女神教とは
俺の張った結界で玉座周辺は無傷である。
背後にいるエリスとクラスタ、エドワルド、ダーシュは無傷である。
俺が咄嗟に張った結界がなければ、今頃ミンチになった後で仲良く生き埋めだっただろう。
助かったものの俺たちは瓦礫の中に埋もれていた。
俺が玉座周辺に張った結界のすぐ外は瓦礫に埋め尽くされている。
頭上からは太陽の光がさしてくる。
カルナッハは爆発に近い攻撃を王宮内で行った様子。
『ルート』を使ってセリアの反応をみると急速にこの場所から遠ざかっていく。
セリアをこの場所に連れてくるんじゃなかったと今更ながらに後悔する。
「…結界か。アレを防いだのか?」
エドワルドもダーシュも驚いている様子。
俺は結界を張ったままどうするか考えていた。
瓦礫に周りを囲まれていて、結界を解いたとすれば今いる場所は瓦礫に埋もれる。
心配なのはオズマである。オズマの場所まで結界を張る時間がなかった。
ということは今の爆発をもろに喰らったはずである。
探すにもこの視界を埋める瓦礫が邪魔だ。
俺はため息をつく。
エドワルドたちの前でこの収納の指輪はこれ以上使いたくなかったが
この状況であれば仕方がない。今は時間が惜しい。
「失礼。指輪よ、この部屋の瓦礫を収納せよ」
俺がそう命じると瓦礫が瞬時に消え失せる。
以前は屋敷一つを指輪の中に入れたことがある。
このぐらい入って当然だろう。
俺が瓦礫を取り除いたことで、かなり悲惨な玉座の間が姿を現した。
ただし、天井は青空で、柱はところどころ倒されている。
窓のガラスはすべて吹き飛ばされ跡形もない。
足元の赤い絨毯はぼろぼろに破けていた。
俺が結界を張った玉座以外は廃墟さながらである。
あの荘厳ともいえる建築が無残としか言いようがない。
「…これは小国の軍事力どころではないな…」
一瞬でがれきが消えたことでエドワルドが顔を強張らせる。
この指輪は王座の間を埋め尽くした瓦礫をすべて取り込んでもまだまだ余裕がある。
俺はオズマを見つけ、駆け寄った。
「オズマ大丈夫か?」
鎧は派手に破壊されていたが傷は浅そうだ。
「エリス、法術で治せるか?」
駆け寄ってきたエリスにオズマの治療を頼んだ。
「ああ。やってみる」
エリスに聞いたのは法術を魔族にかけたことがなかったためだ。
エリスの法術の光がオズマの傷を治していく。
「主殿、勝手な真似をしてすみません」
オズマが申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にするな。俺もオズマに頼りっぱなしだった。
それにオズマが戦ってくれたことで相手の手の内を知れた。次は負けないさ」
オズマが大丈夫そうなので次の手を考える。
先ずはどうこの場を切り抜けるかだ。
「クラスタ、アタを呼べるか」
遠くにいるエドワルドとダーシュに聞かれないぐらいの小声でクラスタに聞く。
「ああ、呼べるぞ。大将、どうするつもりだ?」
「ちょっとな」
ここで近衛兵が雪崩を打ったように部屋に押し寄せてきた。
カルナッハが結構な数倒したとは思えないほどの人数である。
すぐさま俺たちを取り囲み槍を向けた。
「下がれ、この者たちは私の命の恩人だ。恩人に手をあげることは許さぬ」
エドワルドがそう言うと兵士たちは一斉に下がる。
「貴公らをだましてしまった形になったことは詫びる。すまない」
背後からエドワルドの声が聞こえる。
「王はここにカルナッハが来るのを知っていたのですか?」
(あの化け物が来るって知ってやがったな、てめー)
俺は副音声つきの言葉をエドワルドに投げかける。
口調を丁寧にしているのは近衛兵と喧嘩して時間を食うわけにもいかないためだ。
なにせエドワルドに話しかけるのでも睨まれるぐらいなのだから。
ため口で話しかけたら面倒な足止めを食らいかねない。
「確証はなかったし、まさか『災害』のカルナッハが来るとは思ってみなかったがな」
「いえ、我々も油断していました」
油断していたのは確かだ。
まさかオズマを退ける人間がいるとは思わなかった、
ここで空からアタがやってきて俺の肩に止まった。
「ユウ殿…これは一体…」
アタは俺にだけ聞こえる声で呟く。
「少しただの鳥のふりをしていてくれ」
これならば傍からはあたかもカラスと会話しているように見えただろう。
アタを呼んだのは『天の目』を使ったのを使い魔を使ったと偽装するためだ。
収納の指輪は仕方がなかったにしても、
『ルート』と『天の目』の存在だけは絶対に知られてはいけない。
アレは軍事的にやばすぎる。一国家のトップに知られるには危険すぎる。
