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40: 石、捻じれれば、砕け散る

「はぁっ。なんで俺はこんなことを研究しているんだ…………」


俺は思いがけず、そんな言葉を吐く。


『なぜ虫人や悪魔と日本語で会話が出来るか』

そんなことはどうでもいい。

仄葉の現状を把握できそうな推測材料があれだけあった。

しかし、今は状況が変わり、手札には1ヶ月ほど前から何も変わらないカードしか残っていない。


……


(いや、俺が逃げているのか……

仄葉の現状が間違いなく悪い方向に進んだであろうという直感が俺の中にあるから………

気を紛らわせるために、ハイエンリー神のあの言葉が気になっている気がしているだけなのか………)


もっと過去の研究を掘り下げるべきだ。

別に何もないわけでは無い。

新しい資料がなくなっただけだ。


よく考えれば、ハイエンリー神から色々教わったではないか。

『なぜ虫人や悪魔と日本語で会話が出来るか』という、少し気になってしまうセンテンスのせいで復習などをしていなかったが、ワールドスイッチングやマジックオルタレーション、神の役割とその実態、悪魔も虫人も人類である事、その他もろもろを何も検証していないではないか。


(全く、本当に俺は何をやっているんだ…………)


それに、異形は完全に姿を暗ましたが、悪魔はまだちらほらと観測はされている。

だが、目撃情報がめっきりと無くなった。

異形も悪魔も一ヵ月前まではスカイツリーの倒壊以外でも全国で様々な損害を出していたのにも関わらず、7月半ばから目に見えて被害件数と被害発生地域が減った。

7月が終わる頃には、ワールドスイッチングに巻き込まれる前とほぼ同じ生活に戻っていた。

世間体で見ればとても喜ばしい。

もう学徒動員の様に学生達を戦力として扱わなければいけないような事態にはなりそうにないだろう。

それに、悪魔によって行方不明にされていた人たちも一部戻ってきていると市の方から報告があったし、とてもめでたいことだ。


学長は対異形訓練を参考にしたモノを教育カリキュラムに加えると言っていたが、やめておいた方がいい気もする。

見方によっては軍の訓練と相違ない。

ワールドスイッチングされた南半球全ての国・地域で異形・悪魔が居なくなった今、国外だけでなく国内からも誤解を受けそうな行動は避けた方が良い。


不謹慎ではあるが、俺としてはせめて悪魔だけでも蔓延っていてほしかった。

完全な私欲だ。

しかし、自分の娘を助けるためには悪魔の研究が必要なのだ。

そんなことを言っても悪魔が復活したりはしないが。


(はぁ、集中できていないな。また益体もないことを考え耽ってしまった…………。少し、外の空気でも吸いに行くか。)


そう思い、室長室から出てメインホールを抜け玄関から出て牛押丘北公園の大木の根元にあるベンチに腰掛ける。


「おう、椋平博士、休憩か?」

「うぉあっ!……あぁ、雅清(まさき)さんでしたか……」

「はは、大分疲れているみたいで。驚かせてしまって悪いな。」


(ハズイハズイ。なんて情けない声を出しているんだ俺は…)


「いや、大丈夫ですよ!ちょっと集中できなくってですね……」

「そうなのか……。それで、研究はやはり進んでないのか?」


(「やはり進んでないのか」か。本当に、ダメだな。いい加減切り替えなければ。)


「ははは。はい。進んでいません……。」

「そうか……。確か、今は『なぜ悪魔や虫人と日本語で会話できるか』について研究しているんだったな」

「はい…。でも、いい加減、腹を括って悪魔と異形についての研究を深堀しようと思ってまして…。」

「……その心は?」

「仄葉の現状を推測するのが怖くなって『なぜ悪魔や虫人と日本語で会話できるか』という研究に逃げた気がしてるんです。でも、もちろん仄葉がどうなってるのか気になりもして……。結局、どちらの研究も中途半端で……。


流石に、そろそろヤバい気がして、悪魔と異形について研究しなおそうと思い至った感じです。」

「なるほどな。でもなんだ、少し活力が戻ってきたようだな。7月末あたりから死んだ魚の様な目をしていたから何も出来ていなかったんだろうとは思っていたが、ただ真実を知るのが怖くてヒヨってただけなんだな。よかったよかった。今の博士の目には、多少の精気があるように見える。


