34: 後光さしても龍の吐息は臭い
土曜日の昼食後。
俺は部屋の奥まで差し込んでくる日差しに目を細め、少しぼーっとする頭を掻き毟りながら研究内容を纏めている。
「博士、そろそろあの子達が来るお時間です。」
研究助手のその一声で我に返る。
(そうか、もう14:00なのか。やはり、時とは無慈悲に過ぎていくなぁ。)
そんなことを思いつつ、水曜日に突然咲君から電話がかかってきたことを思い出す。
『あ、紫岸咲です、ご無沙汰しております。突然申し訳ございません!あの、先日の異形襲来時に私達が起こした一連の騒動についてお話ししたい事があるのですが、お時間を頂けないでしょうか。』
たしかこんな感じの話し出しの電話だったと思う。
咲君の声で丁寧な口調というのがあの時の檄を思い出してしまって、思わずノータイムで来訪を許可してしまったわけだが、わざわざ俺に会いに来て話すくらいだ。
なにか大きな発見でもあったのだろう。
今となっては期待の方が大きいかもしれない。
なぜか少し緊張気味な体を無意味な思考で和らげていると、研究室のインターホンが鳴る。
カメラで確認すると、シェアハウスのメンバーと知らない子、そして見たことがあるようなないようなドラゴンの使い魔が映っている。
予定通りなのを確認してドアロックを解除する。
少し経って、会議室に多くの足音が近づいてくる。
コンコンコン
「入ってくれ。」
と声を掛けると、
「失礼します。」
と咲君の声が聞こえて、そろそろ、ふわふわと部屋に入ってくる。
「研究お疲れ様です。こちら、差し入れでございます。」
フィーロアさんから差し入れを貰って、代わりに紅茶をテーブルに置いて話し出せる雰囲気を作る。
保護者二人組とふわふわ組が俺から見て奥、高校生組4人が俺と話しやすい手前に座るのを見て、俺は軽めの口調で切り出して話を聞き始めた。
海璃和君・爛梨さん・フィーロアさんからは異形襲来時の戦闘で分かった事について、
竜君からは海璃和君探索中の話とその際に見つけた恐らくマナであろう塊について、
咲君からは彼女が気絶によって神の領域に踏み入れてしまった時の事と魔法自体、そしてそれの行使に関する新しい考え方について、
そして、初対面の子、陽田楓君とシュニーさんからは楓君に虫人と悪魔が憑いていて、それらが楓君の体の奪い合いをしている事について、
それぞれ話してくれた。
どれも有意義な報告で、とても研究意欲がわく。
異形との戦闘データは未だ皆無に等しかったが、3人の話を聞けたことでより賢い生物群であること、そして、想定していた以上に危険であることも確認できた。
竜君のマナの塊と思われるモノの話もマナの定義を覆す報告で、尚且つ先日の他の教員からの報告と一致していて確実性のある情報であるというのもありがたい。
なんといっても、それによって咲君は神の領域に踏み入れてしまったわけだ。
そして、そこで咲君は魔法それ自体と行使に関して新しい見識を得られたわけで、それも研究のやり甲斐があるテーマであると同時に新たな知識となった。
俺としては楓君の話が一番興奮した。
楓君に研究の協力をしてもらう事ができれば、仄葉を助けるための第一歩だ。
他の事案として原因不明の行方不明者多数の件があるが、それが悪魔の憑りつきによる現象であることは多くの学者達との研究によってほぼ確定であり、それを解決するためのきっかけになる報告だ。
俺はとても満足して、「今日はわざわざ報告に来てくれてありがとう。こういう報告はアポイント要らないからいつでも来てくれていいぞ。」と言った。
しかし、咲君の目線は「まだ終わってない。むしろ、本題はここから。」と訴えていた。
(まじか、ここからが本題だったか。なんとも恥ずかしい早とちりをしたものだな。)
気を取り直して、別に何も恥ずかしい事はしていないという風に、俺は冷ややかにも感じる皆の目線を浴びながら言う。
「ん” ん”っ。それで、他にも話があるのかな?」
「はい。それで、内容なんですけど、そこのクソr、あ、間違えた、ハイエンリー神がどうしても博士に伝えなければならない事があると言うので、連れてまいりました。」
「うむ。ありがとう。咲。いや、久しぶりだな、椋平よ。あれ以来だな。」
「あ、お、お久しぶりです、、、ハイエンリー神でしたか。。。。」
(見覚えがあったのはそういう理由か…………。
それにしても、さっき咲君はなんて言いかけたんだ?今もなんか苦虫を噛み潰したような顔してるけど……。)
「一体どのようなご用件で……」
