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異世界の放浪記   作者: owl
62/121

喧嘩しました

カーラーンについて三日目の朝。

俺は宿の一階で座って朝食を取り終えていた。

俺たちの泊まっている宿『猫の髭』は一階が酒場兼食堂になっている場所だ。

今の時期、宿は貸切みたいなもので宿自体の客の姿はみられない。

それも雪で主要街道が閉鎖されるためである。


今日がダーシュの言っていた三日目になる。

今のところ奴からの連絡は無い。

こっちを監視しているようなねっちこい視線も感じられない。

今日連絡が無かったら職場に乗り込んで行ってやろうか。


俺は誰もいないことをいいことに、ネイアさんからもらったイヤリングをいじくる。

手動ではなく瞳孔の動きや思念で動かすこともできるようだ。

まだ慣れていないので全くそっちの操作はできないが。


『ルート』から見る世界は良好でここカーラーンの宿の食堂からでも

道をゆく人の表情までくっきりと見ることができる。


俺はイヤリングを通して今まで通ってきた場所を覗いてみる。

どうやらドルトバには既に雪が積もり始めている様子。

リバルフィードの領主邸の跡地では何か工事している。

さらにオズマとクラスタの朝練風景も覗けた。

いつもと変わらぬオズマとは対照的に、クラスタが二日酔いで死にそうな表情をしていた。

こちらの目には全く気が付いていない様子。

…前の世界の超大国の軍事衛星もこのようなものなのだろうか。


クラスタの話だとネイアさんたちはこれと同じものをまだ数基保有しているという。

魔族の技術力はどれだけ飛びぬけてるんだろうかと思う。


「ユウ殿、そのイヤリングあのネイアとかいう魔族からもらったものか?」

俺は背後からのエリスの声に驚き振り返る。

『ルート』の操作に集中してたためか気付くのが遅れた。

こういうこともあることは今後考えておこう。


「ああ」

エリスは俺の前の席に座る。

宿の主人にでも頼んだのか、朝食の皿には食べ物が山のように盛ってある。

量から見ても常人の十人分ぐらいはありそうだ。

エリスの食いしん坊ぶりはすでに日常の一つである。

この華奢な体のどこにこの食べ物が入るのかいつも疑問に思う。


「昨日は見苦しいところを見られてしまったな」

顔を赤らめながらエリス。

この表情をみてエリスも女性だったんだなと改めて思い出す。

かなり失礼だが。


「ネイアさんを見てエリスはどう感じた?」

エリスに聞いてみたかったことだ。

エリスは人間の中でもかなり上位の実力をもった人間だ。

そして、ネイアの実力を感じ取れた人間でもある。

人間が最高位の魔族を見てどう感じたのか興味があった。


「すまない、食事中に聞くことじゃなかったか」


「いいや、気にしないでくれ。

そうだな…人のカタチはしているが中身は全くの別物だと思った。

まるで底のない井戸を覗いた様な気分になったよ。

そこに在るはずなのに全く相手が見えない。

人間の達人や腕の立つ武芸者には何度もやりあったことはあるが、

今まであそこまでの実力差を感じたことはなかった。

私はあの化け物と向き合える自信がない」

そういうエリスの体は小刻みに震えていた。

まだエリスはネイアショックが抜けていない様子である。


「無理をしてまで向き合う必要はないさ。いやなら逃げればいいし、今のエリスは自由だろ。

ただ感じ取れただけでもよかったんじゃないか」


「…逃げるか…考えもしなかったな」

エリスは生真面目な性格だ。それでいて何でも一人で背負い込む。

育ってきた環境もあるのだろうが。

なら話を聞いてあげることがエリスのためになる。

エリスはもう俺たちの仲間なのだから。


「自分ではどうにもならなかったらまた話せばいい。俺も聞くことぐらいはできるからな。

ひょっとしたら力にもなれるかもしれない」

俺の言葉にエリスは口端を釣り上げる。


「まったく魔族に励まされるとはな。人生何が起きるかわからないものだ」


「ちなみにゲヘルは本気出せばあれより怖いぞ」

俺はいたずらっぽく笑う。

たしかにゲヘルはもっと怖かった。頭で警鐘が鳴り止まないほどに


「あれより?」