なんにせよ、博士は2週間くらい休暇を取らないとダメだな。そんな中途半端な気力じゃ、何の成果も出せないさ。俺にとっちゃ、博士がどっちの研究をしようが構わないが、もう少し色んなことを考えたらどうだ?アラフィフのおっさんが集中できる時間は限られてる。気力もないのに研究室に1ヵ月籠ってたんだ。色々おかしいハズさ。


じゃ、俺は帰るからな。体に気ぃ付けて頑張れよ。」


そう言って、雅清さんはスタスタと住宅街の方に戻っていく。


どうやら俺はかなり心配されていたようだ。

自己管理も出来ないアラフィフとはなんと情けないことか…………。


しかし、2週間も休暇なんか取っていたらますます不安になるだけだ。

もちろん雅清さんの言う通り、十分な気力のない状態で研究が進むとも思えない。

1週間くらいは休暇しよう。


(そうだな。木漏れ日浴もいいかも知れないけど、体を動かした方がいいな。

この一ヵ月、マジで運動してなかったからな。

うーん、そうだなぁ、久しぶりにゴルフでも行くか。)


研究室に戻りつつ何して休むか考える。

メンバーキーをセンサーに当てて開錠し、ウィーンといって開くドアを通り抜ける。

メインホールには、研究員と学科生と修士生が休憩を取っている。

いや、研究室から出る前にも居たのかもしれない。

俺が見えていないように感じていただけで。


「朝川達は今休憩中か?」

「っ!は、はい、博士!も、もしかして、怒ってますか?」


なにやら皆物凄く驚きとその他様々な感情が混ざった顔をして、じっとこっちを見ている。

妙な緊張感すら漂い始めたような…………。


………


(あ、声かけるの久しぶり過ぎて、怒っているように聞こえたのか?)


「ああ、いや、まったく怒ってなんていないよ。最近、周りの事を見ていなかったなとふと思っただけだ。皆、そんなに緊張しなくていいぞ?何か悪いことをした訳でもないだろう?」

「ああっ、そうでしたか!なんか失礼な事言っちゃってすみません…。最近、博士煮詰まってて怖くて…、あ、なんでもないですっ!」

「ははっ、すまないな。それで、突然だが、俺は一週間くらい研究室から離れることにする。一度脳みそをリセットしないとやってられなくなってきたからな。君たちもどこか遊びに行くなりしていいぞ。それじゃ、邪魔して悪かったな」


さっきの雅清さんのごとく、言いたいことだけ言ってその場を離れる。

今の俺の突然の声掛けに対するボヤキとか、真っ先に朝川に声を掛けるあたり俺がスケベだなといった軽口をあとに、俺は研究室とは別の個室に入った。






15分ほどで運動着に着替え終わった俺は、裏口からゴルフバッグを運び出し、私用ミニバンの後部座席に積み、そのまま隣に座る。

エンジンをかけ、カーナビで目的地を設定し、始動を指示すると、ゴルフ場に向けてミニバンは走り始める。

ゴルフ場までは車で5分もかからないが、急な坂で有名なこの町のアラフィフでゴルフバッグを担いで歩く人は居ないだろう。


改めてこの町は高低差が激しいという事をしんみり体感する間もなくゴルフ場に着く。

冬休みの期間だが、流石に平日の14時なので車は少ない。

ささっと2h打ちっ放しで2階の真ん中あたりの打席を取り、その打席に向かう。


(ん~~!!!!マジで久しぶりだな!!なんだかんだ忙しくて1年ぶりくらいなんじゃないか?2hでとったが筋肉持つか!?まあいい、やるか!)


スパイクシューズに履き替えて、屈伸やら伸脚やら前後屈やらの軽い準備運動をし、受付するのと一緒に買ったグローブを付けて準備完了。


打席に入って、軽く3素振り程。

悪くない。

やはり、体は覚えている。


自動球出し機を起動し球を出してもらう。


(よし。いくぞ!)


  スィッ

  フュォッ

  カキィー

  グギッ


(あ~~~~~っ!!!!いったぁ~~~~~い!!!!!腰ぃぃぃぃぃぃ)


1年ぶりの急な運動に腰は耐えられなかった。


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