「話すことはたくさんある。ゆえに早速だが話を始めようと思う。まずは、この世界の特異性についてだ。」
(あ、はい。)
「我々神の全力的精査によって、この世界が稀に生成される“ズレた世界”であることが分かった。
“ズレた世界”は正確には“有角世界”というのだが、これは第六次元軸の霊軸又は第七次元軸の夢軸方向に角度を持っている世界の事だ。まあ、このように言われても理解できないのは分かっておる。お主らが理解できそうな解釈で説明するなら、ズレていない世界同士の時軸は平行だが、この世界の様な“ズレた世界”の時軸は“ズレていない世界”の時軸と平行でない。これによってなにが起こるか。まあ、簡単な事だ。時軸が交差する。
ほとんどの場合、いや、これまでの場合であればそれ自体に問題はない。時軸が交差したところで他の次元要素が完全に重なるとかいう事がない限り、それぞれの世界に何らかの影響が出ることはない。
しかし、この世界の素世界には前例のない魔法が含まれていた。その魔法にそれぞれこう名前を与えた。
『世界の奪取と放射』と『魔法の収容と変質』。
ここでいう魔法は勿論のこと、先ほど咲が説明していた真の意味での魔法だ。
『世界の奪取と放射』は、この世界の“無意識”が何らかの基準を元に、次元軸の値を無視して他世界から様々な要素を奪取、自世界の要素と置換、置換された要素の放射、を行うというモノ。
『魔法の収容と変質』は、他世界の素世界の魔法を自世界に取り入れ、既に有している魔法と齟齬の内容に改変するというモノ。
我々神の目線から言っても面倒極まりないモノだ。
そして、その『世界の奪取と放射』が先ほど説明した時軸の交差時に、未解明の基準に達した時発生する。
それが、この世界を滅茶苦茶にしている原因であり、我々が特異的であると結論付けた理由だ。
素世界とは、“可能性派生”を一度もしていない世界の事だが、我々としても久方ぶりに新手の素世界に出会う事になった。
“可能性派生”も言葉の通りで、お主らも聞いたことがあると思われる『パラレルワールド』の発生の原因となる現象の事だ。森羅万象が発生するたびに“可能性派生”が行われ、第十次元軸の超軸に値を得、数多の時的可能性平行世界となって“現界”する。その後、素世界の有する魔法と齟齬がない、もしくは各存在の運命に大きく反しない場合は存続し、また、齟齬ある場合や運命に大きく反する場合は“現界”直後に消滅する。
わざわざこの二つの言葉を説明したのは、もちろん『世界の奪取と放射』の害悪性を説明するためだ。
ここまでの話を理解できていれば、異常性が分かって来るはずだ。素世界の魔法は基本的にパラレルワールドに複製される。あらゆるパラレルワールドで『世界の奪取と放射』が発生するわけだ。まあ、これに関しては我らが管理するのが少し面倒くさくなるというだけだが、もちろんお主らにとっても危惧すべきことがある。避けられるかどうかは別としてな。現にお主らは他世界の惑星・太陽系と不可逆的な合体をさせるという、恒星系規模の『世界の奪取と放射』に巻き込まれ、平穏な日常は消えた訳だ。
唯一の救いは、まだこの惑星が放射された方でないという事だ。これに関する調査は未完了だが、放射された部分がどのような結果を辿るか確認できていない。
楽観的な予想としては、他世界の奪取された部分に収まって、その世界の法則に従って生活、という事になるが、狭義の魔法・魔術が使えない世界だった場合、ここに居るメンバーのほとんどは力も経験も何一つ活かせないし、一緒に来た機械などが狭義の魔法・魔術を利用していた場合使えなくなる。この世界の魔法使いは魔法使いでない人間にはない器官があったと思うが、それが機能できなくなる可能性があって、それによって人体に悪影響があった場合、端的に言って死ぬ可能性が高くなるわけだ。
悲観的な予想としては、放射された瞬間に何もかもが消し飛ぶといったところか。痛みもなく、存在ごと消されるだろう。
今回は、南半球だけを残して惑星的周囲環境と北半球をスイッチングされて、それぞれの世界の魔法をオルタレーションして、楓のような事例がついに発生してしまったわけだ。
どうだ?ここまでついて来られているか?」
…………
中々にショッキングな話だ。
もし、今回放射されたのが南半球だった場合の絶望が計り知れない。
俺の知る・分かる限りでは、今回のスイッチング前に研究室メンバーやシェアハウスのメンバー、親戚や友人の中で北半球に行っていた人は居ない。
しかし、地球規模で考えればどうだ?