「ただ今、使い魔から連絡を受けました。私はこのままセリアを連れ戻しに行きます」
俺はしれっとエドワルドに切り出す。ここでこの提案が反対される訳がない。
セリアがいなくなれば取引自体成立しないわけなのだから。
「場所はわかるのか?」
俺はアタと会話するふりをして、『ルート』を使ってセリアの位置を追跡していた。
『ルート』を通して『天の目』にはセリアを追跡するように設定してある。
まさかネイアさんからもらってすぐに使うことになるとは思いもしなかったが。
移動するセリア座標がある地点で止まっていた。ここから北東に三キロの場所だ。
俺は『ルート』に手を触れ、その場所を上空からの視認に切り替える。
「この王都の北東、ここから三キロ先にある大きな屋敷に入っていったそうです」
「…王都の北東にある屋敷か…ジルコック首席大臣のものだな。
今日王宮にいないのもこれを知っていたからか。
…あのタヌキ親父め。女神教と組んで私を暗殺しようとするとは…」
エドワルドは激情をあらわにする。
王の怒りにかけつけた近衛兵がびくりと反応する。
俺から見て、エドワルドが私とか言ってる辺りでこれも演技っぽいんだが。
「エドワルド王。俺たちはセリアを救出するためにそこへ向かいます。
もし大臣と争うことになったとして問題はありませんか?」
「好きにせよ。奴は女神教と手を組み国家転覆を謀った大罪人だ。我々も準備ができ次第向かう」
これでエドワルドの言質はとった。好きに暴れさせてもらうことにしよう。
それにカルナッハ相手では軍隊でも相手にならない。まさに自然災害そのものだ。
『災厄』のカルナッハという名の通りである。
「それでは私たちは一足先に大臣邸にむかいます」
一礼し俺たちはその場を後にする。
玉座の間を出ると通りは血まみれになっていた。
カルナッハの仕業らしい。宗教家の看板があるというのにここまでよく殺せるものだ。
人目の途切れたところを見計らい、俺はオズマに『影移動』を使わせる。
『影移動』とはオズマの能力の一つである。
影に入って移動するという能力である。
収容人数は多くはないが、多くの人が行き交うこの宮廷内を移動するにはもっとも適している。
「カルナッハは何者だ?」
影の中で俺はオズマに尋ねる。
人間の持つ力にしてはあまりに巨大過ぎである。
「使徒ですね」
「使徒?」
「使徒とは女神の加護を受けた人間のことです。
ここでいう女神はパールファダ、テトラバルビス、ミラカルフィの三柱。
かつては三つの繁栄、豊穣、安寧を司る女神と言われ、
この世界の創世期から存在したとされる最も古き神々であるとされています。
かつては善神だったものがある時を境に悪神となったと。
それらの女神から授けられた加護は絶大でこれらの加護を受けた者は使徒と、
彼らの身内では神官と呼ばれています。
かつてはこの世界に奇跡を起こし人を助けると言われている存在だったはずが
ある時を境に世界に仇なすものに変わりました。
中でも先ほど対峙したカルナッハはパールファダの使徒とされ、五百年前に猛威を振るった使徒。
『災厄』二つ名をもち、奴のために多くの魔族が討伐され、女神復活の寸前までいったと聞きます」
どれほど神の加護というものが怖ろしいモノかを今回知った。
次からは女神教の使徒は要警戒対象だ。
「現代では女神教は邪教。国家間でそれは禁忌とされている」
思い出しながらエリス。
「…ネイア姐さんの四熾天ですらもあいつを倒すことはできなかった」
クラスタは苦々しく語る。
「カルナッハの能力は『空間』系の能力と聞きます」
移動の際に奴の姿が一瞬歪んだのはそのためか。
攻めも引きも完璧な上に
「オズマの攻撃を防いだあれは?」
「加護を受けた人間は体に神力を宿し、長い寿命と再生能力を得ると言います」
「…そうか…ならばあそこで…」
オズマは何か気付き考え込んでしまった。
カルナッハに対して何か対抗策の糸口でも見つけたのか?
ここでオズマの影移動が解除される。王宮の外に出たのだ。
俺は天を仰ぎみる。月と太陽の位置がかなり近づいてきていた。
先ほど廊下で学者風の男が二時間もないと言っていた。日蝕まで一時間は切っているだろう。
「…相手がだれだろうと、セリアは絶対に取り戻す」
セリアが人質に囚われたのであればどんな相手だろうと戦うと決めていた。
相手が人間の容姿をしていたこと、防御に徹していたこと、セリアを人質にとられていたこと。
幾つかの要因が重なりセリアを奪われる結果になってしまった。
次はこんなへまはするものか。




