9: 崖から落ちる木製の皿
どうも。お久しぶりです。留年しました。
リビングのドアを開けて、ふと時計に目をやると、17:30になっていることに気がついた。
18:00を過ぎれば竜も咲もお腹を空かせて帰ってくる。
「やばっ、もうこんな時間!?もう、今日はナクドマルドに、、いやいや!うーんっっ!!」
シェアハウス開始以来、今まで夕食を一度も外食に頼らずに(少なくとも私が居て、私が担当の時は)手作りを続けてきた私にとって、帰ってくる二人の空腹よりも“私”のポリシーを取ろうとすることは当たり前で。。。
と、その時、
「ナック!?今日はナックなの?やったー!」
海璃和の嬉しそうな声によって阻止された。
「うっ、うん!!たまにはいいかな~って!」
適当にはぐらかしつつ、その心境を悟られないように速やかに話題をずらす。
「今から買いに行こうと思ってるんだけど海璃和も行く?」
「うん!行く!ちょっと着替えてくる!」
海璃和は興奮してて、私のそばにいるはずのチロちゅんに気付かずに部屋に戻っていった。
「、、チロちゅん、とりあえず、後でもう一回呼ぶから、帰ってくれる?」
「分かった。一度帰ろう。もう一度呼ぶ時も、一度お供えしてくれ。返すのでな。」
「はいはーい、じゃ、後で!」
今から喋れるようになったチロちゅんについて話してると面倒なので帰って貰い、私も外出の準備をする。
海璃和が準備を終えて玄関に出てきた。
「じゃ、行こっか!」
施錠して、警戒障壁を展開してナックに向かう。
徒歩ではなく、2人の時にしか出来ないとある方法で。
「海璃和、いつものお願い。」
「オッケー!…、出て来て!マジカルスクーター」
海璃和がそう言うと、スクーターのハンドルのようなモノが付いている、人が2人座って乗れるようなサイズの、正方形のスノーボードのような板が目の前に出現する。
ハンドルは真ん中じゃなくて右側についている。
海璃和が操縦のために右側に、私は前方に氷を敷くため、そして過ぎたら溶かすため、そして前進するために板の左側に横向きに乗る。
この町は坂が多くて足腰にくる。
そのために、2人で内緒で造った秘密の乗り物。
第一号だけは手作りで、後は海璃和の異能を使って生成している。
「では、出発します!」
私はそう言って、マジカルスクーターの前方に氷を敷き、後ろ向きに指向性のある爆発を起こす。
すると、物凄いスピードで発進した。
「「やっほーーーー!!!!」」
滅多に使わないマジカルスクーターに乗れた事、そして、素晴らしい開放感と爽快感に思わず叫び声が重なる。
車道沿いに飛ばして少し経って、坂に入る。
「「ふぉやっほぉーー!!!」」
ジェットコースター級の速度と急勾配に再び叫び声が重なる。
「ホノッ!氷消し忘れてますぅぅ!!」
「やっべぇー!消さなきゃ!!あはははっ!!」
ハイテンションな私達は坂を下りきり、一瞬でナクドマルドの前に着く。
ちゃっちゃと夕飯を買って、私達は帰路に着いた。
家に帰ると、時間は18:00少し前。
マジカルスクーターを焼滅させて家に上がる。
サイドサラダだけだとバランスが悪いので固形スープも別で買ってきた。
お湯を沸かしてそれをぶっこめば、夕食準備完了。
そうこうしているうちに、竜と咲が帰ってきた。
「「ただいまー」」
「お帰りー。今日はナックとインスタントスープだよー。」
「えっ、仄葉、どうしたのっ?熱でもあるの!?」
竜がまるで天変地異でも起きたかのような形相と裏返った声で私に迫る。
「いっ、いやー、なんか今日は面倒くさくてね~。なんかゴメンね~。。」
「そっ、そうなのね。仄葉でも面倒臭いと思うことあるのね。」
「まあ、私も人間だからね~。たまにはいいかなって思って」
正直、竜には怪しまれると思っていたので誤魔化せて安心した。
いやー、普段の行いがモノを言ったね!だけどその代わりに
「…ほのっ、なんか隠し事してない?」
咲にそんな風に言われた。
「ええっ!?いやっ、ないけど、ご飯終わったら皆に話したいことがある!」
咲に怪しまれるという一大イベントに私は内心とても焦ったが、反面、脳みそは冷静で、適切な返しをしていた。
「ふーん、まっ、とりあえずご飯にしましょ!」
少し訝し気な顔をしていた咲はモッチリ顔に戻って、靴を脱ぐなりダイニングに向かって駆けだす。
「手、洗ってからね!」
私がそう言うと、咲は慌てて洗面台の方に駆け戻っていった。
「「「「いただきます!」」」」
と同時に咲はハンバーガーを一口で半分食らいついた。
「「「……」」」
周りを気にせず喰らい進める咲を見つめながらあまりの衝撃で咲以外の3人が絶句すると共に、私は余分に大きいのを3つ買ってきて良かったと思った。
「咲、まだあr」