海外出勤なんて珍しいことではないし、留学やホームステイ・旅行だってしていた人が居る訳だ。そうでなくても、そもそも北半球にも人が住んでいたわけで、今の話を鵜呑みにするなら死んでいない方がおかしいぐらいの話だ。
時間をかけて話を反芻するたび、死のガチャが自分に、そして身近に起こらなくてよかったと思えたのか、高校生組の顔色はあまりよろしくない。
ハイエンリー神も理解する時間を与えてくれているのか、何もしゃべらない。
しばらくの沈黙の後、ついに一人目の質問者、楓君が口を開く。
「え、えっと、確認なんですが、つまり、この?いや、今、私達がいる世界、便宜上『Sワールド』と呼びますが、Sワールドは既に3つどころじゃない数の世界の集合体という認識で合っていますか?」
「そうだな。数などは数えていないが、兆や京も軽く超すくらいだろう。その分、魔法も曖昧に、そして、大量にオルタレーションされているだろう。」
俺も楓君に続いて、ハイエンリー神に問う。
「先ほど、「ワールドスイッチングを避けられるかどうかは別として」というような事を仰っていたと思うのですが、避けられる方法があるのですか?」
「うむ。それに関しては後のテーマで話す。」
「では、Sワールドの地球の北半球の住人の生存確率は?」
「そうだな、放射された部分が必ずスイッチング先の世界にハマると仮定した場合、Sワールドのパラレルワールドの数にもよるが、他の世界のパラレルワールドが発生する確率よりSワールドのパラレルワールドが発生する確率の方が高いことを考えると、50%は超えると思うぞ?放射先がない場合も含めると30%程度と言ったところか…………。」
…………
再びの沈黙。
(思ったより可能性はあるが…………絶望的なのは変わりない。
そして聞くべきではなかったな。空気が悪すぎる。)
さらに、フィーロアさんがいつもより明るい声で続く。
「では、この世界に魔法や様々な異能があること、それぞれの異能に様々な異なる制約がある事、その他様々な技術の発展などもオルタレーションの賜物というわけですか?」
「そういう事だ。」
「不安定な代わりにとても便利な世界なのですね。」
「うむ。実は我々神にとってもSワールドの住人やモノに対して干渉のしやすさを覚えていたのだが、これもオルタレーションの影響があると思われる。」
フィーロアさんが明るい話題に転換してくれたおかげで、空気が少し良くなった気がする。
アイコンタクトでフィーロアさんに感謝の意を示す。
フィーロアさんからは少し不気味な笑顔が返って来た。
恐らく、もう少し色々考えて発言をするように注意されたのだろう。
さらにさらに、咲君も続く。
「じゃっ、じゃあ、昔の魔法使いが他の世界を覗く魔法に成功できたのも?」
「そうだな。それはSワールドが“ズレた世界”であったから出来たのだろう。」
そして、海璃和君も。
「それで、合体に関しては不可逆的と言っていましたが、それは神の力を持ってしても可逆的に出来ないのですか?」
「実は、これは次のテーマに関わる。
どうだ?質問がなければ、次のテーマに行こうと思うが。」
(とりあえずはないが、この話結構長くなりそうだな。ハイエンリー神がさっき、俺の一つ目の質問に「後のテーマ」で答えるといっていたからな。それで、次のテーマはなんだ??)
「どうやらなさそうだな。では、次のテーマに移ろう。
テーマは、多くの世界で“神”と称されている存在、我々の正体についてだ。」




