表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の放浪記   作者: owl
82/121

相談しましょう

「例の化け物の所在はまだ見つかりませんか?」

二人きりの執務室でルケルが話題を切り出す。

夕焼けが二人を照らす。


「国の諜報機関上げて例の怪物の行方を追っているが

西の空に向かってから以来さっぱり話を聞かなくなった。

山の向こうのマルドゥサの間者からもそれらしいものはないとのことだ」


「まるで幻だったかのような気がしますね」


「幻ならばどれほどよいことか。

アレの一撃でこのカーラーンにおいて多大なる犠牲者が出た。

カルナッハを含めた我が国の出した人的損失は計り知れない」


「軽率な発言、失礼しました」


「…悔やまれるべきは関係者がすべてあの化け物の火によって消えてしまったことか。

カルナッハたち女神教はこのカーラーンで一体何をしていたのか?

それを知る手がかりが何一つ残されていないのがな」

あの化け物の一撃によって首謀者、証拠、すべてが灰になってしまった。

文字通りこれでは天災そのものだ。


「…案外その化け物は女神だったりしてな」

ぼそりとエドワルドはつぶやく。


「まさか…」

ルケルはそれを否定する。


「どうだろうな。女神教の崇拝するのは女神だけだ。

それに一撃で大臣邸と城門を焼き払う化け物などどんな化け物も該当しない。

それこそ伝説上のドラゴンや神話クラスの化け物だろう。

いや…その伝承ですらあの怪物の前には霞む」


「見てみろ」

エドワルドは楽しげに目の前に積まれた書類の中から一枚の報告書を抜き取り、

ルケルに手渡した。


「これは…」

ルケルはその報告書に目を通す。


「この報告書によれば、付近の住民が日蝕のあと

爆発音とともに巨大な光が光る様を何度も目にしていたという。

さらにその近くの山の山頂付近の山肌の岩が溶けていたと」


「…つまりあの化け物と交戦したものがいたと?」

ルケルはあからさまに顔をしかめる。


「事実から類推するとすれば…だ。

…あの怪物と戦えるのは魔族を束ねる『極北』の魔神共だけだろうよ」


「魔神…」

その名は人類史にその存在はたびたび登場してくる。

伝説上の存在であり、神すらも恐れる存在だという。

途方もなく強大な力で世界を蹂躙するその様は理不尽の一言。

そのたびに関わった人々はどんな文献においても

魔神たちだけには関わるなと警告を残している。


ここまでエドワルドの予測はある程度までは的を射ていた。

あの怪物は女神パールファダの化身である。

ただ事態は彼の予測を大きく超えていた。

その怪物は魔神が動く前にユウの手によって既に倒されてしまっている。

これは幾らエドワルドだとしても予測できなかった。


「我々にはどうやっても手出しできない領域ということだ。

これ以上は文字通りお手上げだな」

エドワルドはわざとらしくお手上げのポースをしてみせる。


「…ですね」

魔神が関わってくるのであればこれ以上の捜索は無意味だ。

人の手の届かない場所にある。


「…それと直感だがユウ殿はそれらの関係者のような気がする」

エドワルドは頬杖をつき目を細める。


「まさか彼らは魔族だと…」


ユウから渡された小瓶を手に取りながらエドワルド。


「この小瓶の薬を宮廷の魔術師たちに再現するように命じたが、再現できないという話だ。

魔術師たちの話によればこれは霊薬に近い代物らしい」

エドワルドの話にルケルは数本の小瓶を見つめる。

霊薬と言えば不老不死を叶える薬である。

それは栄華を極めたものが手に入れようと欲してきたモノである。

幾人もそれを手に入れようとあがいたが、それを手に入れられたという話は聞かない。

そんなものが間近でやり取りされていたことにルケルは戦慄を禁じ得ない。


「人間を超越する肉体や彼の常軌を逸脱した魔道具。

加えてクラスタという魔族と行動を共にしている。

…可能性は濃厚じゃないか?」


「では…!」


「だがそこで一番の疑問は魔族と敵対するはずの人類の護り手であり、

勇者であるエリス殿が彼らと行動を共にしていることだ」

勇者という存在は人類にとって特殊な存在である。

デリス聖王国のもつ戦争に使われることのない人類の護り手。

魔王に対する絶対の切り札。

その性質上、その存在はいかなる国家であろうと例外的に扱われる。


「懐柔されたのでしょう」


「いいや。彼女の様子を見る限り操られているとか弱みを握られているという様子はないな。

むしろ彼女は自分の意志で望んで彼らと行動を共にしている。

聖剣ゼフィールの選んだ彼女がついているということは人類にとっては無害ともいえる。

こちらが必要以上に手を出さない限り問題はないだろう」


「ですが魔族を放置しておくとなれば他の国々が黙っておりますまい」


「俺たちが知らなかったとすればいいだけの話だ。

ユウ殿は春にはカーラーンを出ていくと言っている。

ならばそのまま出てってもらうとしよう」


「そのような…」


「何よりバルマからせしめた金銀財宝をこの有事に俺たちに差し出してくれた恩人でもある。

その上傾いたこの国のためにに尽くしてくれる。

俺はどんな相手だろうと恩をあだで返すうような卑劣漢ではないつもりだぞ」


「…」


「こちらに対しての害意はなさそうだし、それなりに使わせてもらうことにする。

