幕間 八つ当たり
これは吐血したユウが意識を取り戻し、エリスとやりとりをした後の話だ。
エリスは錯乱していた。
それも自分の行った行為に対して。
心を落ち着けるために屋敷の真っ暗な道場で木剣を振るい続けていた。
「私は何をしている。これではまるで…私が…」
やわらかな唇を思い出しエリスは耳まで真っ赤になる。
エリスは男性に対する免疫はゼロである。
「何であの男は今まで私たちに黙っていた。そんなに私たちが頼りなくみえたのか」
思い出せば思い出すほど腹が立ってくる。
「そもそもあの男の『エリスだもん』ってどういう意味だ。私を馬鹿にしているのか」
雑念交じりでぶんぶんとエリスは素振りをする。
幾ら木剣を振っても恋愛経験値ゼロのエリスはその苛立ちの答えを見いだせない。
ふと二人の人影が目に留まる。
「見物人か?」
エリスは木剣を振るのを止める。
「剣を振る音が外まで聞こえてな。あんたもイケるのかい?」
「まあ、そこそこにな」
「俺はボルドス・ラッペルス。覚えててくれてもいいぜ」
「私はノールト・イエルトーダ。
ボルドス殿は私の剣術の師でありサルア王国二位とまで言われた騎士です」
ノールトは注釈する。
「フム」
「よければ稽古しないか?二人の決闘を見てから体が疼いてしょうがねえ」
「今私は虫の居所が非常に悪い。それでも?」
「かまわないぜ。そんなか細い腕の女に負けるわけない」
ボルドスは木剣を手に取る。
「そうか。ならば手加減は必要なさそうだな。二人がかりでかかってこい」
にこやかにエリス。
「ずいぶんと余裕だな、おい」
ボルドスはエリスとの間合いを詰め、エリスに斬りかかる。
二時間後。
「うむ、すっきりしたぞ。もやっとしたものがなくなった。礼を言う」
エリスは礼を言うとすっきりとした表情でその場から離れていく。
そのあとには二人の男が汗だくで寝転がっていた。
文字通り立ち上がれないほどにコテンパンにやられてた。
ここまで徹底的に実力差を見せつけられたのははじめてである。
それも今まで負けたことのなかった女性に。
「なんだったんだ…あの女…。この俺が子供をあしらわれる様に一本も取れなかった」
ボルドスはひょっとしたらバルハルグよりも強いかもと言う言葉を呑み込む。
当然である。エリスは勇者であり、法力も使える。
上位魔族相手では相手が悪いが、ただの人間相手では太刀打ちならない相手である。
容姿こそ可憐だが、中身はゴリラ…人類最強の一角なのだから。
ボルドスは剣に生涯をささげ、サルア二位まで上り詰めている。
剣術大会では何度も優勝経験がある。
今日、彼のもつその自信が根底から吹き飛ばされた。
あろうことかあの二人は武人として自分のいる場所からさらに先を歩んでいたのだ。
信じられないことだった。
「オズマ殿と言い、エリス殿といい、世界って広いですねぇ」
ノールトは横たわり大の字になって感心していた。
ノールトも決して弱くはない。ただ相手が悪かっただけの話だ。
「…よし、決めた。俺は一から鍛え直す。
そのためにも王都だ。あの女にもこの借りを返してやらねえとな」
ボルドスは真っ直ぐで前向きな男である。
「私もご一緒します」
ボルドスとノールトは後で知る。
その女性こそが白銀の姫騎士こと元勇者エリス・ノーチェスその人だったのだと。
まさかデリス聖王国から遠く離れたこの地に元勇者が来ていることなど
この時二人はつゆほど思いもしなかったのだ
そんな二人をカーラーンでは受難の日々が待ち構えていた。




