王宮を歩きます
「素晴らしい。よくぞここまで集めました」
巨大な水槽を眺めながらカルナッハは感激する。
感極まっているのか体を小刻みに震えていた。
「カルナッハ様にそこまでおっしゃられるとは。感激の極みです」
カルナッハの隣にいる身なりもよい恰幅の男が一礼する。
この男の名はジルコック・サダ・ポルーシア。
サリア王国の首席大臣である。
「これでワレワレの悲願は間もなく叶うことになるでしょう。
パールファダ様もお喜びになるはずです。
最大の協力者であるあなたのために私にできることがあれば
あれば叶えて差し上げたいものですが」
「それでしたら…」
ジルコックは自身の願望をカルナッハに話す。
「…なるほど。そのぐらいならば造作もないこと」
カルナッハは人のよさそうな微笑みを浮かべる。
「では儀式の時間にまたお会いしましょう」
カルナッハは反転し、ジルコックに背を向ける。
「カルナッハ殿、どこへ?」
「しばらく散歩にでかけてきます。皆は儀式の準備を。儀式の前には戻ってきましょう」
カルナッハは帽子に手を駆けるとその場から歩いて遠ざかって行った。
「ジルコック様、よろしいのですか?
女神教と手を組んだことが知られれば国際的な批判は避けられなくなります。
首席大臣と言う立場も危うくなるでしょう」
側近がジルコックに問う。
「お前は『災厄』の使徒という名を聞いたことがあるか?」
「五百年前に現れた女神教の神官で『災厄』の二つ名をもち
複数の街を滅ぼし、魔族や竜族とも互角に渡り合ったと…まさか…」
側近は唾を呑み込む。
「そのまさかだ。それがあのカルナッハと呼ばれる男だよ。
これでこの国をとれるのならばこれ以上のことはない。
そもそも傀儡に仕立て上げるつもりで王にしたのが…。
忌々しいあの妾の子め…。わしにここまでさせおって」
歯ぎしりをしながらジルコック。
ジルコック首席大臣は知らない。彼が彼の想定をはるかに超える化け物であることを。
かくて『災厄』は人知れず動き始めた。
俺たちはダーシュの案内で宮中を歩いていた。
見上げるほどの大きさの豪華な城門のなかに入ったと思えば、
廊下を歩いているだけでも細やかな装飾が目に入ってくる。
前世ではこんな場所とは縁もゆかりもなかった世界。
「…城に招待されるなんて聞いてないぞ」
怨嗟のこもった目で俺はダーシュに向ける。
「食客に招かれるっていう時点でこのぐらいは想像できただろ」
ダーシュは意地の悪い笑みを浮かべる。
こいつ俺のこと完全に面白がってるよな…。
まあ、これも食客になる手続きなのだから仕方がないとあきらめる。
巨大な城門を通って巡回している警備兵に何度も遭遇したが、ダーシュが何か見せると
即座に兵士たちは両脇に避けた。
毎回すれ違い際にギロリと睨まれてはいたが。
さすが一国の象徴。警備が厳重である。
視線を向けられるのはほとんどオズマとエリスだ。
オズマの堂々として落ち着き堂々とした振る舞いとエリスの凛として清廉とした振る舞いに
衛兵の方から頭を下げてくることもある。
これはオズマ談。
「別に気にしてはいないのですが、騎士団にいたころにこういったことは
周りの人間がうるさかったもので」
こちらはエリス談。
「私は立場上こういうことが多かったのでな。
国の食客として招かれるのだからと思い、
念のためにセリアにはそれなりの服を昨日急いで用意した」
セリアの服装は華美な装飾は無いものの持ち前の美しさがある。
これで貴族の子弟と言われてもおかしくないだろう。
着飾ったセリアを見て目を奪われたのは秘密だ。
ちなみにセリアとは朝のやり取りからずっとギスギスしたままだ。
俺とクラスタは場違いな服装で悪い意味で注目を浴びていた。
すれ違いざまに変なものを見るようなまなざしを向けてくる。
そもそも王宮は普段着で来る場所ではない。
…早く宿に戻りたい。
俺とクラスタだけ服を用意していなかった。
これは何かの罰ゲームとしか思えない。
もっともクラスタは気にも留めず、きょろきょろと周囲を物珍しげに見ている。
本当にぶれないなこいつは。
カラスのアタは留守番。
ちなみに皆の武器は俺が預かり、俺の収納の指輪に収納してある。
俺が取り出そうと思えばいつでも取り出せる。
宿においておくよりもはるかに安全だし、
城の兵士たちに一時的に引き取られるよりもずっといい。
小走りに走ってきた学者風の男と宮廷内でぶつかった
ぶつかった拍子に手にした書類が足元に散らばる。
俺たちは足元にちらばったそれを拾うのを手伝う。
「すみません」
学者風の男はぺこぺこと頭を下げる。
「何をしている日蝕まであと二時間切っているんだ。早くしろ」
上司らしき男に声をかけられ、学者風の男はそそくさと小走りで去っていった。
「今の人たちは?」
俺はダーシュに尋ねる。
「宮廷天文官の人たちだね。なんでも今日の午後、皆既日食が起きるらしい。
数日前からあんな感じだ」
「へー、皆既日食ね」
ちょっとした天体ショーである。
話し合いが終わったらみんなで見るのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えて歩いているとダーシュが扉の前で足を止める。
「おい、ちょっとここは…」
その扉は他の扉よりも大きく細やかな装飾が施されていた。
両脇にいるのは装飾された鎧を着けた大男。
目が合うとギロリと睨まれる。
彼らはロイヤルガードと呼ばれる王室直轄の警備兵だという。
大きな扉が開かれると目の前に玉座が現れる。
玉座の間。
王が客人と謁見するために作られた場所である。
柱が等間隔に配置され、両脇には数名の兵士が立っている。
中央にはこちらを玉座から見下ろすように一人の男が座っていた。
そこにいるのはこの国での最大の権力者。
サリア国第十二代国王エドワルド=サルア=ミフォスルテン。
年齢は三十代ぐらいだろうか。
容姿は整ってはいるものの、その容姿よりもぎらついた眼差しが強く印象に残る。
事前に聞いた話だと妾の子らしく、かなり血なまぐさい人生を送ってきてるという。
俺たちは赤の絨毯の上を歩き立ち止まると、その手前で片膝をついて頭を下げる。
「王よ、命じられた通り連れてきました」
ダーシュが声を上げる。
「大義であった面を上げよ」
俺たちは言われるがまま顔を上げる。
エドワルド王は俺たちの顔を一通り見渡し、セリアのところで目を止める。
「ほう、そこの娘が話に聞く『先祖返り』か。まるで伝説に聞くハイエルフそのものの容姿だな。
その美しさは神にも届くといわれているが…数年後どれほどの美女になっていることか」
肩肘をつきこちらを見下ろすようにエドワルド。
「お褒めに預かり恐縮です」
セリアはそう言って頭を下げる。
「そなたが望むのであれば後宮に取り立ててやろう」
いきなり面倒事が発生しました。
…さてどうするか。




