猛将バルハルグ
決闘場には向かい合う二人の人影。
一人は大剣を手にした巨大な体躯の老将。
一人は黒い槍を手にした黒い甲冑を着込んだ精悍な男。
「エリス殿に代わり見届け人をさせていただくエファルスだ」
エファルスは二人の間で頭を下げる。
「彼らには少し気を遣わせてしまったようだな。
わしらも彼らに恥じるような戦いはできぬな」
「ああ」
そのやり取りのあとオズマは黒い槍を手に構えをとった。
バルハルクは身の丈ほどもある大剣を構えている。
二人のやり取りの意味が解らずエファルスは眉をひそめる。
「いざ尋常に…始め」
「先手はわしからだ」
バルハルグは開始の合図と同時にイーファベルドを振りかぶり距離を詰める。
バルハルグの渾身の一撃がオズマに吸い込まれるように向かっていく。
オズマは避けるそぶりも見せない。
ドン
オズマは涼しげな顔で巨大な大剣を黒槍で受けた。
オズマの引き締まった体はまるで岩のようにびくともしない。
「マジかよ…。あいつ親父の渾身の一撃を受け止めやがった。
戦場で二三人は一度に切り伏せるあれを…」
ボルドスは目を見開く。
「私だと体ごと吹き飛ばされるアレをここまで綺麗に受け止めるなんて…」
ノールトは目の前の光景を信じられずにいる。
その一撃は開戦を告げるのろしとなった。
二人はそのまま互いに譲らず打ち合う。
大剣と槍は重い音を立てて火花を散らす。
何合と打ち合ううちに二人の速度が加速する。
剣圧が盤上にいるエファルスの頬をかすめる。
かすめた頬からは血が流れる。
身の危険を感じエファルスは舞台から飛び降りる。
嵐のような激しい剣戟が続く中、背後に下がったのはバルハルグだった。
オズマはこれ見よがしに猛攻をかける。
オズマの猛攻を受け、バルハルグの体勢がぐらりと揺らぐ。
オズマの放った突きを上体をそらして躱す。
直後オズマの槍をバルハルクは蹴り上げた。
二人はここで互いに距離を取る。
「何と言う…ここまでの完成度だとは…。久しぶりに血がたぎりおる」
バルハルクの体からは湯気が立ち上る。
既に還暦に届くはずのその闘気には衰えが全く感じられない。
オズマの見かけの年齢はおよそ三十代から四十代。
実際は四百歳以上なのだが。
「そちらもな」
オズマは表情は変わらないが身に着けている鎧には細かい傷がついている。
「なんだアレは…」
考えられないような体勢から攻撃をしている。
さりげない場所にも技が使われている。
彼らが目の当たりにするのは人の域の最高峰。
人のたどり着く一つの極致。
「目に焼き付けておかねば」
二人のいる場所は技の極致。
そこに居合わせた三人の戦士はその光景から目を離すことができない。
オズマとバルハルグの間に重い剣戟が繰り返される。
大きく重く低い音が決闘場に響き渡る。
人間の体力は有限だ。
積み重ねられる剣戟が二人の差を浮き彫りにする。
開始とは全く変わらない顔のオズマとは対照的に、バルハルグは既に肩で息をしていた。
バルハルグがいかに天然の法力使いとはいえ、その体力には限界がある。
「…ど、どうやらわしにはもう時間が残されてないらしい。
…オズマ殿、本当に良いのか?イーファベルドの力を使っても?」
バルハルグは息を切らしながらオズマに問う。
昨日、事前にオズマからバルハルグはイーファベルドの力を使ってもいいと言われていた。
今までその使用をためらってきたのはそれの力を知っているが故だ。
個人に扱うにはこのイーファベルドの力はあまりに強大過ぎる。
「心配には及ばん。俺は魔族だ」
オズマは顔色一つ変えずに応える。
「はっはっはっは、これは愉快な。…冗談にはとても聞こえぬな」
バルハルグは豪快に笑う。
「何を話している?」
「さあ…」
