王都に滞在します
あの戦いから三日後、俺は王都の復興の手伝いをしに行っていた。
冒険者ギルドは国からの補助金を受け、大規模な募集を出した。
国からも一部軍から人が派遣され大規模な工事が始まっている。
雪が来る前に終わらせなければ最悪凍死者が出るためだ。
『ルート』を通してみてもすでに雪の足音はリバルフィードまで来ている。
もうすぐリーブラにもやってくるだろう。
女神との傷は癒え、体は回復しつつある。
今はとにかく体を動かしていたほうが気がまぎれる。
魔力は出せないが人並み外れた怪力は健在だ。
少しでも復興の役に立てればと思う。
「ユウ殿。こっちにいたか」
ダーシュが俺を見つけ駆け寄ってくる。
ダーシュは王宮を行ったり来たりしている様子でカーラーンにいる間はずっと正装のままだ。
俺は手を止めて仕事場からしばらく抜けさせてもらう。
「多大な寄付、感謝すると王が伝えてくれってさ」
俺は破壊されたカーラーンに対する復興資金として
リバルフィードの馬鹿領主から奪った金品をすべて寄付した。
「元々俺の持ち物じゃないしな。
もし気負う心があるならすべてが終わったらリバルフィードの連中に
それの代わりになるようなことをやってくれればいい」
元々あのリバルフィードの馬鹿領主がため込んでいたものだ。
こういう使われ方をされるのが最も適切だろう。
金銭的に不自由はしていないし、使いどころ無いし。
「わかった。そう伝えておくよ。…エドワルドも大変だ」
苦笑いとともにダーシュは呟く。
「?」
俺は最後の言葉の意味がわからなかった。
「用件はそれだけさ。忙しい中呼び出してすまなかったね」
「ああ、エドワルドの奴によろしくと伝えておいてくれ」
サリア王国国王エドワルドの苦難はこれからと言ってもいい。
今の王都の復興はもちろんのことだが、それ以上に人材不足が深刻だ。
対立していたとはいえ国政の中枢を担う人間がごっそり消えたのだ。
大臣たちが女神教とつながりのない貴族から適切な人材を選定し、配置するという。
他国からの侵略がない冬のうちにそれらを考え、春先に大規模な配置換え等々が予定されている。
唯一良かったことと挙げるとするならば王派と対立していた大臣派が
大臣共々あの事件のあと消えてしまったために求心力を完全に失い、事実上消滅したことだろう。
昨日見たエドワルドの顔は目の下にクマを作り、かなりやつれていた。
利用されていたことには腹が立ったが、今はそのことを恨みになど思っていない。
正直なところ今倒れられてもいろいろと困る。
あとでゲヘル特製の回復薬をもって訪ねてみようと思う。
仕事が終わり、帰路に着こうとするとオズマとクラスタが道端で俺を待っていた。
オズマはエドワルドから頼まれ、もう少し落ち着いたら騎士の訓練を手伝うことになっている。
「お、オズマ、クラスタ、今帰りか?」
「はい」
「一時間ぐらい…」
クラスタが何か言いかけたがオズマが肘で悶絶させた。
前の世界の学生時代の部活返りを思い出す。
こんな感じで友達と一緒に帰っていたっけ。
男同士ってなんか落ち着く。
「今日は肉串は無しな。セリアに怒られる」
セリアが夕飯を用意してくれている。
昨日買い食いをして帰ったらセリアから大目玉を食らった。
どうも俺たち男衆はセリアに隠し事でき無いようだ。
「ところであの白ローブの女性にオズマは心当たりはないのか?」
俺はどうしてもあの白ローブが気になっていた。
俺の名前を知っていることといい、最後の別れの言葉といい
相手は知っているみたいだったし、どうも腑に落ちない。
この世界に来て大半はオズマと過ごしている。
もし会っているならオズマも知っているかもしれない。
オズマは臭いで人を判断する。出会った人間はほぼ忘れることはないという。
「はい、その上かなりきつめの香水をかけていたみたいでして…。
白ローブの女に今度会ったら必ずや捕まえて…」
「違うだろ。捕まえるよりも先にお礼だろ。大臣邸は見ての通りだ。
もし女神の一撃を食らったとしてオズマ達はそれに耐えられたか?」
俺の言葉にオズマは沈黙する。
大臣邸は文字通り跡形もなくほぼ消し飛んでいた。
それほどまでにあの女神パールファダの攻撃は想像を絶していた。
地面すらえぐるほどの火力で範囲が異常なまでに大きかった
どんな手段をとったとしてあれは防御はおろか回避すら不能だっただろう。
「白ローブはオズマたちを助けたと考えるのが自然だろ。
正直俺はオズマ達が死んだかと思っだんだからな」
俺はオズマの胸を軽くたたく。
あのときに勝る恐怖ない。すべてが失われてしまった絶望感。
今でも思い出すだけでも寒気がする。