「わっほー!いやー、ホントさ今日マジで疲れてめちゃおなか空いてるんだよね!」
私が言い終わる前に、咲は黄色地に赤字でNと書かれた紙袋に飛びついていた。
そんな咲を目の端に捉えながら、やっと一口目を頬張る私達であった。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
紙ゴミをさっと捨てて、スープ小皿を食洗機に入れた私は、
「ちょっと話したいことがあるの!」
皆が部屋に戻る前に声をかける。
「とりあえず、もう一回座って欲しいんだけど、」
「分かったわ」「ハーイ!」「……ん。」
みんなが返事する。
「ええっと、では、今回のテーマにご登場戴きます。」
「「「?????」」」
「ん”ん”っ」
なんか、皆だけの前で、あの祝詞を言わなきゃいけないのが恥ずかしくて思わず咳払いをする。
「いでよ、我が魂を導く者よ」
ポフン
とチロちゅんが顕現する。
「と言うことで、皆に話したいのはチロちゅんの事。」
もう一拍息を吸って、
『加護に祝杯を』
と、唱える。
前回の降臨時と同様にチロちゅんが鈍く輝く。
私が、髪を差し出すと、チロちゅんは今度はそっと食んだ。
その行動に呆気にとられていた3人だったが、咲が狼狽えながらも一番始めに開口する。
「えっ、えっ、ほのっ、何っ、してるの?」
「まあ、落ち着きなされ」
混乱している現場に、ディー神の一言が放たれ、より混乱が深まった。
私は、チロちゅんの頭をひっぱだいて、
「チロちゅんと話せるようになりました。」
と述べた。
「さっそく質問いいですか?」
まだ何も話してないのに咲が質問してきた。
眉間に皺が寄らないように我慢しつつ、まずは私の話を聞いてほしいので「まずは話を聞こうね!」と言おうとしたのだが「いいだろう」とチロちゅんが先に返事をしていた。
はぁ、まったく。。
「あたしのもきゅゴンもそういうこと出来ますか?」
もきゅゴンは咲が魔法を行使するときに現れる、オレンジ色の子竜のあだ名。
ほっぺが“もきゅっ”としているからそうつけたらしい。
「もきゅゴンが何なのかは分からないが、お主が魔法使いでその時に出てくる使い魔の事を言っているならしっかり貢物をすればできるぞ。」
「まじで?!!じゃあ早速、、、」
ばちこーん!!と咲とチロちゅんの頭をひっぱだいて、
「勝手に話を進めないで!話をさせろ!話をきけー!!」
と叫んだ。
「痛いわこの小娘!」「いったーい!」
痛みで黙った二人を横目に、私は説明を始めた。
チロちゅんのこと、私たちの周りで起こった事件を伝えたこと、何やら私はやばい状態にあるらしいこと、そして、海璃和が異能使いであることを話した。
そして、もちろん話が終わると海璃和が形相を変えて私の胸倉を掴み、
「ホノっ、どうして言ったデスカ!?!?」
「お”っ、お”ち”ついでっ、ミ”リ”ア”っ!」
「ミリア!落ち着いて!あたしも突然すぎて訳わからないけど、そんなに強く掴んだらほのが死んじゃう!」
そういいながら、咲が海璃和を私から引き剥がし落ち着かせる。
顔を真っ赤にして、怒りとも悲しみとも諦めともとれる涙で顔を濡らしながら、意識が逝きかけた私を睨んでいる。
まあ、そうだよね、先に相談しておくべきだったな。
でも、チロちゅんの事話さなきゃだし。
一緒に話しておきたかったけど、よく考えたら別で話すべきだったな。
っていうかちゃんと片言演技してんな。
意識が戻ってきそうな頭でそんなことを思う。
あっ、今ならしゃべれそう。
「ごめんね、、ミリア。でも、、これは、ミリアのためにも、皆のためにも、話しておかないとっ。」
何とかそこまで言い切る。
「…………」
海璃和は何も答えてくれない。
けど、
「でも、、私もごめんね。。ちゃんと、相談してから、だよね、こういうのって。」
落ち着きつつある声で言い切る。
「…………」
「ほんと、ごめん」
なんとか立ち上がって、もう一度、強く、謝った。
「ん。。うん。私もゴメン。でも、流石に、精神的につらいよ。」
海璃和は片言演技もせずにそう言うと、部屋に戻って行ってしまった。
……
「えーと、仄葉、それで?」
少し間があった後、竜が淡白な声で聞いてくる。
「いやっ、もうちょっと心配してよ!」
思わず、大きな声でツッコんでしまった。
「あら、元気そうじゃない」
「あー、はい。じゃあ、とりあえず、解散ということで。」
「はいはい。」「はーい」
2020/05/10 色々訂正しました。
2020/08/25 サブタイトル付けました。
2021/10/29 『加護に祝福を』⇒『加護に祝杯を』
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