二人の魔法使い
ゲヘルとユウの話し合いから時はしばしさかのぼる。
日は既に西の空に傾き、西の空は夜がすぐそこまでやってきていた。
すでに山肌に緑はなく、石や枯れ木がそこかしこに落ちている。
凍てつくような風がひっきりなしに吹いている。
間もなく雪が降るであろう。
そんな寂しい光景の中、白ローブを着た女性がぽつんと一人立っていた。
見る人が見れば幽霊だと錯覚するかもしれない。
「女神はユウが倒した。ここまでは予定通り…。
…できればこの方法は使いたくなかったけど」
白ローブの女性は肩を落とす。
「ニクス、どうやらここでお別れね」
「ニクス?聞いてるの?」
服の下にいる相棒に白ローブは呼びかける。
「…面白い体験が女神戦なんて聞いてねえよ…」
恨みがましい顔をした子狐が姿を顔を出した。
少し前からこんな感じである。ニクスは精霊としては中位。
最高位の女神の神気は彼にはかなりきつかったらしい。
「いいじゃない。一生に一度…というか百年に一度あるかないかじゃない。
神様に喧嘩売るなんて。そんなのを直に見れたのよ?」
「あのパールファダと対峙するとか死ぬかと思ったわっ。
お、お前、その上挑発してるし。服の下でガチで震えてたんだからな」
大声でニクスがまくしたてる。
「…うーん、服の下で小便漏らしてたら今頃丸焼きにしてたかも」
「なっ」
ニクスの顔が真っ青になる。本当に表情豊かな精霊である。
「くすくす、冗談よ」
いたずらっぽく白ローブは笑う。
「ちくしょー。おちょくりやがって」
そういって子狐はくやしそうに地団太を踏む。
「こういうの久しく忘れてたわ」
白ローブはどこか寂しげに笑う。
「あんた…」
「契約は解除しておくわ。今度はいい契約者に出会えるといいわね。
これは餞別。ありがとう。あなたのおかげで退屈しなかったわ」
その女性は微笑み、ニクスに魔石を手渡した。
「いいよ。つけといてくれ。もし俺の力が必要になったらいつでも呼びな」
魔石を受け取ると、腕を組みながら子狐の姿の精霊は言う。
そのしぐさに白ローブの女性は驚いた様子を見せる。
「…そうね。次呼び出すときは眼前にミラカルフィか、テトラバルビスか。
…ねえ、どっちの時がいい?」
にこやかに残りの二人の最高位の女神の名前を出す。
「…お願いします。やめてください」
ニクスは土下座した。
「くすくす、彼女たちとは争うつもりはないわ。
彼女たちはまだあいつよりも話せるだろうから…」
「?」
「…そろそろ時間ね…。願わくばまた会う機会があれば…いいわね」
そう言って白ローブはニクスの眼前から消えた。
「ほんっと気にくわねえ野郎だぜ…」
残された小さな精霊は風の音と共に消えた。
そこの名は世界図書館。
古今東西の本や巻物がずらりと並んでいる。
ゲヘルが三つ持つ隔離空間のうちの一つ。
そこにゲヘルの有するすべての知識がそこにはある。
時空も次元も隔離されたその空間に侵入するには多くの
もしそれを破りでもすれば門が破壊される。
ゲヘルはその場に訪れた。
ユウとの二度目の話し合いが終わった後である。
「ゲヘル様」
白ローブの女が本棚の脇から姿を現し、膝を地面につけ頭を下げた。
「そろそろわしに会いにくる頃合いかと思っておったよ」
ゲヘルは驚いたようには見えない。
「お主の存在は大方予想がつく。
お主の残した最後のヒントは強烈じゃったからな。
あれほどのものを見せられればさすがのわしでもな」
ゲヘルはどこか楽しげだ。
「…」
「わしがすでにお主の正体を見破っているというのは
カルナの『予知』ですでに見知っておったのじゃろう」
「その通りです。ゲヘル師」
白ローブの女はそのフードを取る。すると鮮やかな長い金髪が姿を現した。
瞳にはエメラルドの光がある。
ハイエルフ。世界において絶滅したと言われる貴種。
「世辞はよい。それに師ではない。わしはまだお主の師ではないのじゃからな」
「いえ、私の敬愛する師はあなたしかおりません」
「呼び方は好きにせよ。…ここに来た理由は口止めというわけでもなさそうじゃな」
「はい。ずうずうしいながらも、いくつかお願いがあり、やってまいりました」
白ローブの女は再び跪いたまま頭を下げる。
「しばし待て」
ゲヘルの声に白ローブの女性は動きを止める。
「茶を入れよう」
「…ありがとうござます」
白ローブの女は微笑んだ。
二人の前におかれるティーカップの中身が空になっている。
「ごちそうさまでした。まさかゲヘル師の茶を再び飲めるとは思っていませんでした」
晴れやかな顔でその女性は席を立つ。
「本当に行くのか?お主を待ちうける運命は破滅しかないぞ」
「ええ。ここに来た時点でそれは覚悟していたことです。
ですが、それでも私は見てみたいのです。その先の可能性を」
彼女の瞳からゲヘルは強固ともいえる意志の光をみた。
説得は不可能だろうことはその眼差しからゲヘルは察した。
「…ラーベとクベルツンはお主のような存在を毛嫌いしておる。
二人に知ればお主は間違いなく殺されるぞ」
「御忠告ありがとうございます。それでは…また会えてうれしかった」
白ローブの女は微笑み、一礼すると世界図書館から消え去る。
後には空のティーカップが一つあるだけだ。
「お主ほど傲慢でそれでいて健気な存在はいないじゃろうな。
…わしもわし自身ここまで弟子バカだとは思わなんだ」
ゲヘルはふっと楽しげに小さく笑った。