あの白ローブの女性は本当に何者だったのか。
ゲヘルにも話したがその素性に関する手がかりは全く掴めない。
「手がかりとかあればいいんだけどな」
「そう言えば白い子狐みたいな精霊と契約してたっけな」
「精霊?精霊使いなのか?」
セリアから話には聞いたことがある。
「精霊使いはかなり希少だぜ。契約手段がかなり限られてるってのもあるし、
何より精霊となんて普通に生活している上でほとんど出会わないからな」
「…なるほど、なら精霊使いの線から探してみるか」
「精霊使いは大陸東部とプラナッタに多いって聞くな」
クラスタが何気にそれを口にする。
プラナッタはここから南東にある小国だという。
「そうだな。魔導国の道中ちょっと遠回りになるが、寄っていくか」
カロリング魔導国は次の目的地だ。
「プラナッタ…」
オズマは一瞬顔を強張らせたことに俺は気付いていない。
プラナッタと言えばオズマと因縁がある。
現在七星騎士団の拠点があるところだったりする。
俺たちにとってもオズマにとっても
かなり大変な事態に巻き込まれることをこの時の俺たちはまだ知らなかった。
「お、着いたな」
目の前には屋敷がある。庭の広さだけでも相当なものだ。
何でも王の所有する別邸らしく、食客になることの交換条件にエドワルドが冬季の間
貸し出してくれることになっていた。
「ユウ、おかえり」
ドアを開けるとシチューの臭いとともにエリスが迎えてくれた。
エリスの肩にはアタが止まっている。
エリスは今日はセリアと一緒に買い物に出かけていたはずだ。
「ああ、ただいま」
エプロン姿のエリスが出迎えてくれた。
エリスのエプロンにはいくつものシミがついていた。
百戦錬磨の騎士でも食事の支度は苦手らしい。
「セリアから伝言だ。夕飯もうちょっとだからお風呂に入ってきてだそうだ」
「ああ」
俺たち三人はそのまま風呂場に向かう。
とにかくこのエドワルドから借りた豪邸、風呂付なのがマジでうれしい。
ちなみに魔石で湯も沸かせるとのこと。
魔物から取れるという魔石はかなり庶民には高価なものらしい。
俺たちにとっては石ころほどの価値しかないが。
仕事帰りに湯船につかれる喜びの後セリアの料理に舌鼓を打つ。
一人一部屋ずつ取っても問題は無いほど広い。
食事も終わり、部屋に戻ろうとした俺をセリアが呼び止める。
「ユウ、お願いがあるの」
「なんだ?」
いつになく真剣なセリアの表情に俺はたじろぐ。
「ゲヘルさんと会って話をしたい」
「なんでまた?」
唐突なセリアの話に俺はちょっと吃驚する。
「魔法を教えてもらいたいの」
「魔法を?」
「魔石あるんだし、今後いろいろと役立つと思うの。
生活魔法もいくつか知っておきたいものもあるし」
「わかったゲヘルには話しておくよ」
この時は俺はセリアの言葉を疑っていなかった。
「ありがと」
セリアは微笑む。見慣れてはいるがその笑顔に少しだけ見とれる。
こうしてみれば天使なんだが。
「ところでユウ、何か隠していない?」
セリアは去り際に俺に尋ねる。
「何を?考え過ぎじゃないのか?」
セリアはじっと俺の顔を見つめてくる。
「…それならいいんだけど」
「ああ、おやすみ」
俺はセリアの背中を見送り、部屋に入る。
誰もいない暗い部屋で俺はベットに倒れ込む。
気を抜いた瞬間にとてつもない激痛が全身を駆け巡る。
骨が軋む。筋肉が悲鳴を上げている。血が沸騰する。
まるで内臓を手でかき回されているよう。
歯を噛みしめ絶叫しそうになる自分を押さえつける。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
どのぐらい経ったのかわからない。
痛みになれてきた俺は思考をたどる。
ゲヘルには『神殺し』を行ったため、女神パールファダの神気が体に取り込まれ、
俺の持っている魔力と神力が反発しているという。
ただ一つ良くなった件がある。
体から立ち上る魔力は神気によって打ち消されているために制御しなくてよくなった。
普通にしていても魔族であるということがばれることは無くなったわけだ。
ゲヘルも神殺しは初めての症例らしい。
文献を見てもらっているが神を殺した魔族は聞いたことがないという。
現在調査中だという。
ゲヘルは魔力を極力使わないように言われている。
パールファダの言っていたことはこういうことだったらしい。
消える間際の泣きそうな顔の少女の顔が瞼の裏に蘇る。
「神の呪いか…」
痛みがまた全身を駆け巡る。俺は声を無理やり押し殺す。
こんな姿をセリアたちに見せるわけにはいかない。
俺は身もだえするような痛みの中、気絶するように意識を失った。




