狂信者との再戦です
「おや?あなたたちだけですか?」
カルナッハは人のよさそうな笑みを俺たちに向ける。
こいつの正体を知ってからはおぞましさだけしか感じない。
ここでエリスに関して別行動をしていることを悟られていけない。
「はっ、アバズレの使徒は俺たちだけでは満足できないと」
「いいでしょう。それほど死にたいというのならば手早く済ませてしまいましょう」
カルナッハの表情に変化はないが、明らかに場の空気が変わった。
良心は痛むが挑発にはなっていた
幕を切ったのはカルナッハの空間攻撃だった。
カルナッハは俺たちのいる場所に向けて歪みを放つ。
俺たちのいた場所の地面がえぐられる。
俺は体勢を崩しながらそれを避け、カルナッハに向けて全力で石を投げつける。
投げた石は障壁にぶつかり大きな音を立てる。
だがカルナッハの障壁には傷一つついていなかった。
魔物の頭部すら粉砕する投石ですら、あのカルナッハの障壁を破ることができない。
予想はしていたが難なく防がれ、ちょっとへこむ。
カルナッハが手を上げると手のひらサイズの半透明の正四面体がいくつも現れる。
それらは伸びて俺たちに向かってくる。
俺たちはそれを躱す。伸びる槍の様なものらしい。間合いも大きいし、早い。
俺たちは三方向に分かれてカルナッハの攻撃をかいくぐり、絶え間なく攻撃する。
オズマは槍に魔力を乗せた突きを繰り出す。
クラスタは風に魔力を乗せた攻撃。
俺は片手に鞘付きの『天月』を持ち、もう片手で石を手にしている。
カルナッハの障壁をどうしても越えられない。
このままではじり貧である。
俺は意を決して『天月』を鞘から抜く。
その威力の高さから仲間にまで傷を負わしかねないので自主的に封印していたが、
今回ばかりは使うことにする。
「オズマ、クラスタ、離れろ」
俺は『天月』を鞘から抜き放つ。
鞘から解き放った『天月』で思い切り斬りつける。
だが、カルナッハを護る障壁に少し傷がついたぐらいだ。
なんて頑丈さ。ここまでの硬さだとは思っていなかった。
デリス聖王国の守護結界よりはるかに硬い。
個人が扱う障壁のレベルのものではない。
神の加護に心の中で悪態をつきつつ、俺は背後に飛んだ。
「私の『聖別』に傷をつけるとは…なかなかですね」
カルナッハの障壁の名は『聖別』というらしい。
俺が『天月』で結界につけた傷がみるみる消えていく。
あの硬さで再生もするとか。
一撃で結界ごと両断するしかない。
「ならこっちも」
クラスタは手に魔力を集中し始める。
「こうなれば…」
オズマが構えを取り、一撃の構えをとる。
二人とも力技で障壁を突破するつもりのようだ。
ここでカルナッハの口端が釣り上がる。
それに気づいたのはカルナッハの表情を偶然目にしていた俺だけだろう。
ぞくりと背筋を冷や汗が伝う感じがした。
カルナッハが何かを仕掛けてくるつもりだ。
「オズマ、クラスタ、背後に飛べ」
俺の声にオズマとクラスタはカルナッハに攻撃を仕掛けるのを止め背後に飛んだ。
直後、カルナッハの周囲が歪みはじめる。
「ディストーション・フィールド」
直後カルナッハを中心とした半径二十メートルの空間が歪んでいく。
カルナッハの周囲が歪み、黒く塗りつぶされる。
しばらくするとそれが嘘のように消え元に戻る。
地面はえぐられ、接していた物体は跡形もなく削られている。
違和感に気づくのが一瞬遅かったらと思うと寒気がする。
…回避不能の攻撃をほぼノーモーションで打ってくるとか反則過ぎだろ。
「主殿、助かりました」
「助かったぜ」
そう言うオズマたちの息は上がっていた。
「さすがです。今のを避けられたのは久しぶりです。皆今のですぐに終わってしまうもので」
涼しげな顔でカルナッハ。
そのにこやかな笑みからは疲労の色は全く感じられない。
接近戦もだめ、遠距離攻撃も通じない。
冗談のような強さ。オズマ達と三人がかりですら攻める糸口すら見いだせない。
知れば知るほどこいつの強さを理解させられる。
…なるほど、これは人間じゃ相手にならないな。
王宮の時とは違いカルナッハから死角が見られない。
障壁の強度もそれほど変化がみられない。
俺たちは互いに決め手がないままこう着状態に陥る。
「いい加減諦めて死んでもらえませんかね。私も暇ではないもので」
カルナッハは嘆息する。
「セリアを何故さらった?」
俺は疑問をカルナッハにぶつける。
一応相手も人間だ。言葉が通じるならばと声をかけた。
「特別に答えてあげましょう。
あの『先祖返り』をさらったのは神の器になってもらうためですよ」
「神の器?」
いきなりのトンデモ発言に俺は首をかしげる。
「ハイエルフも竜王もこの世界にはもういない。神の現出に耐えうる器など無いはずだ」
背後にいるオズマは真顔で反論する。
「そう、そこですよ。ワレワレもできればハイエルフが欲しかったのですが、
この世界のどこを探しても存在しない。
魔族の連中が匿っているのかとも勘繰りましたが『北』にもいない。
そこでワレワレは結論づけました。彼らはこの世界と切り離された場所に匿われていると。
