村につきました
実際に被害のあったエンダ村で情報を仕入れる必要がある。
どの家も家から出られず静まり返っていた。
ダールの話だとこの村が拠点になるという。
ダールが顔役として挨拶がてらここの村長に事情を聴いてくることになった。
一方で俺たちにはだれも使われていない廃屋をあてがわれた。
下手すれば数日ここにとどまることになる。
野宿ではないだけましだろう。
廃屋につくなり俺たちは掃除に取り掛かる。
セリアだけは別行動で夕飯の支度をしていた。
夕方にダールが戻り、そのままミーティングになだれこんだ。
犠牲者となったのは畑を耕していた男性だそうだ。
四日前の昼に襲われたのこと。
つんざくような悲鳴が上がったので、それを聞きつけた周囲の男たちが駆けつけるととすでに男性は殺され、
どこかに引きずられていく途中だったという。
レッドベアの習性として狩った獲物はどこかに保存しておくらしい。
現在、魔物が怖くて葬儀も出せないでいるとのこと。
「ひどい話だな。それは」
「だからこそ早期にケリをつけたい。人を襲って四日たつ。そろそろ相手も腹をすかしている頃だ」
ダールは地図を広げる。
住人に言ってあらかじめ作っておいてもらったものだという。
地図には赤くばってんが一か所、黒いばってん数か所つけられている。
「赤いところは被害があった場所。黒い場所は目撃情報、もしくは畑の荒らされた場所だ」
「…だとすればこの辺りに巣があるな」
地図上を丸くなぞりルジン。
「その可能性は高いな。明日『魔物寄せの香』をここで焚く」
ダールは森の開けた場所を指さした。
「周囲の魔物までやってこない?」
「その点なら大丈夫だと思っている。もともとここは比較的おとなしい魔物しかいない場所だからな」
「ユウ殿とセリア殿はにおい袋を持って待機してもらう」
におい袋と言うのは炸裂すれば周囲は異様な臭いを発するらしい。
嗅覚が発達しているレッドベアには効果的だという。
「逃がしたら警戒されて森の奥に逃げ込まれる場合がある。
そうしたら長期戦覚悟だ。明日で絶対に仕留めるぞ」
俺を含めた全員が頷いた。
皆が深刻な表情でいると横から声がかかる。
「夕食にしましょうか」
夕食にセリアはシチューを出してきた。
キノコなどの山菜がふんだんに使われたものだ。
多少俺が以前狩った肉もふんだんに使われている。
街に入ってから消費しきれていなかったので多めにいれたらしい。
これにはダールたちも絶句していた。
これほど料理の腕が良いとは思っていなかったのだろう。
俺もがっつく。
もくもくと食べている。
全員がおかわりし、鍋はあっというまに空になった。
「くったくった。セリアちゃんの料理最高だな。あと二年したらうちに嫁に来ないか」
食べ終えたルーカスがセリアに言い寄っている。
後で知ることになるがこの世界では結婚年齢は15歳だという。
「お断りします」
セリアはルーカスの求婚を笑顔で断る。
素の彼女知ったらもっと驚くだろうな。
「ほんと、ここの魔物狩り続きで干し肉と硬いパン続きだから助かるわ」
「イアルもセリアちゃんに料理を教えてもらえよ」
「あんたさ、いつも一言多いのよね」
ルーカスとイアルはにらみ合う。
それがおかしくて皆で笑いあった。
わずか一日でこれほど溶け込めたのもセリアの料理のおかげかもしれない。
「ユウ殿もその細身ながらもかなりの力だ」
ルジンが食事をしながらこちらに声をかけてくる。
うまい食事の代償として俺の持つ荷物が自然多くなる。
鍋だの調味料だの。旅にはあんまり必要ではないものだ。
この世界に来てからと言うもの肉体的な疲労というものを感じるのが減った気がする。
精神的なものはまた別だが(主にセリア関連)。
「荷物持ちはまかせてください」
「そういえば気になってたんだがあんたらはどういう関係なんだ?とても兄弟にはみえないが」
ルーカスが聞いてきた。
セリアと俺は一回り以上離れている。
確かに兄妹にはみえないだろう。
「保護者と子供かな」
「ユウ…あんた後でみてなさいよ」
セリアにマジで睨まれた。
そのやりとりに再びみんな吹き出す。
「あんたらどこまで行くんだ?」
「王都カーラーンまで」
「そういえば隊長、王都カーラーンに行ったことあったよな。話してやりなよ」
「隊長?」
イアルはしまったというような表情を見せる。
「ここの領主とちょっとあってな。今はその任を解かれてる」
言いずらそうにダール。
「今度は何日もつかね、俺は一カ月にかけてるんだが」
楽しそうにルーカス。
「私は二週間」
「俺は一週間」
イアルとルジンもそれに便乗する。
「お前らな…。よってたかって人を賭けの対象にしやがって」
ダールは頭に手を当てている。
本当に愉快な人たちだと思った。
しばらくすると各自黙々と武器の点検を始めた。
戦場での不備が死を招くことを知っているのだ。
一日付き合ったが、まともな人たちっぽい。
少しだけ安堵し俺は外に出る。
「ユウ殿」
外に出ると背後からダールが背後から声をかけてきた。
「朝から警戒していたな」
「わかりますか」
俺は苦笑いを浮かべる。
どうやら見抜かれていたらしい。
多少は信用しているが信用しきっているわけではない。
魔がさすというのは人間特有のもの。
人の心は弱く移ろいやすい。ある意味では魔物よりもたちが悪いのだ。
ギルドマスターからの紹介とはいえ彼らが絶対に裏切らないとは言い切れない。
だからこそ俺はセリアの同行を拒んだのだ。
「私には娘がいてね。もう少しでセリア殿と同じ年齢になる。
最近ろくに家に帰れないせいか、家に帰れば喧嘩ばかりだ」
ダールがセリアの同行を頑なに拒んだ理由はそれが理由だったらしい。
これはダールの父親としての一面だ。
「君がセリア殿を大事に思っているのはわかる。
完全に安心はできないかもしれないが俺たちはそういう人間ではない。信じてほしい」
その言葉は重く、それでいて優しく響いた。
自身の職分を守っている人間には重みがある。
この人マジでイケメンだ…。
「…信用させてもらいますよ」
少しだけ肩の荷が下りた気がした。
自分でも気が付かないうちに思いのほか気を使われていたらしい。
「王都に向けて旅をしているんだったな。
エルフの先祖返りは王都カーラーンの貴族の間で高値で取引されてるという噂がある。
マルフィーナ街道沿いもそれが目的の盗賊が多くいるとも聞く。
もし王都に出向くのであれば気を付けたほうがいい」
「情報ありがとうございます」
やっぱりか。一応気をつけてはいたが。
セリアの外見は必要以上に人の注目をあびるのだ。
人身売買は田舎よりも都市周辺で多いんじゃないかと思っていた。
今いる場所は人類の住める北限なんて物騒な場所だ。
こんな土地では人は協力して生きていくしかない。
「ユウ殿、この件が片付いたら一杯やろう」
そう言い残しダールは家の中に入っていった。
「ええ」
この世界に来てから思っていたことだ。
確かに力ならある。だが人間の社会ではそれだけではだめなのだ。
セリアを守り抜くには今後、俺一人ではちょっと厳しい。
騙されることもあるだろう。
信頼のおける仲間が欲しい。
そんなことを想いながらその日は床に着いた。