25: 火気推奨のプロパンガスと空まで届くシャボン玉
たまには、お昼に上げてみようかなと。。。
海璃和たちを見送ってから、なぜか懐かしいと思う風に充てられていると、何やら黒い雪の様な何かと共に心臓を騒めかせる音波と感情を揺さぶる情報が耳に届きます。
『麻摩市市役所から避難警報です。稲崎台南部で異形の大量発生を確認しました。進行ルートは若城大学方面に向かう北方面と想定されます。市民の皆様は可及的速やかに近くの指定避難所に避難を開始してください。数十分後には到達する見込みです。繰り返します……』……
……
…
あら、こんな朝早くから警報ですか。しかも、噂の異形…。
その上、大量発生ですか。
進行方向は大学方面ですし、海璃和達も戦闘することになりそうですね…。
お願いだから、無事でいてください……。
「あ~、マルちゃん聴いた?異形、ついに近くでしかも大量発生しちゃったね…」
はあ、そのマルちゃんって呼び方辞めて頂けないでしょうか…、まあ、もう何回も言っているので、辞めてはくれないでしょうね…。
「ええっと、はい、私たちみたいに戦闘訓練している一般の方は少ないでしょうから、とても怖いと思います。」
「一般て…、まあいいや。マルちゃんは怖くないの?」
「怖くないと言ったら嘘になりますが、それよりも」
「娘の事が心配?」
「勿論です。そういう爛梨さんは咲さんの事心配じゃないんですか?」
「ん~、まぁ、心配ではあるんだけど、なんか大丈夫な気がするのよね。」
そんなものですか。私が心配し過ぎなのでしょうか……。
ああ、でも私が海璃和を心配するのはよく考えれば当然ですね。海璃和は一人で戦う事になったと言っていましたし…。
でも、やはり、進行方向が大学方向ということは、この家付近にも間違いなく来るでしょうし、戦闘訓練の成果を見せるときが来たようですね。勇姿を娘に見せられないのは少し寂しいですが。
「じゃあ、私たちもやっちゃいますか!!」
「はい!…………。やっぱり、顔に出てますでしょうか。」
「うん、まあ、はっきりとじゃないけど、何となくやる気を感じる顔つきだったよ?」
「そうですか。まあ、やってやりましょう!」
そう言って、少し騒がしい街の空気に触れる事10分ほどで、森のほうから異質な雰囲気が感じられるようになりました。
異形が近くに来ているという事が肌に伝わってきます。しかし、未だ特別な何かは姿を見せません。
「爛梨さん、何か見えますか?」
「うーん、怪しい雰囲気は何となくわかるんだけど、マナ探索には引っかからないね。でも、その聴き方だとマルちゃんも雰囲気は感じてるのかな?」
「はい……。雰囲気しか分かりません。音もしませんし、地面の振動も感じません」
「だよねぇ。」
市役所の監視カメラなどが壊れていない限り、情報が誤る事はあり得ません。実際に肌で感じているし、存在が近いことは間違いないはずなのに、大集団の気配を感じることが出来ません。
「これはあれだね、森の中を行軍してるんだね。宮椋先生曰く、知能は相当高いって言ってたし、見つからないように森の中を進んでいるって考えた方が納得できる。」
「なるほど、それはあり得る話です。まあ、そうだとしても大集団が近くにいるとは思えない静けさですけどね。鳴き声も出さず、振動も出さず、姿も一瞬すら見えない。これでは、学区にたどり着くまでに私たちができることはありません。」
「そうだよね。でも、こうなったら森の出口の方に向かった方がまだ会敵する可能性高いし、そうしよう?」
「そうしましょう。ここで待っていてもどうしようもありませんし。」
そう言って、進もうとした直後、行く手を阻むように森の方から、背中にもやのある硬そうな羽を持った鶏みたいな動物が目の前に現れます。
「マジかっ!急に戦闘になったら私たち普通に死ねる!けど、攻撃型の生き物じゃなくてよかった…」
「それよりも!早くお願いします!」
「分かってるって!落ち着いて!」
いやいや、落ち着いてられますか、確かにあの鳥が攻撃特化型だったら、私は既に死んでいてもおかしくはないですが、そうでなくてもそういう感想は後でもいいと思うんですよね!!!
