依頼が来ました
エドワルドに小瓶の栄養ドリンクを持って行って数日たった。
ある程度王都の復興も落ち着きつつある。
もちろんまだまだすることも多いが、
冒険者ギルドからの要請もかなり限定的なものになりつつある。
そろそろ王立図書館に行ってみようかなと思っていた矢先に
それを見計るように昨晩、エドワルドから俺に呼び出しがかかった。
それもオズマとエリスを連れてくるように書いてある。
「今の時期の呼び出し、嫌な予感しかないんだが」
面倒事の予感がする。
予感と言うよりはもう確信に近い。
このタイミングでのあの男の呼び出し、狙ってやってるとしか思えない。
断ってもいいがさらに面倒なことになりそうなので行くべきだろう。
あの男ならばどんな手段を使っても王宮に来るようにしむけるだろう。
何せ王様だ。なんでもできるのだ。
既に馬車が手配されているらしく屋敷の外で待機している。
ええい、ままよ。
俺は意を決してオズマとエリスを引き連れ馬車に乗り込む。
世間話をしているうちに俺たちは王宮に到着した。
オズマが王宮を歩くと近衛兵の方から自然と頭を下げるようになった。
兵士がこちらを見る眼差しは目が英雄をみるそれになっている。
いろいろと遣り辛い。
通されたのは執務室ではなく、玉座の間だった。
これから引き返すのは厳しいし、
どうやら完全に逃げ道は塞がれたらしい。
俺は意を決して扉を開く。
そこにはご丁寧なことに見慣れた男を中心に騎士たちが整列していた。
俺は内心げんなりしながら真っ直ぐに王の前に向かい歩く。
カルナッハに破壊された玉座の間の天井は未だ修理されていないらしく
城の中だというのに青空が見える。
外気とあまり変わらない寒さである。
昼間だから少しは暖かいが。
俺たちは形式的にエドワルドの手前で膝をつき頭を下げた。
「面を上げよ。ずいぶんと国に尽くしてくれていると聞く。
何か至らないことがあれば遠慮せずにいってくれ」
「ありがたきお言葉。ですが不自由はしておりません」
一応かなりの数の兵士が見ているので謁見用の口調で行く。
俺一人なら気にしないが、一応オズマ達の主として通っているためだ。
「今日、呼び出したのはユウ殿たちに一つ頼みがあってな」
「この私に何の御用でしょう」
俺はもう断らせるつもりもないくせにと心の中で毒づく。
「『国落し』のイーファベルドをある男から回収してきてもらいたい」
「イーファベルド?カムギムラン・コレクションの?」
エリスが俺の脇で反応する。
「そう。そのカムギムラン・コレクションだ」
「かむぎむらん・これくしょん?」
話についていけず俺はそれを聞き返す。
「カムギムラン・コレクションは七百年前に存在した
西の国々を統一したルメキア帝国の大帝ゲルイッツが所持していたとされるコレクション。
ゲルイッツはもともと大きな商家の出だったらしい。
子供のころからその莫大な財を使って魔剣集めに奔走する。
そして、国すらも脅かすカムギムラン・コレクションを作り上げたと聞いている」
エリスがカムギムラン・コレクションについて説明する。
「その通りだ。商家の出のゲルイッツは魔剣を集めることに奔走する。
ゲルイッツのコレクションは国としてもそれを黙認できないほどになっていた。
何せ魔剣数十本の所有者だ。
これを脅威ととらえた貴族たちは王に進言し、王は貴族たちの提案を受け入れ、
ゲルイッツに対し彼の持つ魔剣をすべて提出するように迫る。
しかし、ゲルイッツはこの要求を呑まなかった。
業を煮やした王はゲルイッツに対して兵をあげる。これがレンド戦役と呼ばれるもの。
結果はゲルイッツの圧勝。
その戦いは戦にもならない一方的なものだったと聞いている。
ゲルイッツはその魔剣による圧倒的な軍事力を背景に周辺諸国を制圧していく。