エリスは食事の手を止め、目を白黒させる。

ゲヘルはエリスと対峙していた時は好々爺そのものである。

彼女の中でそれとのギャップがあるらしい。


「まじで。ゲヘル爺さんだけは怒らせるもんじゃないって思ったぜ」


「それは…今後の付き合い方を見直せねばな…」


「早いな!この間知り合ったばかりでそれか?」


「はっはっはっはっはっは」

「ふふふふふふふ」

誰もいない食堂に俺とエリスの笑い声が響く。


「…ユウ殿は本気の彼らと対峙したことがあるのか?」

少し合間を置いてエリスが聞いてくる。


「おう、死ぬかと思ったけどな」


「…そうか。私もまだまだ精進が必要というわけだ」

エリスは向き合うことを決めたようだ。

エリスらしいと言えばエリスらしい。


「何よ…二人して楽しそうに」

口をとがらせてセリアが俺たちの座っているテーブルの脇に腰を下ろす。


「何もないさ。少しユウ殿に相談にのってもらっただけだ。

ユウ殿、楽になった。ありがとうな」

そう言ってエリスは席を立ち、背を向ける。

皿に盛った料理はいつの間にか消えていた。

エリスさん…いつ食べたんだろう…。


「朝食もう終わってるのか?」


「完全に行き違いになったみたいね」


「セリアに聞こうと思っていたんだ。セリアから見てネイアさんはどうだった?」

俺たちからすればセリアは一般の人間に最も近い。

ネイアさんに関するセリアの意見も聞いてみたかった。


「凄くきれいな人っだったね」


「ん?それだけ?」


「それだけ」

セリアはそもそも鈍感なだけなのか?

そもそも一定以上でなければ感じないということなのか?

まあ、エリスの様なショックを受けていないのを見て安心したが。


「ところでこっちからも質問させてもらうね。キミ、ネイアさんとはどういう関係?」

セリアは微笑んで俺に聞いてくる。顔は笑っているが目は据わっている。

セリアから妙な圧力を感じ、なぜか尋問を受けている気がする。


「どういう関係って言われても…。前に会った(というかぼこられた)魔族の六柱だって。

クラスタの元上司?このイヤリングをくれた人…あ、魔族か」

セリアの意味の分からない質問に俺は要領の得ない返事をする。


「魔族にも他に女性はいるの?」


「…わからない。会った事のあるのはネイアさんだけだ」

一部、性別がわからないものもいたが。

なんでセリアは俺にこんなことを聞いてくるのか。


「他に人間の女性とかは?」


「いるも何も俺がこの世界に来たばかりってセリアが一番知ってるだろ?」

この世界に来てから俺はセリアと一緒にいる時間が最も長いのだから

そのぐらいわかるはずなのだが…。


「なら許す」

セリアは腕を組みそう答える。

何を許してくれたのかよくわからないが、ちょっと今のセリアには怖くて聞けない。


この話のままだと何故かセリアの機嫌を損ねそうな気がするので俺は話題を変える。

「セリア、学校の話なんだけど…」


「私は今のまま、キミと旅がしたい」

セリアは真っ直ぐに俺を見て即答する。

初めて聞くセリアの本音だ。


「俺は…ずっとセリアと一緒にいられるわけじゃない」

俺は魔族だ。人とは違う。

人の社会の中で知られれば排斥される可能性もある。

本来は違う場所にいる存在だし、一緒にいつまでいられるかわからない。

だからもしセリアが一人になった時にセリアが一人でもやっていけるように

何かを残しておきたかった。


「キミは私を置いてどこかに行くつもり?」


「…そうじゃない」


「…ユウは私が邪魔なの?」

セリアはいつになく声を張り上げる。俺は言葉を失う。


「違う。俺は…」

言いかけたところで横から声をかけられる。

「ここにいたか」

声をかけてきたのはダーシュだ。礼服を着て、前髪を後ろにあげている。

その身なりから貴族と名乗られても違和感はない。

正直、一瞬誰だかわからなかった。


「仲間を集めてすぐに支度してくれ。馬車を待たせてある」


「なんだよ、急に」

いきなり来て何言ってるんだこいつ。


「王宮に行くのさ」


「はい?」

ダーシュの言葉に俺は嫌な予感しかしなかった。

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