ですからワレワレは考え方を変えることにしたのです。エルフは神の器として作られた失敗作。
この国を含め、北限の地にその身体的な特徴を持った人間が多いのはかつて
里の厳しい戒律を破ったために落ち延びた名残だと言われています」
「『先祖返り』を集めているというのは…まさか…」
俺はその手法のおぞましさに眉をひそめる。
「そうです。察しがいいですね。竜王を憑代にできなかったワレワレは考え方変えた。
器がないならば無いのならば造ればいい。
たとえそれが部分的であろうとそれらを集めれば神の器たりえるのではないかと…ね」
「まさか『神おろし』をここで行うというのか?」
オズマが顔を青くする。
「…あの『先祖返り』はきっといい憑代の一部になるでしょう」
その一言に俺はハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。
「セリアを神の憑代にするのか」
「光栄に思ってほしいものです。我が神が現界される憑代の一部になることを。
さて、おしゃべりが過ぎましたね。そろそろ時間ですので終わりにさせていただきましょうか」
カルナッハに力が集まっていく。
カルナッハは次の一撃で俺たちを消すつもりらしい。
「…お前」
俺はセリアが憑代になることを聞きかなり苛立っていた。
『天月』の銀色の刀身に俺の黒い魔力が纏わりついていく。
俺は『天月』に魔力を込め、全力で振りぬく。
もうどうなろうと知ったことか。
「そんなものは神の加護の前には無力です」
俺の斬撃がカルナッハの障壁を突き抜け、背後に抜けた。
真っ二つに背後の建物が音を立てて倒壊していく。
下を見ればカルナッハの右手が地面に落ちていた。
「…なんだよ、あの威力は…」
クラスタが『天月』の威力に驚いている。俺もびっくりした。
鍛冶の神と言われるヴィズンの傑作についた付与効果にさらに魔力を上乗せしている。
威力的には数倍はあると思う。
「『聖別』が突破されたのは少々驚きました」
カルナッハは顔色を変えることなく、足元にある自身の右腕を拾い元に戻す。
だが腕は元に戻ることなく地面に落ちた。
「ばかな…腕が元に戻らない…女神の力を否定するのか…そんなことはありえない」
自身の腕がつながらないことでカルナッハの表情に動揺が走った。
カルナッハの顔から笑みが消えている。
俺もびっくりだ。『天月』の斬撃がその理ごと叩き斬ったらしい。
カルナッハ自身が改ざんされた空間に依存していた。
彼の能力は相手を空間で包み込み、その空間の中であらゆることを可能とする。
ならばそれを初めから否定してしまう『天月』はカルナッハの受けている加護の天敵ともいえる。
「まだやるか?」
俺はカルナッハに問いかける。カルナッハでは俺を倒せない。
カルナッハには俺の斬撃を防ぐ手段はないのだから。
カルナッハに問うたのはこれ以上の戦いは無意味に思えたからだ。
後から考えてこれは失敗だったと思い返すことになるが。
「下賤な者どもが神の代行者である私を傷つけるとは…許ません、絶対に許ませんよ」
カルナッハは激情を隠すことなくこちらに向けてくる。
ここでオズマは安堵していた。
カルナッハはこれまで頼りとしていた加護を否定された。
オズマが一番警戒していたのはその『空間』の加護を使って逃げられることだ。
『空間』を操るカルナッハの移動速度は異常である。
魔族の中でもその速度のカルナッハを捕らえられる存在はほとんどいないだろう。
それに加えて大規模な破壊手段をもっている。
もし逃げられることになればかなり厄介なことになっていただろう。
「主殿。ここは我々にお任せを。この程度の相手我々でも十分です」
オズマの表情から自信がにじみ出ている。
どうやらオズマは勝算があるらしい。
かといってオズマとクラスタだけではカルナッハは荷が重いと感じる。
「魔族風情が、この神の御使いを…」
カルナッハは激情をあらわにする。
カルナッハは腕を斬られたことにより、信じるものを否定されたことで、
感情的にかなり不安定になっている。
「主殿は女神の復活をなんとしても阻止してください」
「いかせはしませんよ」
カルナッハから足元に放たれる空間攻撃を俺は難なく躱した。
それは先ほどまでの鋭い空間攻撃ではなかった。
本人は自覚していないが、右腕を失いかなり不安定になっているようす。
今のカルナッハは右腕を失う前より明らかに弱くなっている。
「大将、いけ」
クラスタの魔力を帯びた黒い竜巻がカルナッハの周囲に吹き荒れる。
単純な目くらましだろう。
俺はそれを利用し、カルナッハの背後に跳躍する。
「死ぬなよ」
俺はそう言いオズマ達に背を向けた。
この暴風で聞こえるわけがなかったが、言わずにいられなかった。
オズマ達を残すのには後ろ髪を引っ張られるような思いもあるが、胸騒ぎを感じる。
俺はオズマ達を背にし、セリアの元にむかった。
「許さんぞ魔族ども」
カルナッハの周囲の空間が割れ、爆発が起きる。
カルナッハが王宮で放ったアレだ。
爆風によりクラスタの黒い竜巻が四散する。
ふと空を見上げると月が太陽と接触していた。
間もなく皆既日食が始まろうとしていた。