かくてゲルイッツは一代でアルメキア帝国を築き上げる。
だが彼の死後帝国は瓦解し、カムギムラン・コレクションも散り散りになってしまった。
今から四百年前、そのカムギムラン・コレクションの一つを持った男がこの地に現れる。
彼はこの地を平定し、このサルア王国の祖となった」
エドワルドの長い説明が終わる。
「国を興しえるほどの強大な魔剣ですか」
だめだ。これは面倒事確定だ。
「『国落し』の大剣イーファベルド。
文献によれば城壁すらも破壊したと言われている魔剣だ。
カムギムラン・コレクションでも最強と呼ばれる一本の一つでもある。
貴公らにはそれを回収してきてもらいたい」
「俺だけではなくオズマやエリスまでですか…」
エリスはともかくオズマは今新兵の鍛練に忙しい。
「おそらく君らの持つ武力が必要になると思われるからだ」
エドワルドの回答に俺は納得する。
「今回のカムギムラン・コレクションにおいてはそれの奪い合いになり
内戦にまで発展したケースが何度かある」
エリスが横から注釈をつけてくれる。
セリアが開いてくれる予定の新年パーティには間に合いたい。
新年までは後一カ月もない。
…できることならば引き受けたくないが。
「不満か?」
(さっさと決めろ)
こちらを見ながらエドワルド。ここまで来たら腹をくくるしかない。
こうなりゃ、報酬をできる限りふっかけてやる。
俺は気持ちを切り替え、営業スマイルになった。
「…いかほどをお考えでしょうか?」
(報酬は?)
エドワルドはにやりと笑う。
引き受けることになってしまうがこの状況それしか選択肢はない。
「白金大金貨五枚でどうだ」
俺はその言葉に耳を疑う。
白金大金貨といえば一枚でカルネ金貨の千枚に相当する。
カルネ金貨一枚二万円ぐらいの物価なので白金大金貨一枚二千万。
五枚で一億円相当になる。この王都に家が建つ。
一度の仕事の報酬としては幾らなんでも破格である。
「昨今の状況を考えればそのような大金を…。不満を漏らす輩もいるかもしれません」
(この財政難の時にそんなに払っていいのか?)
リバルフィードの領主からせしめた金をポンと渡した俺の言う言葉じゃないが。
「それに見合うだけの仕事だ。それにこれはユウ殿たちにしか任せられない」
(仕事に見合う対価だ。お前しかできん)
「…具体的に狙ってきそうなものたちをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
(おいエドワルド、どんな敵が来るかを教えろ)
「正式に返還請求が出されたとなれば大臣派の貴族の一部も動き始めるだろう。
それに今は王都は軍を派遣する余力はない。
他にも気になる点がいくつかある。君らにしかこの任務は奴等にしか完遂できんよ」
(返還請求するといろいろ面倒事が発生する。今の我々ではとてもそれらを処理できん)
「それほどの大事、もし持ち帰れなければと思うと…」
(失敗しても文句は言われないよな)
「そなたら以上の者たちを私は知らない。もし持ち帰れなければ他の者でも無理だろう」
(そこまでは気にしなくていい)
「わかりました。もうじき雪が降ってまいります。
そうなれば馬車での移動も困難になりましょう。
我々は明日にでもカーラーンを立つことにしましょう」
(わかった。なら雪が降る前に行ってきたい)
「うむ。引き受けてくれて安堵したぞ。馬車の手配はこちらでしよう」
(よし、引き受けるなら足の用意はしてやる)
俺とエドワルドは笑みあう。
周囲の人間は執務室でのやり取りを見てるものしか
このやり取りの裏の姿を理解できないだろう。
翌日、公式にイーファベルドの返還要求がサルア王国にてイエルトーダ家に出され、
俺たちはその書状をもって南方のイエルトーダ領に向かうことになった。