今はどんな毒でも飲み干す覚悟がなければこの国を立て直せないだろうからな。

…そうだな…。彼らのいるうちにイーファベルドの返還を行うか」

イーファベルドと聞いてルケルが表情を一変させる。


「…正気ですか?」


「カルナッハの残した爪痕は想像以上に大きい。

めぼしい騎士たちはカルナッハの手にかかり命を落とした。

おそらく今の国内の兵士、騎士、冒険ギルド等にそれを行える人間はいないだろう」


女神パールファダから加護を受けたカルナッハは文字通り『災害』だった。

カルナッハと対等に渡り合える者たちなど人類史において数えるほどしか存在しない。

カルナッハは人類最強と言って過言ではなかった。

そんな存在と彼らは対等に戦っていた。


「…たしかに適任でしょうが危険すぎます。

大臣派の粛清も間近のこの時期にわざわざ火に油を注ぐような行為です。

老兵の寿命を待つ手もありましょう。

王はイーファベルドを撒き餌にするつもりですか?」


「…手駒は揃っている。時期もこれ以上はない。

これはあの老兵への手向けでもある。俺は彼らを信じるつもりだ」


「…王の御心のままに」

ルケルはエドワルドに頭を下げた。



周囲は橙色に染まり始めている。

足元ではオズマ達の

俺とエリスはそれを見下ろしながら

魔族の六感を使って周囲に誰もいないことは確認済みだ。


「やはり油断はならないな。ユウ殿は気を付けたほうがいい」


「王ってあんな感じなのか?」

会うたびに何かしらひっかけてくる。

油断していたら妙なところで足元をすくわれかねない。


「いいや、エドワルド王が特殊なのだ。

即位してから数年で主流であった大臣派と自身の派閥を肩を並べるまでにした男だ。

影で差し向けられた暗殺者は三ケタはくだらないだろうな。

そんな男がただの王であるわけがない」


腹は割れなくとも少なくともエドワルドが民のことを第一に考えているのはわかる。

あの女神の攻撃のあと、始めに着手したのが破壊された民家の修復だった。

国として体面を考えれば徹底的に破壊された玉座の間を後回しにして、

人命を優先させたのだ。

そうでなければ俺もバルマの奴から奪い取った財宝をたやすく渡したりはしない。

わざわざゲヘルからの回復薬を届けたりしない。

エドワルドは後世で何て呼ばれるんだろうな。


「もし魔族であることがばれたらどうなると思う?」

今後のためにも聞いておきたかった。

軍を差し向けられても倒しきる自信はあるが、そんな目立つことはしたくない。

軍の動きはオズマがいるから差し向けられそうな気配がしたら逃げてしまうつもりだ。

まあ、オズマを臨時軍事顧問にしてるあたり

人がいないだけといえばそれだけなんだが。


「良くて国外追放。最悪軍隊を差し向けられるな。

国際法を順守する西側の国々から追放されるだろう」


国際法…そんなのがあったとは。


「まあ、ばれたとしても私が居る。ある程度は大丈夫だと思うが」


勇者というのは人類の守護者という意味合いがあるという。

世襲制でもなく、選挙制でもない。

勇者とは人が選ぶものではなく聖剣が選ぶモノであり、

また歴代勇者が積み重ねた実績ゆえにその社会的地位はかなり高い。

そのエリスが従っていることは担保としては相当だという。


「もしもの時は『極北』行きだな。

楽しいものは『北』には何にもないし、共犯になるかもしれない。

…それでもエリスもついてくるか?」


「ああ。その時は喜んで」

夕陽の赤に照らされたエリスの表情が緩んだ。


「もう一つ相談したいことがある。実はこっちの方が問題でな」


「?」


「セリアが最近俺に優しいんだ…」

エリスがあからさまに顔を引きつらせる。

魔族のことに関してよりもはるかに重く受け止めている様子だ。


「それは深刻だな…」

エリスは今まで話した中で最も真剣な表情を見せる。

セリアの機嫌は毎日の食事にも直結するために

エリスにとっても他人事ではない。


一度セリアの機嫌を損ねた日の食卓が壊滅的だったという苦い教訓がある。

その事件以降、あのクラスタでさえセリアの前では絶対服従となっている。

皆の胃袋を握っているためにセリアのヒラエルキーの頂点は揺るがない。

加えて誰も料理ができない現実が彼女の立場を絶対的なものにしていた。


「ゲヘル殿に弟子入りしてから妙に角がとれたというか。

丸くなったような気がするな。成長したんじゃないのか?」

エリスもそういったことは感じている様子。


「それでも扱いが格段に良くなってる気がする。

命令口調だったのが最近お願いしてくる。

いつもはちょっとしたことですぐに口論になったのにそれも無くなった。

最後に喧嘩したのは…ちょっともう思い出せない」


「…ユウ殿に心当たりはないのか」

エリスはかなり深刻な表情になる。


「…いやちょっと多過ぎて…。

…そのうち料理に毒でも盛られるんじゃないかと思ってるんだが…」

人間より魔族は丈夫であるために多分死ぬことはないだろう。

ただ魔族も一応生物ではある。毒で苦しむ。


「…シャレにならないな、それは…。…安心してくれ、骨は拾ってやる」


「おい、勝手に殺すなっ」

夕焼けの中、俺たち二人は笑いあった。

眼下の中庭ではオズマが今日の訓練を終わりにするところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