
咲はなにも言わずに歩きだす。
少し咲の方を向いてみる。
表情は読み取れないが、微かに身体を振るわせているのが分かる。
私も渡り始める。
渡り終わっても無くならない静寂。
このまま私達は無事に家に着いたのだった。