…ふぅ。
そう心の中で愚痴をこぼしている間に、爛梨さんは私のバトルフィールドを作ってくれます。大人ひとりをまるっと飲み込めるサイズの水球が、鈍色に輝く妙鳥との間に浮いています。
私は用意しておいたマスク型補助呼吸器を手早く装着して、水球に飛び込み間髪入れず、流体の操作に集中します。
私たちこのシェアハウスの保護者二人の戦い方は、とても特別だと思います。
その要因は私の異能、水中でのみ流体を操作できるというモノにあります。
まあ、単純な話ですが、この制限がある限り地上で私が戦闘で役に立つことはできません。
このシェアハウスに来て、娘たちと戦闘訓練をする中で私がどうやって戦うか。
方法は至って単純です。地上に作ってしまえばいいのです。
魔法がない世界、異能だけの世界だったらこのような事はできなかったかもしれません。
多くの人が魔法で様々な事ができるこの世界だからこそ、娘だけが戦闘するようなことにならなかったことは、私にとってとても嬉しいことです。
戦闘できることに多少の喜びを噛み締めながらも、ニワトリはどんどんと溶けていきます。まだ3週間ですが、訓練はしっかりと実力の糧になっていて、他の事を考えながらでも出来るようにはなりました。
私の『酸素と水素を特定の箇所に集める』という化学物理的なサポートによって、低コストにも関わらず大エネルギーを持つことが出来た爛梨さんの火の玉の魔法は、ニワトリを溶かすのには十分すぎるパワーがありました。
焼き鳥どころの話ではなく、現れたニワトリを粉微塵に吹き飛ばした私たちは進軍します。
まあ、進まなくても次の目標はすぐに見えてきました。
森の出口からビルで4階分の高さはありそうな巨大な何かがのっしのっしと現れたのです。
また、よく見ると上空にも何かいるようでした。黒い雪のせいで分かりませんでしたが、水の中にいる事で、上空をゆっくり見ることが出来ました。恐らくこれも異形の仕業ですね。
私は水を操作して、爛梨さんに上空を見てもらうように図形でコミュニケーションを図ります。
ちょっと待つと爛梨さんからテレパシーで返事が来ます。
<確かに、なんか居るっぽいね。私じゃ無理だからマルちゃんお願い!>
私は○を水で描いて返事をして、ついでに水の追加を要請します。
<はいは~い、…………、じゃあお願い!>
増えた水でサムズアップを描いて返事をして、水を操作して空への道を作りつつ、今度は靴の推進器械を作動させて上空へ進軍します。
爛梨さんが見えなくなるまで時折確認しますが、危なげなく超火力で様々な異形を爆散させています。
見えなくなるギリギリで、巨大な土魔法で森の出口から出てきた大きな異形を倒したようです。
やはり、魔法は便利ですね。
魔法の便利さを改めて感じつつ、しばらく無心で上空を目指します。
空を泳ぎ昇ること10分、今の私の限界高度の海抜約2000m辺りに来ました。
今回黒雪を降らせている雲はもう眼下です。
黒雪雲の上空は晴れています。不自然なほどに快晴です。
昇っている間に見た動物の種類は数少ないです。まあ、雪の中飛びたい鳥は少ないでしょう。
だからこそ、靄が掛かっている生物というのは良く分かりました。
異形鳥類は低層に集まっていたように思います。恐らく、黒い雪と同化してカムフラージュするためだと思いますが。小さい鳥とかコウモリがほとんどを占めていたと思います。
私が見えた異形の中で最も大きかったのは鳥ではありませんでした。
なにか、蜘蛛の様な知らない生物でした。
今の私の視界に映る動くものは悠々と飛ぶ大きな翼をもつ普通の鳥と、遠くに見える鉄の鳥くらいです。
そして、晴れていても見えなかった浮かぶ大地が私の視界の大部分を占めています。
これだけ大きな存在が下界から見えないのは理解できませんが、実際に見えているのだから仕方ありません。
試しにその大地を水球から手をちょっと出して触ってみます。
その地面は普通の大地と同じく硬いです。
雲でできていてふわふわなのでは、と思ったのですが、それ以上にファンタジーです。
自然あふれる長閑な田舎という雰囲気がぴったりのこの空の大地は、とても人が住めるようには思えないほど野性的な雰囲気も併せ持っています。
木製の建物も数件見つけられるのですが、遠目から見ても生活感はありません。
音は水の中にいるせいで分かりませんが、それでも動物の気配がないことは分かりました。
森の中を木々の間を流れるように進みながら探索してみますが、やはり動物の姿はありません。
代わりに、地上では見たことない大きさの美しき虫たちを見つけました。
私の事が見えていないのかは分かりませんが、特別危険な事はなく無事に森を抜けると抜けた先は普通の空でした。
夢なのではと疑い振り返っても、やはりどう考えても不思議な存在が浮かんでいることは間違いないようです。
たまたま、この森が大地の端にあっただけのようです。
一つ確実に言えることは、地上とは違い平和であると言う事です。
さて、十分情報は手に入れましたし下界に戻ると致しましょう。
私は水の制御を辞めることで大きな雨粒となり、重力に導かれるままに地上に帰りました。
今回は海璃和ママ視点からお届けしました。
名前を忘れてしまった方は17話 “幻影の極厚のガラスが割れる時” にあります。どうぞ読みなおして下さい。
それと今回出てきた『マスク型補助呼吸器』について物語外から簡単に補足します。
これは他作品でいう魔道具にあたるモノで、魔術を利用した器械です。水中での呼吸を魔術的にサポートします。
以上です。
あ、活動報告を一つ書かせていただきました。お暇な方はご一読を。
それでは、また次回。