場外まで二人の声は届かない。
「ならばその言葉に甘えさせてもらうとしよう」
バルハルグはイーファベルドを空高くかざす。
イーファベルドから白い靄のようなものが現れる。
「まさか親父、イーファベルドを解放するつもりかよ」
ボルドスは顔をしかめた。
バルハルグはイーファベルドが力を解放する。
嵐のような風と共に光が決闘場を包み込んだ。
「急げ、なんとしてもイーファベルドをなんとしても手に入れるのだ」
カルザックは声を張り上げる。彼は大臣派についていた貴族である。
だが大臣派は『蝕の大事変』で中心人物だった
ジルコック首席大臣が消えたことにより消滅の危機を迎えていた。
彼らは焦っていた。
エドワルドが実権を握った今、大臣派が粛清対象になるのは時間の問題。
少なくともこれから閑職に追いやられる可能性が高い。
そんな中イーファベルドの返還話が持ち上がった。
その情報は一瞬にして裏社会を駆け巡る。
寝耳に水だった。
イーファベルドが貸し出されたままだということが今更ながら驚きだった。
イーファベルドを手に入れれば少なくともエドワルドとの交渉材料にはなりえる。
今度は自分が大臣派の求心力にすらなりえるかもしれない。
そのため彼らは同じ大臣派だった三人の領主たちと結託し、
急遽集められるだけのありったけの兵、二千を率いやってきたのだ。
「エファルスの奴まさか裏切るつもりではなかろうな」
エファルスからの連絡ではもう少し待ってほしいとあった。
だが待つ時間はない。私兵を動かし、他の領地に踏み込んできているのだ。
王から見れば反逆と取られかねない。
この状況にカルザックは焦っていた。
そうならないためには一刻も早くイーファベルドを手にする必要がある。
幾ら猛将と名高いバルハルグとはいえ、すでに還暦過ぎの老兵だ。
二千という数の前には屈せざる得ないだろう。
幸い他の貴族は静観している様子。
今がチャンスなのだ。
二千の兵士たちの行軍が一斉に止んだ。
「どうした?」
カルザックが皆の向いている方向に視線を向ける。
道の真ん中には一人の男が立っていた。
「何だ貴様は?」
カルザックは騎上からその男を見下ろす
二千の兵の前にはシルクハットをつけた一人の男。
片眼鏡を着け、スーツを身に纏い、ステッキを片手にしている。
武装している様子はない。
「私はね。手にしたのならば。それを思う存分愛でたいのだ。
そう存分に。剣先から柄に至るまでくまなく。
そんな至福のひと時にに不躾にも声をかけられたくないのだよ」
二千の兵士を前にそれを意に介さない様子で男は語り続ける。
カルザックが手を上げると、男の周囲を武装した兵士たちが取り囲む。
「その前に私は面倒事は片づけようと思ってね」
男は周囲の者を気にすることなく男は続ける。
「今のうちならば見逃してあげよう。
もし逃げないというのならば障害として対処させてもらうがよろしいか?」
上からの物言いに兵士たちは爆笑する。
「気でも触れているのか?こっちには何人いると思っていやがる」
兵士たちは笑いながらそう口にする。
武装した兵士二千に丸腰の男一人、どう考えても相手にすらならない。
だが男の様子に臆した様子はみられない。
「殺せ」
カルザックのその一言に兵士たちは一斉に武器を持つ手に力を入れる。
騎上の彼にとってみればその男は道端に転がるただの石ころにしか過ぎない。
「フム、誰も逃げ出さないことだけは評価しよう。
ただ童が何人集まろうと、私には大した意味などないのだが」
男は顔色を変えることなくそう言い切る。
「どれ少し教育するとしよう。童共に身の程を。安心したまえ。教育費は君らの命だ」
男の片眼鏡が怪しく光る。
そして、虐殺が始まった。




